忍足クンと一匹の猫 14

 その時、インターフォンが鳴りました。――忍足クンのお母さんが、「侑士~、お客様よ~」と言うのが聞こえました。忍足クンのお母さんは、来客が増えたことでいろいろぱたぱたと忙しそうに動いています。
「よぉ、侑士」
「がっく~ん! 待っとったで~!」
 抱き着きそうになる忍足クンの腹を向日クンが蹴り飛ばしました。勿論手加減はしてある――はずですが。
「何しよんの。がっくん」
「うるせぇ! あんまり馴れ馴れしくされるのは嫌いなんだよ! クソクソ侑士」
「あの……お邪魔します。今日も招待ありがとうございます」
「邪魔するぜ」
 向日クンの後ろにいた鳳クンと宍戸クン。これ程性格の違う二人も珍しいけれど、彼らはダブルスでペアを組んでいるのです。お互いに惹かれ合ってもいるようです。
 ――尚、一部の女生徒からは『氷帝のおしどり夫婦』と呼ばれています。
「鳳も宍戸も入りぃ。跡部も来とるで」
「猫の方ですか? それとも人間の方……」
「おう、お前ら」
 跡部クンが出て来たので、鳳クンの台詞が遮られた形となってしまいました。
「お前らも来たのか」
「忍足に呼ばれてな」
 跡部クンの問いに、宍戸クンが笑顔で答えます。鳳クンは静かに微笑んでいます。
「よーし、樺地もよんでぱーっとやろうぜ!」
 跡部クンが両手を広げます。
「跡部、何人の家で勝手に仕切っとるん……」
 諦め顔の忍足クンが、それでも一応ツッコみます。
「あ、樺地は駄目なんだ。俺達も誘ってみたけど、今日はばあちゃんの一周忌なんだってさ」
 と、宍戸クンが言います。
「そうか……」
 跡部クンはがくっと項垂れます。
「あいつんところのばあさんには、いろいろ世話になったんだよな、俺様……葬式の時は流石に泣いたぜ……そういや、今日は樺地のばあさんの命日だったっけな……」
 跡部クンが顔を覆います。
「樺地……あいつも落ち込んでるだろうな……」
「跡部……」
 忍足クンがそっと跡部クンの肩に手をかけます。今の忍足クンには疚しい心はありませんでした。ただ、跡部クンが悲しいのが、忍足クンにも伝わってきて……。
「跡部さーん。何してるの……て、忍足さん! 跡部さんから離れてください!」
 玄関にやって来たリョーマくんが忍足クンの手を跡部クンから振り払いました。
「何しやがるんや、越前」
 忍足クンが眉を顰めます。
「越前、忍足はな、跡部が落ち込んでいたところを慰めてたんだ」
「美しい友情です」
 宍戸クンと鳳クンのコンビが忍足クンのフォローに回ります。
「ふぅん。何で泣いてたの?」
「今日は樺地の祖母さんの一周忌なんや」
 忍足クンがリョーマくんに説明します。
「そっか……大切な人だったんだ……。跡部さんに泣くほど大切に思われて、樺地さんのお祖母さんも幸せっスね。――涙拭いて」
 リョーマくんが跡部クンにハンカチを差し出す。跡部クンがそれを受け取ります。ああ、あれは俺の役目やと思うとったのに……と忍足クンがリョーマくんのスマートさに歯噛みします。
「ありがとう、越前……」
「リョーマでいいっスよ」
 リョーマくんが笑顔で言います。
「あんな、跡部……こんなことお前に言うのは酷やが、人間いつかは死ぬんやで。それは覚悟せなあかんで」
「そうだな……忍足……それにしても、樺地のヤツ、そんな大事な席に俺様をよばないなんて……」
「樺地には樺地の考えがあるんやろ。跡部、お前は優し過ぎる」
「……樺地も優し過ぎるぜ……俺に遠慮しなくともいいのに……」
「すれ違いが生んだ悲劇っスね……」
 リョーマくんが呟きます。
「おお、こんなとこでこうしちゃいられん。俺も樺地のばあさんの法事に行くぞ」
「そんな……跡部、俺はお前の為にこのパーティーを開いたんやで」
