俺様嫌われ中 5

「あとべ~、一緒に帰ろ~」
「フン、クソクソ跡部め。まだいたのか」
 ジローと岳人が部室の扉を開けた。いつもと変わらないヤツら――それが、俺には有り難かった。
「しかしねぇ……せっかく引退したのに何でまたここに来るんだか」
 日吉が独り言ちながらジロー達の後に続いて来た。
「テニスが――好きだからに決まってるだろ?」
 俺が言うと、日吉は仕方なさそうに溜息を吐いた。
「だったら自分の汚名を晴らしてから来てくださいね」
 日吉はまるで敵のような物の言い方をするが、本当は俺様のことを気にかけてくれているのだ。汚名を晴らせ――俺にはそれができることを信じてくれているのだろう。
「ウス――遅く、なりました」
「樺地! まだテニスコートにいたのか」
 こいつ、また背が伸びたんじゃねぇか? 俺の声が弾んでいるのが自分でもわかる。
「少し――考え事をしていました」
「来るのおせぇよ……今から一緒に帰ろうぜ。その……樺地さえ良ければ」
 こういう日常っぽい誘いも、樺地にとっては迷惑だろうか……でも、俺様は樺地に甘えたかったのだ。情けないことに、俺様、まだまだ樺地から離れられそうにない。樺地はほんの少し微笑って、「ウス」と答えた。
 ミカエルには少し遅くなりそうだと連絡してある。たまにはこいつらと歩いて帰るか。
 宍戸と鳳もやって来て賑やかになった。
「今日はどうしたんです? 跡部さん」
 鳳が心配げにこちらを見遣る。
「んー?」
「らしくないですよ。あんなプレイ。いくら相手が越前さんだったとはいえ――」
「俺もそう思います。今度は本気のプレイをしてもらいたいな」
 越前が言う。失礼なことしちまったな。越前。傷が疼いたとは言え、あんな気の抜けたプレイをしてしまうなんて。
「あ、先輩達ならもう帰りましたよ」
「そっか」
 桃城と海堂。あいつらがいたら青学も楽しいだろうな。
「おい、越前。学校楽しいか?」
「はい! ――と言いたいところですけど……」
「何だ?」
「跡部さんが酷い目に合っていると思っているのは……嫌っス」
「――あんがとな。そう言ってくれて」
 俺は越前の帽子をぽんぽんと叩いた。
「だから……子供扱いしないでください」
「悪かったよ。ま、お前もそのうち背丈伸びるぜ」
「はい。――だから、牛乳毎日飲んでます。乾先輩の実証済みです」
「乾の背が高いのは牛乳のおかげだったのか……」
 何となくおかしくなって口元が緩む。
「跡部さん……今、笑いましたね」
「ん……そうだな」
 越前も嬉しそうに笑う。
「アンタには堀尾のことで随分お世話になったから恩返しをしたいんスよ。まぁ、それだけでもないんだけど……」
「あーん?」
「――それは置いといて。そのことについては二人っきりの時に話しますから」
「おい、越前……」
 忍足の低い声が響く。
「クソクソ。二人の世界を作るんじゃねぇ」
 岳人が言う。
「跡部は越前が好きなの?」
 ジローが首を傾げる。
「宍戸さん、俺達も跡部さんを元気づけてあげましょうよ」
「――そうだな」
 鳳に、宍戸は苦笑交じりに答える。
 ――ああ、俺様の仲間達。
「今日は、俺様の家に泊まらねぇか? お前ら。ミカエルも喜ぶだろう」
「わーい、やった~。跡部の家でお泊まりだC~」
 ジローはもろ手を挙げて喜んでいる。
「まぁ、悪くないな」
「俺、家に電話します」
 宍戸と鳳。何か――こいつら似てんなぁ。血は繋がってないし、顔立ちだってそれぞれ違うけど。雰囲気とかかなぁ……。同じだと思えるのは。
「俺は部誌書いてますんで、今回は遠慮しておきます」
 日吉のヤツ――いつでも真面目だな。だからこそ、部長に任命したのだが。
 樺地も真面目だが、こいつは女房役に相応しい。日吉と組んで氷帝テニス部をいい方向に引っ張ってくれそうだ。
 八束のことがなければ俺も何の心配もなく卒業できるんだがな……。
「それにしても、八束さんがテニス部に入って来なくて良かったですよ」
「何だ、鳳。お前も八束、嫌いか」
「ええ。好きではありません。一見いい人には見えるんだけど、真実がないような気がして」
 真実――か。
「それは俺にもないかもしれんぞ」
「そんなことありません! 反発する人もいるかもしれませんが、跡部さんは立派な真実を持っています」
「そうかねぇ……自分じゃわからないけれど……」
「俺もそう思います」
「日吉……」
「八束は正義を語っていますが嘘っぽいです。跡部部長――失礼、もう部長ではないんでしたよね――跡部さんの方がまだ信頼できます」
 日吉……お前を部長にして良かったぜ……。
「俺も……八束って人は知らないけど、跡部さんは信じられます。そりゃ、跡部さんはサル山の大将だけど、その役割はきっちり果たしていると思うから」
 越前……ていうか、サル山の大将だけ余計だ。
「ウス――自分も、跡部さんの味方です」
 ありがとう、樺地。俺も、いつかお前の力になれるかな。お前は俺様より年下なのに、いつも苦労かけてばかりいるから……。
「帰りましょう。跡部さん」
 そう言って樺地は俺様と自分のラケットバッグを担いだ。ラケットバッグ二つは重いのに、樺地は軽々と運ぶ。同じ男として、その逞しい体格が羨ましくもある。
 ――俺様には神から授かった美貌と才能があるけどな。
「ミカエルに連絡する――ああ、もしもしミカエル?」
『坊ちゃま、何かありましたか?』
「テニス部の元レギュラー陣達と越前を家に連れてく。歩いて行くから車の用意はしなくていい」
『わかりました。今日の坊ちゃまはお元気そうですね』
「そうか?」
『ええ。久しぶりに。坊ちゃまの好物を用意してお待ちいたします。皆様のお口に合うといいんですが』
「確か越前が和食党だ。そうだな? 越前」
「うん。でも、皆と同じでいいよ。跡部さん家のご馳走美味しいから」
「越前も皆と同じでいいって」
『わかりました。ご無事で帰って来てください』
「――いつもありがとう。ミカエル」
 俺は電話を切った。
「いつもありがとうって――ミカエルって人によく言ってるの?」
 越前が訊く。大きなアーモンドアイでこっちを見ている。チビのくせに態度でけぇヤツだけど、こういう時は可愛いな。
「いや、そうじゃねぇんだが……何だろう。急に言いたくなった」
「クソクソ跡部も成長したってことだな」
「八束の件で少しは大人になったんやろ」
「うるせぇよ、岳人、忍足」
 でも、こんな軽口叩けるのも、今までの絆があってのことだろうな。――俺は何だかこいつらにも感謝したくなった。

次へ→

2016.9.25

BACK/HOME