俺様嫌われ中 8

「そっか――アンタ、越前南次郎の息子だろ」
「――そうです」
 越前が答えた。
「越前南次郎は有名な選手だし、よく見りゃお前さんの目は確かに南次郎と同じ目だ。景吾からも話は聞いてる。でも、まさかこんなチビだとはねぇ――」
「これから伸びるんスよ」
「アンタ、いくつだ?」
「――12。中学一年です」
「景吾もそのくらいの時はこんなに可愛かったもんだよ」
「俺、可愛くなんかないっス。跡部さんの自慢の髪を刈り上げたのも俺だし」
「ああ、それも聞いてる。双方納得ずくの契約だったから仕様がなかったんだろ?」
「――はい」
 あ、越前のヤツ笑った。
 透叔父は好きだけど、何となく面白くない。
「俺も同じことやってるのかもしれないけど――八束ってヤツ、許せないっス。――動画、見せてもらえませんか? 八束がどんなサルだか顔拝んでみたくって」
「どうだ? 景吾」
「いいだろう。けど、越前、青学の方は大丈夫か? 朝練あんだろ?」
「サボリ」
「おめーなー……」
「その分頑張って補うっス」
「まぁ、動画っつってもものの数分だけどよ。ミカエル」
 俺様はパチィンと指を鳴らした。
「はい。景吾坊ちゃま」
 ミカエルには何をしたらいいか伝わったらしい。使用人の手でスクリーンやプロジェクターの用意がなされる。いつ見ても惚れ惚れする手際だぜ。しかも、それが俺専用の使用人の動作なんだから得意にならずにはいられない。
「さすがだな」
 透叔父も感嘆している。へへ、いいだろう。
「んじゃ、動画鑑賞会と行きますか。景吾、データは」
「俺がやる」
 せめてこのくらいはしないとな。
 或る日の映像だった。――最初に暴力受けてから次の日だな。
『無様だな。跡部。堕ちた王、と言ったところか』
『てめぇ……』
『何だよ。せっかく美形に生まれたのに、そんな顔しちゃ台無しだぜ。ま、俺の方が美形だけどな』

「跡部さん以上のナルシーですね」
 越前が嫌そうに言う。――俺もそう思う。

『てめぇの……せいだろうがよ。この怪我も!』
『何で人のせいにするんだい? その怪我はお前の自業自得だぜ。悪い噂を流したヤツがどこかにいたとしたって、こうまで広まるとは、その素地ができていたということだぜ』
『くっ……』

「跡部さん……俺、あいつ殺します……」
「まぁ、待て越前。一応全部観てからな」

『目の前に、いるだろうがよ。俺より悪いヤツがな』
『ふん』
『八束。俺様はお前の力を見込んでいる。こんなことさえなきゃ、仲間にしてやったっていいと思っていた』
『やだね。この男娼』
『――は?』
『お前は男を買ってるんだろ? 樺地というヤツはその相手でさ』
『樺地のことを悪く言うのは……許さねぇ……』
『ま、それは冗談として。そういう噂が流れてるってことさ。いいじゃないか。一部の雌猫は喜んでいる』

「おい、止めろ」
 透叔父が静かに言った。
「こいつは――侮辱罪じゃねぇのか? 起訴まで持っていけるか今の時点ではわからねぇけどな」
「これも、罪になるのか?」
 俺様は目を丸くしていた。くそっ、透叔父に法律習っとけば良かったぜ。おんぶに抱っこで済ませずにな。
「馬鹿。だからお前は俺にテニス馬鹿と言われるんだ」
 透叔父が俺の頭をこつんと叩いた。樺地を除く一同がぷっと吹き出した。
 くそっ、後で覚えとけよ。お前ら。
「俺の腕ならこれで侮辱罪に持っていけるが――こう言うのは親告罪だからな。暴力を加えたヤツらには刑事事件まで持っていけるか、はてさて――」
 透叔父が顎に手をかけて考え込んでいた。
「俺の父親も弁護士です!」
 鳳が発言した。
「――ああ、長太郎。そう言えばそうだったな。親父さんは元気か?」
「はい、元気です!」
「お前も元気そうで何よりだ」
 透叔父が笑いを噛み殺していた。
「俺のこと、覚えているか? 長太郎」
「いいえ」
「そうか――正直で何よりだ。お前も親父の跡を継ぐのか? あーん?」
 今のは俺様の言葉じゃねぇ。透叔父だ。透叔父も身内の中では言葉使いが荒い、と言われている。でも、公的な場所ではそれなりに立派な言葉遣いもできる。
「跡部と話してるみてぇだな」
 宍戸が鳳に耳打ちする。聞こえてんだよ。別に悪いこと話してる訳じゃねぇが。
「跡部さんが二人になったみたいです」
 越前は堂々と言う。俺が大人になったら透叔父みたいになるんじゃねぇか、と言う親戚もいるのは知っている。
 でも、俺はキングだ。いつか透叔父よりもいい男になってやる。
「とにかく、これは根も葉もない噂だ。そうだろう? 景吾、てめぇが男娼なんて。しかも崇弘と――何だ?」
 俺のみぬちの血が恥辱に沸騰した。
「――火のないところに煙は立たずか。もしそうだったとしても、俺は何も言わねぇ。――景吾、これを証拠として公に出したくない訳がわかったよ」
 透叔父が呟いた。
「はっ、何言って……樺地と俺様の間には何も――」
「だろうな。お前、悲しそうだからな」
「跡部さん……!」
 越前が俺の体を揺すった。
「跡部さん、樺地さんが好きなの? ねぇ、ねぇ、答えてよ――」
 あー、こんな時こそ立ったまま気絶したい……。俺様、どうやって立ったまま気絶したんだっけ? なんかコツでもあんのか? 教えろよ、あの時の俺!
「越前、跡部が珍しく本気で困っとる。放したれ」
 忍足が俺様から越前の体を引き剥がした。グッジョブ! 忍足!
「景吾、お前モテんなぁ」
「透叔父さん……それ以上言ったら今度はあなたを訴えますよ」
「ただの感想に決まってるだろ。景吾は昔から目上の者に対しては頭に血が昇ると言葉が馬鹿丁寧になるという癖があるから怖ぇぜ。なぁ、景吾。もし俺を訴えるならその時は鳳の親父に泣きつくのか?」
「跡部さん、俺も援護します」と鳳。
「やれやれ厄介だねぇ――越前君、景吾の叔父として頼みがあるんだが」
「はい、何でしょう」
「そうそう。未来の親戚の言うことは聞いておかないとね。或いはそうなるのは崇弘かもしれんが。――青学でちょっと聞き込みをやって欲しいんだが」
「――何を聞けと?」
「氷帝での景吾の噂、青学ではどこまで広まっているか調べて欲しい」
「――わかりました。先輩達も昨日の練習試合で不審がってましたし。練習試合と言っても、単なる試合形式の練習ですが」
 噂が広まるのは時間の問題ってわけか――透叔父は顎に手を当てながら密かに独り言を言う。

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2016.10.13

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