俺様嫌われ中 10

「それにしてもお前、タロやんのこと、信じてんだな」
 しばらく頭を抱えていた後、けろっとして透叔父は言った。――叔父さんの立ち直りの早さは父さんの折り紙付きだ。そこも俺様によく似ていると言われている。
 因みに、タロやんと言うのは榊先生のことだ。昔同級生だったらしい。
「タロやんは美少年好きだから気をつけろよ」
「根拠は?」
「あんだけ美形で金持ちなのに独身なんておかしいだろ」
「それだけ? 透叔父さんだって独身じゃないですか」
「いやぁ、それだけじゃないんだけどなぁ……。あ、俺は違うよ。俺は女にモテてモテて困っちゃう方だから」
 そうだな――透叔父には女がいろいろいっぱいいる。現地妻なんて数えきれない程いるって話だもんな。俺様も雌猫にはほとほと困る程モテて仕様がないんだが。一時期より下火になったとはいえ。
 これはきっと跡部家の遺伝だと思う。いるだけで女を惹きつけちまうなんて――俺様も透叔父も罪な存在だぜ。
「あとべ~、何髪掻きあげてんの?」
「ほっとけ、ジロー。どうせ自分の世界にどっぷりハマってんだろ」
 ――む、宍戸め覚えておけよ。
 と、まぁ、この話はこれで一区切りついたのだが――。

「何でお前らここにいる?」
 氷帝学園の俺様の教室で。俺の傍には樺地と宍戸と鳳がいた。いや、樺地は許可をもらったから構わねぇんだが。
 越前もついて行きたいようだったが、
「おめぇにだっておめぇなりの学校生活があるじゃねぇか、あーん?」
 と、俺様が凄んだら、
「何かあったら教えてくださいよ」
 と言い残して青学に向かって行った。
 さてと――。教室である。
 先生は呆れ顔である。
「おい、樺地はいいが、何で宍戸、鳳、お前らもいる」
「跡部さんを守る為です!」
「それはわかるんだがな、鳳――お前は学年が違うじゃないか。自分の教室に戻れ、な?」
 先生が諭すように言う。
「だって――今は跡部さんの危機だから……」
 それを聞いて、先生は溜息を吐いた。
「自分の教室へ行け。鳳。勉強に遅れるぞ」
「大丈夫です! 俺、成績いいですから!」
「おー、おー、嫌なヤツだねぇ。自分の優秀さを自慢するなんて……」
「そんな……! 宍戸さん、俺、そういうつもりじゃ……!」
「触んなよ、てめぇ! この点取り虫!」
 もう、授業どころじゃねぇ!
 そりゃ、こいつらの好意は嬉しいが。
「あとべ~」
「ジロー! 何でお前もここに?!」
「そりゃ、跡部のことが気になって」
「お前ら、もう教室へ帰れ!」
「えー? いいじゃん、あとべ~。またいじめられたら困るっしょ」
 ぴくり。教室の空気が不穏に動いた。
 けれど、その中でも脳天気な女子達は、
「宍戸君や鳳君と会えて幸せ~」
 だの、
「ジロちゃん可愛い……」
 だの、のん気なことを喋っていた。女子って適応能力すげーな。先生でさえ目を白黒させているのに。
「おい、跡部」
 開かれていた扉から忍足が入って来た。一部の女子からあの丸眼鏡(忍足のこと)に向かって黄色い声援が飛ぶ。
 ああ、俺様、妙な騒ぎに巻き込まれるのと、八束の傀儡に虐められるのと果たしてどちらがいいんだろう……。
 俺様はもう、普通の学校生活を送れる見込みはないんだが。何たってキングだもんな。
「そこどけよ、忍足」
「宍戸こそどけや」
 宍戸と忍足が言い合いをしている。
「宍戸さん、頑張ってください」
 いや、あのな、鳳。お前、宍戸に声援送ってる場合ではないぞ。
 先生はもう無視してカッカッと黒板にチョークで英文を書いている。
「こら、鳳。この教室にいたかったら、この文を訳しなさい」
 あ、無視していた訳じゃなかったんだな。
「はい!」
 鳳がすらすらと問題を解いた。はーん。今のは中一の頃の俺でも解けたがな。
「ぐっ……正解だ」
 先生がちょっと悔しそうだった。ははーん。ざまぁ見ろ。
「今のはお前でも解けるよな、樺地」
 俺様がそう言うと、樺地はいつもの茫洋とした顔で、
「ウス」
 と答えた。
 その後、先生はもう俺達なんぞ全くシカトして、チャイムが鳴ったら教室を出て行った。去り際にちっと舌打ちをして。それを聞いたのは俺様だけだったろうか。
 八束は動けないようだった。でも、噂は流れるだろう。榊先生とのことも既に話題になっている。――透叔父は、榊先生は美少年好きだと言ってたけど、本当だろうか。

 レギュラー陣、或いは元、と言った方がいいヤツらが用もないのに俺様の教室に来たりして、やっぱりまたちょっとした騒ぎになったけど――本当は俺様はそれが嫌ではなかった。
 俺は……こいつらに心配かけてきたんだな……。
 でも、こいつらの心意気が俺様には嬉しかった。俺様のせいでこいつらの授業が遅れるのは嫌だけど。
 音楽の時間は榊先生も何も言わなかった。ひそひそといかがわしい噂は立っていたようだが。
「おい、跡部。気にすることないで」
 無駄に低いエロボで忍足が囁く。
「わぁってる」
 俺様は忍足から離れた。
 また噂広まんのかな。まぁ、別にいいか。根拠は薄弱だもんな。
 八束め、噂だけで人を動かせると思うなよ。俺様には仲間がいる。

 仲間の有り難さを思い知らされたのは昼休みの時であった。
 俺様達――テニス部の元レギュラー陣と現レギュラー陣。そして、俺。現部長の日吉も一緒だった。
「あの……跡部様、ちょっといいですか?」
 何だ? この雌猫。俺なんかのこと様づけして呼んで……目をつけられても知らねぇぞ。
 ところが、その後ろから何人かの雌猫が集まって来た。何だってんだ?
「――ごめんなさい、跡部様」
 後ろの雌猫達も、ごめんなさい、と後に続いた。
「え? てめーら、何か謝るようなこと俺にしたのかよ」
「す……すみません」
 雌猫の一人が怯えたようだった。
「――わかった。話は聞いてやる。何をした」
「あのう……私達、跡部様の靴を盗んだり教科書を隠したり――ゴキブリの死骸を入れたりしました。本当にごめんなさい!」
 靴や教科書はまだしも、ゴキブリの死骸まで入れてたのか……女ってこぇぇな。やることが陰湿じゃねぇの。
「んで? 何で俺に謝ろうと思ったんだ?」
「私達……跡部様の仲間達に対する友情の厚さに触れて、今までの噂は実は嘘だったんじゃないかと思ったんです」
 ――雌猫どもの言うことは、半分は虚偽だ。どうせ俺達元レギュラー陣に『私達は悪くありません』とアピールしたかったんだろう。こいつらに取り入りたかったんだろ? 目端の利く奴らが。
 でもま、敵が少なくなったのはいいことだ。
 わざわざありがとよ――そう言って樺地と共に踵を返すと、日吉達が揃って道を開けた。「やっぱり跡部様って素敵」という声が後ろから聞こえて来た。

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2016.10.17

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