忍足クンと一匹の猫 15

「おい、おかん! 何でおかんまでここにおるんや!」
 忍足クンが叫びます。
「別にええやないの。それより、侑士の友達はイケメンばっかりやねぇ」
「ありがとうございます。お母様」
「当然だろぃ。忍足のおばさん、これからもシクヨロ~」
「うむ。見る目のある御母堂だ」
 忍足クンのお母さんの言葉に、幸村クン、丸井クン、真田クンが答えます。
 今時『御母堂』なんて言葉使うのは、真田や青学の手塚ぐらいのもんやな――と、忍足クンは思います。それにしても、真田クンは本当に中学生なのでしょうか。忍足クンにとっても疑問です。
「真田弦一郎くんと言いましたねぇ。いやぁ、夫の若い頃にそっくりやわぁ」
 忍足クンのお母さんが、真田クンの手を取りました。
「ど……どうも……」
「おかん、真田口説いてる場合やあらへんで」
「そう言ったかて、好みなんやもの」
「おかんはさっさと出て行く」
「はいはい。全く、この子は反抗期なんやから――」
「チィース」
 リョーマくんがカルピンと一緒に入ってきました。忍足クンのお母さんがこう言います。
「あら、越前くん。やっぱり可愛いわねぇ。うちの侑士は図体ばかりでかくなって――でもな、侑士、うちはやっぱりうちのおとんで我慢するわ」
「それがええ。おかん」
 忍足クンだって、真田クンのせいで家庭不和を起こしたくないのです。
「おい、忍足、リョーマ。カルピンとアトベ貸せ」
 人間の方の跡部クンがノックの後、入って来ていきなりこう言いました。
「どないしたん? 跡部」
「二匹の写真を樺地に送る。樺地は動物好きだから喜ぶだろう」
「跡部もなんやかんやで樺地のこと考えてるんやね」
「侑士、樺地くんは来ないの?」
 忍足クンのお母さんが訊きます。
「お祖母さんの法事やそうや」
「残念やわぁ。樺地くんにも会いたかったわぁ……でも、ここにも結構育ち盛りの子が集まったからねぇ。おやつ買い溜めして良かったわ。うちにはきっと先見の明があるんやろね」
「ただ単に買い過ぎただけやろ!」
 忍足クンのお母さんの台詞に忍足クンがツッコミを入れます。忍足クンのお母さんが出て行くと、幸村クンが言いました。
「いいお母さんだね」
「まぁ、ちと口うるさいのが玉に瑕やけどな」
「この間はいなかったよね。忍足さんのお母さん」
 リョーマくんが言います。
「町内会の集まりで遅くなったんやと。どうせいろんなことくっちゃべってたんやろ」
 忍足クンのお母さんは話好きなのです。
「そうだ。跡部さん。カルピンは俺が押さえときます」
「ありがとな。リョーマ」
「俺はアトベ抱っこしてやるからな」
「にゃーん……」
 猫のアトベを忍足クンが抱き上げます。アトベは忍足クンの膝の上に大人しく座っています。
「では行くぞ」
「待ってよ、跡部。猫のアトベなら真田の撮った写真がいっぱいあるよ」
「うむ――樺地の為なら何枚かあげても構わん」
「悪いけど、俺が撮らないと意味ねんだよ。こういうのは」
「樺地さん、モテるっすね……」
 リョーマくんが不機嫌そうに呟きます。尤も、この少年が全開の笑顔で笑っているところなど、忍足クンは見たことありません。リョーマくんはクールなのです。
「ま、跡部さん以外どうだっていいんスけどね……」
 リョーマくんがこっそり続けたのを知ってか知らずか、跡部クンは撮影の準備をします。――スマホを構えるだけですが。
「ミカエルがいたら、もっと本格的な写真を撮れるんだけどな。急な思い付きだから、樺地にはこれで我慢してもらおう」
「せやけど、跡部のスマホなんて超高機能やないか。綺麗な写真撮るのなんて訳ないやろ」
「む、忍足。わかってるじゃねぇの。あーん?」
 確かに、今のスマホは性能が良くなっています。跡部クン程のお金持ちなら、最新のスマホに買い替えるなんてわけないのです。それに、跡部クンも前の話で言ったように、この頃のスマホのカメラ機能には驚くこともいっぱいなのです。
「それに、あんまりミカエルさんに迷惑かけんなや」
「迷惑な訳ねぇだろ? ミカエルは俺様の成長を見るのが生き甲斐なんだからな」
「そうだったんだ。ミカエルさん羨ましい……」
 リョーマくんの声は小さ過ぎて、部屋の喧騒に消えていきました。跡部クンは猫のアトベとカルピンを何枚も撮り続けています。
「よし、この中から一枚選んで樺地に送ろう」
「別に全部送ったってええんやないの?」
「あんまりバイト数重いの送ったって仕方ねぇだろ」
「なるほど。跡部にしては賢明な判断やな」
「三枚くらいならいいんじゃない?」
 跡部クンと忍足クンの話に入って来たのは幸村クンです。――幸村クンの意見に納得した跡部クンと忍足クンは互いに近寄って写真を吟味し始めます。
「そうだな。じゃあ、これとこれとこれ――いや、こっちの方がいいかな。これもよく撮れてるよなぁ……うん。流石俺様だ」
「跡部……これとこれじゃあんまりさっきのと変わらんやん」
「ちょっと! 何二人でくっついてんのさ!」
 リョーマくんも割り込みます。
「フフ……跡部もモテるね。男に」
「そうだろ? 忍足が世話してるだけあって毛並みも綺麗だしさ」
 跡部クンの言っているのは、猫アトベのことです。
「そういう意味じゃないんだけどな……」
 幸村クンは跡部クンの勘違いを訂正することはせずに、こっそりまた、フフ……と笑っています。
「おっしー!」
 ジローくんが部屋の扉を勢いよく開けます。
「ジロー……どこ行っとった」
「トイレだC~」
「手は洗ったか? ジロー」
「丸井クンてばお母さんみたいだC~。俺、手はちゃんと洗ったC~。だからまた一緒に遊ぼうよ~」
「相変わらずだな。ジローは」
「ふぅん。ジローって立海の丸井と仲良かったのか」
「何や。知らなかったのか。がっくん」
「がっくん呼びは止めろと言ってるだろ、クソクソ侑士! ――俺は興味あるヤツのことしかわかんねぇからよ」
 忍足クンが不意に向日クンの方に向きます。向日クンは慌てて顔を背けます。
「何や? がっくん」
「何でもねぇ」
「――忍足さん、鈍いですね。他人の恋模様についてはあれだけ詳しいのに」
 鳳クンが宍戸クンに囁きます。
「世の中そんなもんだって。それと長太郎、お前も案外モテるんだぜ。ちったぁ自覚しろ」
「自覚して欲しいのは宍戸さんの方ですよ」
「何で俺が?」
「はぁ……俺も忍足さんのこと笑えないかも……」
 鳳クンが肩を落とします。忍足クンの抱擁から解かれたアトベが「遊んで」と目をきらきらさせています。
「アトベ君。こっちに来てください」
「にゃ~ん」
「あーん? 俺に何か用か? 鳳」
「あ、人間の方の跡部さんは呼んでないです」
「お前も結構言うなぁ。長太郎……」
「ふん、わかったよ」
 宍戸クンは鳳クンの知られざる面に驚き、跡部クンは面白くなさそうに鼻を鳴らします。鳳クンも丸井クン達と共にアトベとカルピンを相手に遊び始めました。宍戸クンも加わります。

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2018.03.09

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