忍足クンと一匹の猫 11

「猫のアトベも好きやけど、跡部のことも大好きや!」
 同じ名前でややこしいのだけれど、その通りなのです。猫のアトベと人間の跡部景吾クン。忍足クンはどちらも好きなのです。
「――なぁ、跡部。許してくれるか? 今度皆で集まる時はお前も誘うさかい」
 忍足クンが下手に出ます。
「ふん」
 跡部クンが鼻を鳴らします。
「それよりアトベに会わせてよ。俺達その為に来たんだから」
「そうだそうだ」
 幸村クンと真田クンがせっつきます。
「せやな。――こっちや。来いや。幸村に真田」
 忍足クンがぶっきらぼうに言いました。
「にゃーん」
 忍足クンの部屋では猫のアトベが行儀良く座っていました。
「おお。やはり本物は可愛いな。わざわざ来た甲斐があったぞ。――抱いていいか?」
 真田クンが嬉しそうに言います。真田クンは老け顔ですが忍足クン達と同じ中学生です。
「どうぞ」
 忍足クンは不愛想です。
「いやぁ、可愛いな。どうだ、アトベ。うちの猫にならないか?」
「にゃーん」
 アトベはちょっと嫌そうです。幸村クンは上品にくすくす笑っています。忍足クンがおずおずと跡部クンに切り出します。
「なぁ、跡部……別に俺達、跡部をハブにした訳やあらへんで。そのう……忘れてたんや」
「いいぜ。忍足。その話はもう。――それより真田。今度は俺にもアトベ抱かせろ」
「何を言う。貴様はアトベを駄猫と言ったばかりじゃないか」
「それは謝る。けどな――やっぱ可愛いもんな」
「跡部……」
 忍足クンがほっとして涙ぐみました。一週間近く、跡部クンは忍足クンに文句を言うだけでまともに口をきいていなかったのです。
「俺様も悪かった。大人げなかったと思ってる。けど――どうにも悔しくてな」
「何が?」
「猫に負けたことがだよ」
「跡部、それって……」
「勘違いすんなよ。俺はお前にどう思われようと知ったこっちゃない。ただ、アトベばかり可愛がられて、と俺様も思ったんだよな」
「景ちゃんのことも可愛がったる?」
「あー、おほん」
 真田クンが咳払いをします。
「そんなことは俺達が帰ってからやれ」
「別にいいじゃない。良かったね。忍足。跡部と仲直り出来て。――という訳で、報酬としてアトベを頂こうかな」
「うむ、それはいい」
「ちょっと待て。勝手に話を進めるなや」
「そうだぜぇ。幸村。アトベは忍足の猫だぜ。人の物横取りすんのは良くねぇな。あーん?」
「跡部……アトベは物やあらへん」
 人間の跡部クンと猫のアトベ。同じ名前で紛らわしいです。
「アトベに訊いてみようか。アトベ、俺達の猫にならないかい」
 幸村クンの台詞にアトべは思い切り鼻に皺を寄せました。
「――嫌みたいだね」
「忍足の方がいいんだろ。結局納まるところに納まったと言う訳だ」
 偉そうに腕を組みながら跡部クンが言います。
「あ、アトベ~」
 真田クンが泣いています。幸村クンはよしよしとそんな彼を慰めています。
「うっうっ、俺のアトベ、俺のアトベ……」
「泣きながら名前連呼するな。俺様に言われているようで気味が悪い」
 跡部クンは容赦がありません。
「ほな、明日は日曜やからパーティーしよう、な」
「楽しみにしてるぜ」
 すっかり機嫌が直った跡部クンが言います。
「……いい気なもんだな」
 真田クンの台詞に幸村クンが「ふふ……」と笑います。『魔王』と呼ばれている彼のことですから、何考えているのか知れたものではありません。
「忍足。俺達も参加していいかな」
「急に押しかけてきて済まないが、俺は一秒でも多くアトベといたいんでな」
 幸村クンと真田クンが頼みます。
「どうする? 忍足よ」
「別にええで。パーティーは大勢の方が盛り上がるしな」
「にゃあうん」
「――ありがとう」
 真田クンの顔がぱあっと明るくなりました。今泣いた烏がもう笑いました。
「アトベにエサやるか? 真田。きっと懐くで」
 忍足クンが勧めます。
「うむ」
「じゃ、ちょっと持って来るわ。跡部、幸村達と歓談でもしててな」
「アトベと遊んでた方が面白れぇぜ」
「じゃあ、宍戸の置いてったキジ羽根があそこにあるから」
 アトベと遊んでいる三人を見て、忍足クンはその場を後にしました。丸眼鏡をかけた顔に微笑みを湛えながら。アトベと遊ぶ三人は、中学三年生という年相応に見えました。
「さてと――明日はがっくん達は呼びたいなぁ。丸井も来たらジロちゃんは喜ぶかなぁ……」
 用意をしながら忍足クンは思いを巡らせます。
「ちょっと離れとるけど、越前も呼ぶか。カルピンも連れて来るよう言っとこ」
 このパーティーは跡部クンの為のパーティーです。忍足クンもうきうきしてきました。
「うちのおかんは人をもてなすのが好きやから、上手く行くやろ」
 ――すっかり遅くなってしまいました。忍足クンはジュースとお菓子とアトベ用のおやつを持って自分の部屋へ向かいました。
「アトベ~」
「しぃっ」
 幸村クンが口元に人差し指をあてがいました。静かにしろとのサインです。アトベは真田クンの膝に乗って眠っていました。幸村クンが小声で言います。
「アトベ、疲れちゃったんだね。真田の膝に乗った途端眠ってしまったもの。きっと暖かいんだね」
 幸村クンと真田クンはにこにこしながらアトベを見守っています。幸村クンが言いました。
「跡部、写真ありがとうね」
「ん? ああ、俺様のことか――写真くらいどうってことねぇよ。プリントアウトすんのも忘れねぇからな」
「真田もカメラを持って来たんだけど、アトベに膝に乗られちゃったからね」
「いやぁ、ははは……」
 真田クンが照れ笑いをします。何だか嬉しそうです。真田クンは強面なのに、今はいつもよりあどけなく見えます。
 アトベの存在――いや、動物は皆を癒してくれるのです。
「幸村。明日丸井は来れるやろか?」
「来れると思うよ。どうして?」
「いや、ジロちゃんに会わせたいんや」
「あの二人仲がいいもんね」
「けれど、丸井を呼んだら、切原や仁王達には不公平ではないかな」
「そういう問題はお前らに任せとくで。この家は広いから五人や十人増えたってどうってことあらへん」
「俺様の家には負けるけどな」
 跡部クンが言いました。跡部クンの家はアトベッキンガム宮殿と呼ばれていて、この土地の名物になっている程なのです。忍足クンの家もお父さんが医者でお金持ちなだけあってなかなか大きいのですが跡部クンの家には敵いません。
「あ、それから越前も呼ぶで」
「あーん? 越前の家は遠いだろ?」
「でも、そんな極端に離れとる訳やないし、電車ならすぐや。自転車でも来れる。それに、越前は必ず来る。アトベがおるからな」
 跡部クンは首を傾げていますが、真田クンは僅かに顔を強張らせました。

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2018.01.28

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