忍足クンと一匹の猫 13

「忍足~、アトベ~」
「よぉ、忍足。世話になるぜ」
 氷帝の芥川慈郎クンと立海の丸井ブン太クンと言う癒しコンビが忍足家にやってきました。
「おお、待ってたで。入ってぇな」
 忍足クンが二人を案内します。丸井クンが近況を報告してくれました。
「赤也は補習。仁王はイリュージョンの練習だぜ」
「仁王は凝り出すと止まらないからな。うむ。こんな時でも練習なんて、テニス部員の鑑だな」
 真田クンが感心したようにその強面の顔に笑みを浮かべます。しかし、通常のテニスではイリュージョンは使いません。
「ジャッカルは小さい従兄弟が来てるんだと。くれぐれもシクヨロって言ってたぜ」
「それを言うなら『よろしく』だろうが。たわけが」
 そんなことで真田クンに『たわけ』と言われる丸井クンが気の毒です。
「柳生は仁王の特訓に付き合ってて、後は――柳は乾とデータの解析してるってさ」
「柳は青学の乾と仲がいいのだな」
「幼馴染って言ってたものね。まぁ、あんまり仲良過ぎになるのも困るけど」
「大丈夫っスよ。真田さん。幸村さん。俺がしっかり乾先輩のこと見張ってますから」
「そうか。越前も青学だったな。なら頼む。立海の副部長としてこちらからも」
「任せてください、真田さん。でも、俺が青学だなんて、わかりきったこと言わないでいいですよ」
「いや、あのな――それは読者の方々にわかるようにだな……まぁいいか」
「変なの」
「ほあら~」
 リョーマくんに賛成するように、カルピンが鳴きます。
「アトベ~。おもちゃ用意してきたよ~」
 やはりジローくんは癒しの天使です。少なくとも、忍足クンはそう思っています。向日クンには敵わないとは思いますが。
「ほら、簡単ねこじゃらC~。お金もかからないからお得だよ」
「にゃ~ん」
 ジローくんの動かす猫じゃらしにアトベとカルピンが飛びつきます。二匹はまろびつつも仲良く追っています。
「か~わA~」
「幸村、写真だ写真!」
「わかってるよ、真田」
「このおじさん達うるさいね」
「む……越前、俺はお前とは二つしか離れてないぞ」
「でも、真田さんてさ、見た目はおじさんじゃん」
「なっ……!」
 真田クンは密かにショックを受けております。中学生なのにおじさんみたいな子もいっぱいいるのですが、そんなことは真田クンの慰めにはならないでしょう。
「言われちゃったね、真田」
「幸村さんは病弱だし」
「まぁね。でも、少しずつ良くなっているよ」
「アンタ方が常勝立海なんて、少し問題あるんじゃないの?」
「フフフ……ボウヤ、言っていいことと悪いことがあるよ……」
 リョーマくんの言葉に幸村クンは心の青筋を立てています。
「大丈夫だろぃ? 立海には俺もいるから」
「だから心配なんじゃないスか」
 丸井クンの言葉にリョーマくんが答えます。立海のメンバーは次々とリョーマくんの毒舌の餌食にかかっています。
 跡部クンとジローくんはそんな彼らを無視して猫達で遊んでいます。忍足クンだけが少し心配そうに成り行きを見守っています。
「こんなところで喧嘩とか嫌やわ……」
 忍足クンが伊達眼鏡を直しました。思えば四天宝寺は可愛い方だったと考えています。
「こん調子じゃいつか青学の奴らもこの家に来るんやないか? 既に越前が来とるし」
「いいっスね、それ」
 リョーマくんがぱっと顔を上げます。その顔は明るく輝いています。はっきり言って可愛いです。
「まぁまぁ、今日のところは立海の奴らで我慢しようぜ。立海だってレギュラーの大半はなんだかんだでいねぇしよ。いるのは問題児ばっかで」
 跡部クンがたしなめます。たしなめているようには聞こえないかもしれませんが。
「誰が問題児だ」
「真田。跡部は後で俺がきっちり料理しとくよ」
 幸村クンが言います。すうっと部屋の温度が下がったような気がするのは気のせいではないでしょう。
「幸村さん、その時は俺も参加させてください」
 リョーマくんが申し出ます。
「あれ? ボウヤ、跡部が好きなんじゃなかったの?」
「料理と言ってもいろいろあるでしょう?」
 リョーマくんが凄みのあるにやり笑いを見せます。かなり怖いです。跡部クンの体に悪寒が走ったようです。跡部クン、四面楚歌です。
「忍足――越前を止めろ」
「こら、越前。――抜け駆けは止すんやな」
 忍足クンとリョーマくんの間に火花が飛び散ります。
「おい、煽ってどうする。おい」
「黙っとれ、跡部」
「跡部さんは首ツッコまないでください」
 ――跡部クンは黙ってしまいました。
「みんなどうしたの~」
 ジローくんの疑問に皆はこう答えました。
「何でもない!」
「ほあら~」
「にゃーん」
 猫達がつぶらな瞳で人間達を見ています。
「うっ……」
 今まで言い争っていた人間達うちの何人かは猫達に対してある種の疚しさを覚えているようです。
「ね~、跡部~、どうしたの~」
「だから……何でもないんだ。ジロー」
「ふぅん」
「ま、俺達も反省するところがあったよ。ただれた会話をこの純真な猫ちゃん達に聞かせたということで」
「そうっスね」
「幸村に越前! お前らが一番ただれてんだよ!」
 ついに跡部クンの癇癪が破裂します。
「ふぅ、君と同じ名前の男は怒りっぽいねぇ。アトベ」
「幸村……お前も怒ると怖いんだが……」
 真田がぼそりと呟きます。
「幸村さんは怒らなくても怖いっスよ。じわじわと来るから……だから味方につけときたかったのに」
「あはは、そりゃ無理だよ、ボウヤ。俺と君はライバル同士だからね。いつかテニスで決着をつけよう」
「ウィース」
 一触即発だった空気が緩みます。まるで冬の次に巡ってきた春のように。
「あれ? 空気が温かくなったC~」
 ジローくんがのんびり言います。
「ん。この菓子旨いな。ジュースも旨いし」
「そっか。丸井、後でおかんに伝えとくわ」
「うん。また来てもいいか?」
「丸井だったら構わへんで」
「うん。サンキュ」
 丸井クンが口元にお菓子の食べかすをつけながら忍足クンに礼を言います。ジローくんがごろごろ転がりながら丸井クンにぶつかります。
「丸井く~ん。遊んで~」
「おう。ちょっと待ってな。このケーキをやっつけてから……」
「ほら、アトベとカルピンも丸井クンと遊びたいって」
 二匹の猫が汚れなき瞳で丸井クンを見つめています。――丸井クンはジローくんから猫じゃらしを受け取って振り始めました。ついていくアトベとカルピンに丸井クンも和んでいくようです。

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2018.02.17

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