俺様嫌われ中 4

「何だよ、これ……」
 桃城が呆気に取られている。そうだろう。俺もショックではあった。
「俺が知るかよ!」
 と、海堂がキレる。
「今、一瞬、青学にいるのかと思っちまったぜ。――ここ、氷帝だよな……?」
 俺だって青学にいるのだと信じたい。けれど、ここは間違いなく氷帝で――。
 何だよ……一番のホームグラウンドが最大のアウェイになっちまったぜ。泣きたいぐれぇだよ。こんなことで泣かないけど。
 それに、この間来た時より越前の目付きが悪くなったような気がする。
 越前はボールを握って言った。
「やろうよ」

 それからの試合展開は思い出したくもない。――6-0で俺様が負けた。
(あいつ――また越前に負けたぜ)
(無様な試合だったな)
(跡部、てんで弱ぇでやんの)
 そんな呟きが嘲笑と共に聞こえてくる。
「跡部さん……」
 何だよ。越前かよ。
「何だよ……」
「俺、今のが跡部さんの実力だと思いたくないっス。――何かあったんスか?」
 越前は地に這いつくばった俺に手を差し伸べた。紳士気取りか? あーん?
「あったとしても――てめぇに言うかよ」
「跡部さん……」
 何で試合で勝ったお前が俺より泣きそうな顔してんだよ。似合わねぇだろ、越前……。
「立ってください。今度は本気で相手してくださいね」
「こっちも終わったで。跡部」
「おー……どうだった?」
「いや……さすが青学の曲者同士やわ。でも、こっちが勝ったわぁ」
「おいおい、忍足さん! 青学の曲者同士なんて、マムシと一緒にしないでくださいよ!」
「フシュ~。桃城……それはこっちの台詞だ」
 桃城と海堂はまた喧嘩を始める。
「桃城と海堂な、今回は互いに足引っ張っとったけど、上手い具合に力を合わせればもっと強なるで」
「だとよ。帰ったら近所のストリートテニス場で練習だ!」
「桃城……もう遅いだろうが! 暗くなってるだろ!」
「あそこにはナイター設備があんだよ!」
「全国大会では上手い具合に息が合ったんやなぁ……偶然にも……いや、偶然ばかりではないんやろうが……」
 忍足が遠い目をしているように見えたのは俺様の気のせいか?
「俺、楽しかったぜ。久々に忍足とダブルス組めて」
「ここんとこ勉強ばっかやったもんな……日頃のストレス発散できて良かったわぁ。なぁ、がっくん」
 がっくんとは、向日岳人のことだ。忍足も我に返ったようだ。桃城が喚いている。
「おい、海堂! いくら忍足さんと向日さんとはいえ、しばらくテニスしてない相手に負けたら俺らなめられるだろうが! 聞いてんのか? おい!」
「ギャラリーは跡部さんへの野次で気付いていない……何があったんスか? 跡部さん」
「何もねぇよ」
 他にもまだ言いたそうな顔をしている海堂へ素っ気なく言い残し、そして――俺は部室に戻って行った。俺専用のスペースで溜息を吐いていると。
「跡部、ホンマ、何かあったんやないのか? 誰にも言う気ないんか? この俺にも?」
「忍足か……勝手に入ってくんなよ」
「樺地も心配してたで。でも、こう言うのは俺の方が得意やからな。跡部。答えによっては俺、友人辞めるで」
 跡部は、はぁ、と溜息を吐いた。
「お前も充分曲者だよ」
「答えになってへん」
「煙に巻こうとしても無駄か……」
「おん。どんだけ自分と付きおうとる思とんねん。お前が虐めにあっとるのは知ってたで。お前は俺ら巻き込みたくなかったようやけどな。ほんま、景ちゃんアホやんなぁ。アホで可愛くてお人好しで――大好きや」
「お前……」
「ま、お前のこと好きなヤツはぎょうさんおるで。これがチャンスとばかり気持ち伝えよ思とる俺のライバルもおるしなぁ……越前」
 越前が入って来た。
「すみません。何かあるなとは思ってましたけど……」
