俺様嫌われ中 7
「ジロー、おい、ジロー、起きろ」
「う~ん、もう食べれない~」
「寝ぼけてんじゃねぇ! とっとと起きろ!」
「ん~? あ、あとべ~?」
ジローはふにゃりと笑った。これだから俺様もこいつを憎めないんだよなぁ……。思えば得な性格してんな。忍足と越前も言ってたけど。
「俺様は着替える。お前、朝食は皆と一緒にとるか?」
「うん」
ジローが答える。……やれやれ。
顔を洗ってしゃっきりさせ、寝間着を脱ぐ。氷帝学園の制服を見た時、俺は複雑な気分に駆られた。
「あとべ~、あ……」
ジローが現れた。男同士だから着替えを見られたって問題ないだろう。そう思っていたが――。
ジローは悲しそうに顔を歪ませた。
「……何だよ」
じろじろ見るなってーの。
「跡部、やっぱり痛そうだC……」
「あ、この痣か? それがどうかしたのかよ」
俺様はやはり心のどこかが麻痺していたらしい。ジローが泣き出した。
「跡部、やっぱり痛そうだよ、あとべ~……病院行った方がいいC~」
そっか……ジロー、お前は変わらず心配してくれているのか……。
俺はジローを抱き締めた。
――ありがとう。
そんな言葉を心の中で言って。
この頃らしくねぇな、俺。自分でもそう思ってしまう。俺は……人に同情されるほど弱かったのか……。そう言えば、ミカエルも俺の傷の手当てをしながら泣いてたな……。『何で坊ちゃまがこんな目に遭わなければならないのか』――と。
「ジロー、泣くんじゃねぇ。男ならしゃんとしろ、しゃんと!」
「だって、跡部が何でこんなに傷つかないといけないんだC~」
俺様が傷つくのは俺様が弱いからだ。
でも、何でこいつらは俺に優しくしてくれるのだろう。ジローと言い、忍足と言い、越前と言い……。樺地はいつもと変わらず無償の愛を注いでくれるし。
「行くぞ。ジロー」
「うん……」
ジローが鼻を啜った。参ったな。同情するのもされるのも、どうも慣れない。
――食堂には一同が会していた。
忍足、越前、樺地、宍戸、鳳、向日――。
「おっはよ~。みんな!」
ジローはいつもの快活さを取り戻していた。――取り戻そうとしていた。
「ジロちゃん。お前、何で泣いとった?」
忍足がジローに訊く。
「ん……跡部の傷が痛々しくて……」
沈黙が下りた。何だよ。この雰囲気は。まるでお通夜じゃねーか。
「跡部……八束のことは何とかしておいた方がええで」
「そうだな」
俺は忍足に頷きかけた。
「知っとるヤツもおるやろうけど、跡部は学校のヤツらに傷つけられている」
忍足の言葉にみんなが一斉に首を縦に振る。
「首謀者は八束正則や」
「やっぱりあの人だったんですね!」
鳳が立ち上がる。
「跡部さん、何か困ったことあったら言ってください!」
俺はちょっと戸惑った。何と答えたらいいものやら……。鳳の直情さは時に人を困惑させる。
「まぁ、俺様もやられっぱなしって言うのは性に合わねぇからな……八束と話した時のことをこっそり動画に撮っておいた」
「さすが跡部さんです」
鳳が感心したように言った。
「――ウス」
樺地が同意した。
「クソクソ跡部。動画があるならさっさと見せてやれよ。学校の皆にさ」
向日の言うことも尤もだと思うが――。
「――証拠がない」
「は?」
「あいつ、言質を取られないように喋ってんだよ。用心深いヤローだぜ。全く……」
「そっか……」
「そういや、跡部の叔父、今日来るって話やったけど?」
忍足が首をこてんと傾げる。
「ああ、そうだな――遅くとも俺が学校から帰って来るまでには来てると思うけど――」
俺が言うと――。
「景吾坊ちゃま。透様がいらっしゃいました」
ミカエルがやって来て告げた。
「通してやれ」
「もう来ているぞ」
「――透叔父さん!」
「いよう、景吾」
俺は小さな子供に戻った感覚で透叔父に抱き着いた。皆が注視しているのも気にせずに。やりたいことをやりたいようにやる。それが俺様の流儀だ。
「ほう――跡部は叔父さんが好きなんやなぁ……」
丸眼鏡――忍足はさぞニヤニヤしながらこの台詞を言ったのだろう。
「跡部さんの方が……可愛いな……」
越前の声が聞こえたような気がしたが、そんなのは無視。
「――ウス」
「おお、樺地。久しぶりだな。何だ。またでっかくなったんじゃねぇか?」
「ウス」
樺地も嬉しそうだ。透叔父には、何か、人を和ませる雰囲気がある。俺も昔は透叔父みたくなりたかったもんだ。父より好きかもしれない。
「叔父さん、忙しいところをわざわざありがとうございます」
「いいってことよ。可愛い甥の危機と聞けばな」
透叔父が相好を崩す。この男が跡部家の顧問弁護士にして俺の叔父、跡部透だった。
「急いで来たんで腹減った。話は手短に願うよ」
「俺達も学校があるんで――動画は撮ってありますから後で一緒に観ましょう」
「おっ、用意がいいな、景吾。で、決定的な一言は取れたか?」
「いいえ――」
情けないことだが。俺は八束から『これは自分がやったことだ』という証拠を引きずり出すことができなかったんだ……。
「景吾、話は聞いてる。八束は初めからお前を追い落とそうとしてたんだな」
「はい。――でも、ここまで酷くなったのは俺にも原因があると言ってました」
「――どうしてっすか!」
越前が急に激昂した。
「わっ、びっくりした……何だよ、越前」
俺が呆然としていると、越前は語り始めた。
「そりゃ、確かに跡部さんはナルシーだし、サル山の大将だけど、皆から傷つけられるのは跡部さんの責任だなんて、そんなことはないと思います!」
「お前――」
透叔父は面白そうに越前を眺めていた。
「確かにお前さんの言う通りだ。よぉ、チビ。名前、何て言う」
「越前リョーマです。それから、チビではありません」
「へぇ……で、景吾との関係は? 友人か?」
「――ライバルっす」
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2016.10.11
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