忍足クンと一匹の猫 16

 鍋がぐつぐつと煮えています。
「こうやって親睦を深めるのもなかなかいいもんだな」
 真田クンがホタテを食べながら言います。
「これもカルピンとアトベのおかげだね」
 リョーマの言葉に、二匹も「にゃ~」とか「ほあら~」とか鳴いています。人間の言葉がわかるのでしょうか。
「せやな。鍋の具はぎょうさんあるから食べて行ったりぃ」
「ねぇ、忍足。アトベ達も鍋の具食べるのかな?」
 幸村クンがにこにこ笑顔で訊いてきます。
「ま、野菜は危険でないものをちょこっとな。アトベは白菜が好物や」
「猫は肉食じゃねぇの? あーん?」
 人間の方の跡部クンが口を出します。
「イカとかタコとかはあかんで。あと、アワビは絶対ダメや!」
「結構制約があるんだね。可哀想に。アワビの美味しさも知ることができないなんて」
 幸村クンが傍に来ていたアトベを撫でてやります。猫に食べ物をあげる時には、いろいろ考えなくては駄目なのです。
「ま、後はキャットフードが一番無難やろな」
 忍足クンの言葉にリョーマくんが頷きます。
「猫用の缶詰って意外に美味しいんだよね」
「何や。越前。食べたことあんのか?」
「まぁ、ちょっと試したかったから」
 カルピンが抗議するように「ほあら~」と鳴きます。
「悪かった悪かったカルピン。もうカルピンのエサは取り上げないから」
「ほあら~」
「あは。良かった、だって」
「越前……カルピンの言葉わかるんやな」
「可愛がってるもん。忍足さんだってアトベの言葉わかるんじゃない?」
「せやな。嫌がっている時とか態度でもわかる」
「忍足さん……」
 すーっとリョーマくんの目付きがいつもより更に悪くなります。
「アトベに嫌がらせしたら許しませんからね」
「嫌がらせなんてしとらん」
「どうだか……」
「ケンカすんじゃねぇ。てめぇら。せっかくのパーティーだって言うのによぉ」
 跡部クンの言うことも尤もです。決める時には決める男、跡部景吾クン。だからこそいろんなところでリーダーになれるのです。
「あ、こら、丸井。俺の肉取るんじゃねぇ」
 ――跡部クンにも年相応の貌があるようです。
「あ、でも、嫌がらせやないけど、風呂に入れようとする時、たまに反抗する時あんなぁ。普段は風呂好きの綺麗好きな猫なんやが」
「そうか。そういうのはありますね」
 忍足クンとリョーマくんは無事仲直りすることができたみたいです。
「へぇ~、猫にも都合というものがあるんですね」
「何当たり前のこと言ってんだよ、鳳」
「アトベも反抗するのか。見てみたいぜ」
 猫好きが集まっての猫談義。いつの間にか鍋の具はなくなって集まりはお開きになりました。
「楽しかったぜ。忍足。リョーマ。送ってくぞ」
「ありがとうございます。跡部さん」
「おい、跡部……送られ狼に襲われないように気ぃつけや」
「何だよぉ……送られ狼なんて。忍足さんの方がよっぽど危ないじゃないですか」
 リョーマくんは唇を尖らせます。
「あーん? 何に気をつけろだって?」
 無防備な跡部クンの後ろで爛々と目を輝かせているリョーマくんが見えます。越前め、跡部に何かしたら許さへんで――忍足クンはそう思います。実は忍足クンはちょっとリョーマくんが羨ましいのです。
「俺達も楽しかったよ。ねぇ、真田。――ありがとう、忍足」
「うむ。幸村の言う通り、俺も楽しませてもらった。次は我が家にも是非来てくれ」
「おん。真田ん家ってどんななのか、想像は膨らむばかりやな」
 忍足クンが素直な感想を言います。
「どんなって普通の家だが……」
「にゃ~ん」
 アトベが名残惜しそうに皆を見上げます。真田クンが更に続けます。
「正月になったらな――皆に汁粉を振る舞おうと思うんだが、お前らもどうだ?」
「何?! 汁粉?! 俺の大好物やん」
 今、真田クンと忍足クンの――いや、氷帝と立海の間に友情が芽生えました。
「こんなヤツらよんでいいのかよぃ」
 丸井クンは呆れ顔で言いました
「えー、俺も丸井クンが行くなら行くよー」
「ったく。仕方ねぇなジローは。真田、ジローも呼ぶだろ? ジロー、必ず来いよ」
「やったー!」
 ジローくんは万歳三唱しました。
「跡部。君も来るといい」
 幸村クンも誘います。
「でもなぁ、馴れ合いの関係はごめんだぜ」
「大丈夫だよ。テニスでは手を抜かないからね」
「お前との対戦楽しみにしてるぜ」
 幸村クンと跡部クンは互いに手を握り合います。まるでテニスの試合前のようです。
「跡部……五感奪われてないよな」
 向日クンが恐る恐る訊きます。忍足クンもそれが心配です。
「あーん? 別に大丈夫だぜ」
「向日君……俺だって所構わず人をイップスにしてる訳じゃないよ」
 神の子と呼ばれた幸村精市クンは天使のような微笑みを浮かべながら向日クンや忍足クン達の方を向いています。
「でも、幸村さんならやってもおかしくない――そう思わせる何かがあるってことは確かっスよね」
 リョーマくんが言います。その途端、部屋が一気に寒くなりました。まるでブリザードが吹き荒れる雪原のように。――リョーマくんは肩を竦めます。越前のヤツ、どうして幸村の逆鱗に触れること言うんやろなぁと、密かに忍足クンはリョーマくんを恨みました。
「俺は今、初めて試合じゃない時に人をイップスにしたくなったよ――」
 イップスとは、精神的な原因などで思い通りのプレーが出来なくなることを指します。この辺は青学の手塚部長がなったことがあるので彼は詳しいと思います。
「た、頼むからやめてくれ幸村~」と、真田クンが必死で泣きつきます。
「じゃあ、俺達、先帰るわ。後は任せた。行くぞ。長太郎」
「はい!」
 宍戸クン・鳳クンと言った氷帝のおしどり夫婦は巻き込まれないうちに帰って行きました。
「俺達も帰りましょうか、跡部さん」
「ああ……だがいいのか? あれ。あのままにしておいても」
 跡部クンが元凶のリョーマくんに訊きます。
「あのくらいのプレッシャーで動揺するようじゃ強い選手にはなれないでしょ。カルピンおいで」
「ほあら~」
「ま、それもそうだな。帰るぞ向日」
 向日クンは助かった、という顔で跡部クンについて行きます。
「じゃあな、忍足」
「じゃあなやあらへん。真田と丸井はえらい災難やな……ジロちゃんも」
 真田クンは、あらぬ方を見て笑っている幸村クンの体を揺さぶり続けています。戻って来い、と叫びながら。丸井クンなど固まっています。こういう時、意外と頼りになるのは樺地クンなのですが、今はこの場にいません。
「幸村く~ん。どうしたの?」
 幸村クンに話しかけるジローくんを忍足クンは密かに(勇者やな……)と尊敬の目を持って見つめています。
「幸村クンて、神の子なんでしょう? 神様ならイジワルはしないよね? その子供も」
「フフ……そうだったね。――この場はこれで納めておいてあげるよ」
 澄んだ瞳のジローくんの言葉に幸村クンは我に返ったようです。神の子というより魔王やろ、と忍足クンは思いましたが、口には出しませんでした。
 ――アトベが幸村クンの足にすりすりしました。

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2018.03.19

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