「他のメンバーも薄々気づいてるみたいやでぇ。今のところレギュラー陣と滝は味方や」
「滝が?! あいつは敵じゃねぇのか?!」
「滝やってわかっとるって。自分の力が及ばぬせいでレギュラー外されたことぐらいはな。もう俺らも中等部卒業や。笑ってこの校舎去ろうや」
「忍足……」
 でも、俺は、八束を許せていない……こんな気持ちのまま、中等部を卒業できるんだろうか。それに……俺様への虐めもこのままではなくならない。
「お前は――俺なんかほっといて笑って過ごせ」
「一人で耐え抜く気か」
「おう。俺様はキングと呼ばれた男だぜ」
 俺様は笑って見せた。精一杯のやせ我慢。
「そう言うと思うとったわ。ほな、俺らは俺らで八束のこともけじめつけようやないの。――八束正則ってヤツやろ? 仕掛けて来たの」
 ったく、いつの間に調べたんだか……。
「俺も……協力するっ……ス……」
「は? 何で越前が?」
 俺は目が点になってしまっていたに違いない。
「それは……跡部さんのことが……ス……」
「あー、酢の物がたべたくなったなぁ」
 忍足が越前の台詞を遮る。越前が忍足を軽く睨む。尤も、越前はいつも目付きが悪い。
「それにしても、八束のヤツ、こんな半端な時期にこんな面倒起こさなくたって良さそうなモンやのに。きっと高等部も一緒やな。嫌やなぁ……」
「俺様も嫌だ」
「だとしたら、八束の件、きっちりさせようやないか。大体八束って噂に聞くだけで実際どんなヤツかわからんのや。跡部は知っとるか? 同じクラスやったやろ?」
「初めは……結構印象良かったんだ」
 そう。第一印象は良かった。小ざっぱりとした格好。真っ白な歯。清潔そうな顔立ち。ちゃらちゃらしたところが微塵もない。
 そう言うのが好きな、真面目な優等生からは好感を持たれていた。
 俺も何だかんだで話していた。聞かれたことには、はきはきと素直に答える。先生方の受けも良い。高等部の生徒会にスカウトしてやろうか――そう思っていた矢先だった。
「跡部景吾。俺はお前のキングの座を奪う」
 最初は冗談かと思った。それに、稀にそう言うヤツに出くわす。普通は俺様の返り討ちにあってほうほうのていで逃げ出す。
 だから気にしなかった。あの頃は俺の味方も大勢いた。
 ――そこまで話して、俺はぐっと涙を飲み込んだ。
 だから、誰にも話さなかった。あの頃は俺も八束のことが好きだったからな。
 でも――あいつはルーマー・ポリティクスの天才だった。ヤツは噂を徐々に広め始めた。
「つまり、跡部さん嵌められたって訳か」
 越前が口を挟んだ。悔しいけど仕方がない。事実なんだから。
「まぁ、そうだ――気づいたらここの学生の大半が俺様の敵になっていた」
「そんだけ敵視されるなんて何だかすごいっスね」
「茶化すな、越前。――俺様は学校一の有名人だからな。優等生でテニスの天才でもあったし」
「アンタ全国大会で俺に負けたじゃん」
「それに今日もな――青学のヤツらこそいい面の皮だぜ。敵の敵は味方ってか」
「俺も青学なんスけど……それに、跡部さん一人じゃないじゃん」
「俺もいるしな」
「うーん、忍足さんだけじゃ心許ないよね」
「酷い! なぁ、景ちゃん、越前今さらりと酷いこと言うたやろ?」
「こいつはいつもそうだよ。でも、今回は越前の意見に賛成だぜ」
「酷いやんなぁ。二人とも。これだから王族コンビは……」
 忍足はぶちぶちと一人で愚痴る。けれど、俺様の友人を辞めるつもりはなさそうだった。

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2016.9.23

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