 忍足クンが跡部クンに抗議します。
「跡部部長、行かない方がいいです。法事は基本的に身内が行くものですから」
 鳳クンが窘めます。
「あーん、鳳。お前、俺は樺地の身内でないと言いたいのか?」
「いえ……跡部部長が行って騒ぎが起きても困るでしょう」
「……そうか」
「確かに、跡部が行くと面倒が起こる気がするで……跡部は顔が無駄に広いからなぁ……」
 忍足クンも鳳クンに同調します。
「じゃあ、樺地に電話してもいいか?」
「ほんまはそれもどうかと思うけど――気の済むようにしたらええ」
「跡部さん、俺からもよろしく言っておいてください」
 ついて来たもふもふのカルピンを抱き上げたリョーマくんが口を開きます。
「鳳、忍足、それにリョーマ……ありがとう」
「跡部……」
 忍足クンは伊達眼鏡を外して涙を拭います。跡部クンの気持ちはわかるのです。友達ですから。それと、もうひとつ――。
「どうでもええことなんやけどな、跡部……いや、景吾。俺のことも侑士って呼んでんか」
「俺みたいにか?」
 傍で様子を見ていた向日クンが口を挟みます。
「あーん? 何でだよ。忍足」
「何でと言われても困るが……越前に負けたような気がするんや」
 その話題のリョーマくんはにやにや笑っています。
「それに、謙也と混同されても困るし……」
「謙也がいる時はちゃんと侑士って呼ぶぜ」
「そうやのぅてやなぁ……」
 忍足クンは溜息を吐きながら肩を落とします。
「俺、アトベに会っていい? 猫の方の」
 向日クンが言います。
「がっくん……がっくんまで俺を置いてくの……?」
「は? 俺の慰めなんかいらねぇだろ。侑士には宍戸もチョタもいるし」
 鳳クンはチョタと呼ばれています。
「そうだぜ、忍足。俺達がついているからな」
「俺も、力になれることがあったら……」
 宍戸クンと鳳クンが忍足クンを囲みます。こんなに友達の有難さがわかる瞬間も珍しいです。
「跡部部長に名前を呼んでもらったって……樺地さんだって跡部部長を呼ぶ時は苗字呼びですよ」
「そうだぜ。長太郎の言う通り。忍足にもまだチャンスはあるんじゃねぇの?」
「おおきに。鳳に宍戸……」
 忍足クンはポケットから出したティッシュで鼻をかみます。跡部クンは樺地クンの家に電話をしています。――すぐ終わりました。
「樺地は最後までいるってよ。いずればあさんの墓に一緒に行く約束してきた――俺、樺地の邪魔したかな」
「それぐらいはいいんじゃねーの? お前、樺地に遠慮なんかしたことなかったろ」
「そっスよ。跡部さんは樺地さんのお祖母さんにお世話になったんだし。樺地さんは親友でしょ? そんなことに気を使うなんて跡部さんらしくないっスよ」
「宍戸はともかく、リョーマ、お前はどういう目で俺を見てるんだ。気を使う俺は俺らしくないって――俺がそんなに礼儀知らずと思っていたのか」
「んー。まぁ、人の心にずかずか入って来るところはどうかと思うっスけどね」
 リョーマくんは少し赤くなりながらぽりぽりと頬を掻きます。リョーマくんにとっては遠回しな告白のつもりだったのでしょう。
「お前だって礼儀知らずだろ」
 ――鈍い跡部クンには通じなかったようです。
「あ、立海のヤツら放っておいたままやった!」
 こういう時、あまりジローくんはあてになりません。忍足クンはそう思っています。真田クンは忍足クンの部屋でアトベをモデルにして写真を撮っています。幸村クンと丸井クンは微笑まし気に見守っています。ジローくん、それに忍足クンのお母さんまで。

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2018.02.27

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