俺様嫌われ中 9

「おい、景吾。お前、今日は学校休め」
 透叔父が言った。
「え? 冗談じゃねぇよ、叔父さん」
 俺様が八束やクラスメート怖さで休んでいたら、他の生徒に示しがつかないじゃねぇか。
 俺は――戦う。
「どうせ学校行ったって授業どころじゃねーだろ、おめー」
「うっ」
 透叔父の言うことももっともだった。近頃俺は勉強が手につかなくなり始めている。榊先生にでも相談しようか――。
「お前がいない方がクラスも落ち着くんじゃねぇか?」
 ぐっ……。またしても痛いところを突かれた。俺様はあのクラスには必要ないんだな、もう……。
「そんなしょげるな。兄貴にも相談しよう」
「親父に……言うのか?」
 俺は目を見開いた。
「言わなきゃ仕様がねぇだろ」
「でも……」
「大丈夫、兄貴は力になってくれるさ」
 透叔父が俺様の肩をポン、と叩いた。俺様は――こくんと頷いた。
「俺も協力してやってもいいぜ。クソクソ跡部」
「まぁ、跡部には借りがあるからな」
「俺も全面的にバックアップします!」
「ありがとう、向日、宍戸、鳳」
 俺様が三人に礼を言ってると――。
「あー、えへんごほん」
 忍足がこれ見よがしに咳払いをする。何だっつうんだ。
「俺も景ちゃんの為なら一肌脱ぐで」
「おうおう。ありがとな、忍足」
「何で俺の時だけおざなりやねん」
 忍足がビシッとツッコむ。流石関西人。つか、おざなりなの伝わったんだな。
 そして樺地は――
「俺は――跡部さんの味方です」
 樺地は裏切ることがない。俺様は樺地を一番信じている。何たって樺地の心は透けて見えるからな。
 それに、幼馴染で付き合いも長い。俺は樺地を頼りにしている。――もう樺地を頼るのは止めようと思っても……今だって頼っている。
「信じてるぜ。樺地」
「素直な跡部さんかわい――いやいや、そんな場合じゃない。でも可愛い……」
 リョーマの台詞は聞かなかったことにした。
「景吾、おめー、モテるな……男に」
 いや、透叔父さん。そこは『男にも』と言って欲しい。将来俺の王国の妃になりたいという雌猫は山ほどいるんだからな!
「――透叔父さん、俺、やっぱり学校行くよ」
「行かない方が無用な騒動が起こらないと思うがなぁ……」
 そう言いつつも透叔父は渋々認めてくれた。
 俺様はやはり氷帝学園を愛しているし、生徒や先生方も好きだ。それに、学校に行かなかったら榊先生が心配するかもしれない。
「ん~」
 ジローはいつもの通りに寝ている。
「そういや、飯がまだだったな。腹減ったぜ」
 透叔父が腹を撫でる。
「そうそう。せっかくだから食おうぜ」
「ご飯~? 美味しそうだC~」
 ジローが起きた。ゲンキンなやっちゃ。
「ただ今皆様の分を温めております」
 ミカエルが笑顔で言ってくれた。
「おう、ミカエル。お前も変わんねぇな」
「透坊ちゃまこそ――景吾坊ちゃまを見ていると、昔の透坊ちゃまのことが思い出されてねぇ……」
「俺はこんなテニス馬鹿じゃなかったぞ」
 透叔父が口を挟んだが、ミカエルは聞いていなかった。
「責任感が強くてお優しくて努力家で――顔かたちもそうですが、性格がよく似てらしてましたねぇ……」
 うーん、ミカエルの話は長い。忠義深くて悪い人じゃないんだが……。
「おいおい、昔のことはいいだろうが」
 こっちにも火の手が回ってきそうだと判断した透叔父がミカエルを止めようとする。
「坊ちゃま。私達も応援してますね」
「おう。ありがとな。ミカエル」
「不肖の甥を頼んだぜ」
 俺様と透叔父がミカエルに言ってそれぞれ手を取った。ミカエルの手は皺しわになっている。長い間跡部家に仕えている執事の勲章だ。ミカエルはそう思っていることだろう。
 料理が運ばれてきた。俺様達はそれらを堪能した。
 俺様は食後に言った。
「あ、そうだ。越前。ほれ」
「――牛乳?」
「お前の為にわざわざ絞りたてを注文したんだぜ。飲め」
「――大きなお世話っすよ」
「ふぅん……そのまんまのチビのままでいいのか。俺様にずっと見下されたままでいいのか。まぁ、俺様は構わねぇけどよ」
「嫌っすよ、そんなの! 飲めばいいんでしょ?」
 ふふ、相変わらず負けず嫌いなヤツ。――それを言うなら、俺達や青学のヤツらだってそうか。
「旨い……」
 牛乳を一口飲んだ越前が目を瞠っている。可愛いな。いつもこう素直だといいのに。
「これ……これ、すっごく旨いっすよ」
 そんな越前の様子を見て皆和んでいるようだった。越前は普段は生意気なチビだが、時々年相応の可愛らしさを見せる。俺様は青学のヤツらが少し羨ましくなった。
「あとべ~、俺も飲んでE~?」
「おう、まだあるだろ? ミカエル、皆に配ってくれ」
「承知いたしました」
 ――勿論、俺様の分も含まれている。
 それにしても越前め、不味い牛乳ばかり飲んでいたな。南次郎や倫子さんには牛乳にこだわりはないのだろうか。
「俺が跡部家に来れば毎日こんな旨い牛乳が飲めるんすね!」
 どういう意味だ? 越前。
「流石は跡部家の牛乳だな」
「――ウス」
 ああ、宍戸や樺地の意見には他意がないのがわかるから深読みする必要がなくて助かる。
「越前君、君には特に仲良くしておく必要がありそうだね」
「――ほんと?! 将来は宜しくお願いします。義理の叔父さん」
 何か聞き捨てならねぇ会話してんな。おーい、おめーら、俺にだって選ぶ権利があるんだぜー。勝手に将来のこと決めんなよ~。
「樺地、このままだと越前に跡部取られてまうで」
「――ウス」
 忍足、樺地まで巻き込んでんじゃねぇ。樺地だったら別段構わねぇんだがな。――全く、俺様は男にもモテモテで困っちまうぜ。……いや、ふざけている場合ではない。本当に困ってるんだからな。
 ――俺様はずっと考えていた。俺様が学校に行って無事に帰ろうと言うのなら、この手を使うしかなさそうだな。そりゃ、本当にやっていいことかどうかはわからんけど。
「樺地。今日はお前、俺様と一緒にいろ」
「ウス」
 間髪を入れずに樺地が答える。そういうところが好きだぜ、樺地。――愛してるぜ。樺地の学習の邪魔はしたくないが、今は俺様の危機だ。少しの間ボディーガードやってもらったって罰は――当たるだろうか。やっぱり。
 でも、樺地は俺の物だからな。そうだ。もうしばらくの間だけだ、しばらくの間だけ……。何だよ。結局俺様、樺地がいねぇとダメみてぇじゃねぇか。
「おい、樺地とお前とは確か学年が違うんじゃ……」
「榊先生には了承を得ます。榊先生は俺の味方ですから」
 俺様は透叔父に向かってにいっと笑った。透叔父は頭を抱えている。ふふん、ざまーみろ。透叔父はこうぼやいていた。
「忘れてた……この甥っ子はやると言ったら必ずやるんだった……」

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2016.10.15

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