俺様嫌われ中 3

 音楽準備室に来た俺は信じられないことを言われた。
「跡部、上着とブラウスを脱げ」
「し、しかし……」
「いいから脱げ」
 榊先生の有無を言わさぬ口調に俺は嫌々ながらも従った。上着とブラウスを脱げということは、俺は上半身裸になるということだ。
 ヤツらの与太を信じる訳ではないが、榊先生はいい歳なのに独身だ。金持ちで美形とくれば女性にモテないはずはないのに……。何かあるんじゃないかと疑われるのも自然なことだ。
 榊先生は俺の体を仔細に検分する。
「これは酷い……話を聞いた時は半信半疑だったがな」
 ――どうやら榊先生は本当に俺のことを心配してくれたようで他意はないらしい。俺は幾分ほっとした。
「――テニスはできるか?」
「勿論です。部活の方はもう引退はしましたが」
 榊先生の問いに俺は勢いよく肯う。無理しないようにな、と榊先生は言った。
「服を着ていい。跡部。……それから、まだ何か私に隠し事をしているだろう」
「いいえ」
 ――嘘だった。
「まぁ、自分がいい教師だったとは思わん。だが、ボロボロになるまで頼られないのは少し寂しいぞ」
「俺は誰にも頼りません」
 これも嘘だ。ジローや宍戸に思わず頼ってしまった。そして――樺地にはいつも助けられている。
「跡部……済まない」
 榊先生が俺を抱き締めた。この先生が泣くところを俺は初めて見た。
「お前のことは――息子のように思っている。いや、おためごかしは良くないな。私はお前が――好きだ。だから、お前が傷つくのをこれ以上見たくない」
「榊先生……」
「しばらく学校は休むように。高等部に入ったら少しはマシになるだろう」
「いいえ! 榊先生!」
 高等部に八束が行かないとは限らない。それに……これは俺の問題だ。解決しなければ第二、第三の八束が現れるだろう。
「俺に……任せてください」
 沈黙が流れる。やがて榊先生は俺から離れてぽつりと言った。
「私の力が必要な時は言いなさい」
 榊先生が部屋を出て行った後、俺は泣いた。
 榊先生の想いはわかっていた。わかっていて、知らぬふりをしていた。彼は曲がりなりにも音楽教師。俺に手を出すことはないとわかっている。
 けれど――彼のことを恐れてもいた。心のどこかで。榊先生に頼ることはできねぇな……。先生の理性がどこまで持つか――。俺はあまり榊先生のことを信用していなかった。
 いや、少しは信じてもいる。だから、音楽の授業に出て行くことが出来たのだ。
 俺は狡い。榊先生を信じていないくせに、彼を利用しようとしている。
 いや、それこそ榊先生の望むところであるかもしれないが、その代価を贖う為にどんな条件を飲まされるのか俺でさえも知らない。
 俺様の体を所望されたりして――。満更冗談事ではない。小さい頃、そういうことが何度かあったからだ。そして今も――。
 樺地、越前――。
 俺は何故越前の名前を心の中で呼んだのか自分でもわからなかった。

 しばらくぶりだからテニスでも見学するか――。俺はぼーっと球の打ち合いを見ていた。
 冷静に考えればこんなもん何が楽しいのか。
 けれど、この球の打ち合いに俺達は命を賭けて来たのだ。技名を考えるのは楽しかった。ライバルはいつかテニスでねじ伏せようとしていた。
(俺様の美技に酔いな)
 俺様のこの一言で多くの部員や雌猫達が熱狂したものだった。もう遠い季節だ。――途中で忍足達と会った。俺の数少ない友人達。体をほぐしたいと言っていたから、ちょっと誰かと対戦でもさせてみようか。そう思っていた時だった。
「桃先輩ー。ほんとに大丈夫っスか?」
「だいじょぶだいじょぶ。今日氷帝に行くって言っておいたもん。なぁ、マムシ」
「フシュ~。海堂部長と呼べ……」
 ――越前!
 桃城武や海堂薫をスルーして、俺様の視線は真っ直ぐに越前リョーマに吸い寄せられた。越前も目敏く俺を見つけたらしい。
「あ、跡部さん」
「何?! 跡部だと?!」
「フシュ~」
「よく来てくださいましたね。お三方」
 青学の三馬鹿トリオと言った方がなんぼか近いんじゃねぇか? それよりも――
「どっから湧いて来たよ、日吉……」
 このマッシュルームカットをしている茶髪の男子生徒は日吉若。この俺の後継者。つまり、現氷帝テニス部長って訳だ。
「どうも、お待ちしておりました」
「いやいや。竜崎先生に話を通してもらって助かったぜ」
「話をしたのは俺だがな……」
 そんな桃城と海堂を無視して越前は素知らぬ方を眺めてながらこう呟く。
「来年、全国大会では――跡部さんと試合が出来ないんですね」
「高校でやるだろ。つか、俺様や越前の実力なら海外からお呼びがかかっても不思議はねぇと思わねぇのか」
「そうっスね」
 越前は特に心動かされた感じがしなかった。
「堀尾の調子はどうだ?」
 越前がこちらを向いた。――わかりやすい。
「心配いらない……みたいです。また、具合が悪くても口だけは達者なヤツですから」
「お前なぁ……一応命の恩人じゃねぇか」
「それは……わかってます。あいつには恩に着ます」
 越前が自分の非を認めた。ということは、相当堀尾に感謝してるってこったな。
「またあいつのところに遊びに行くからな」
「――はい」
 堀尾は退院してリハビリに励んでいるらしい。若いだけに治りも早いと聞く。樺地も猫を助ける為にトラックにはねられたが、もうとっくに退院している。
 ――そうか。俺様ももう、樺地を頼る訳には行かないんだな。樺地……あいつの事故の時の傷跡は今は殆ど目立たない。心配ない、このぐらい頑丈な体の持ち主はそういない――って先生にも言われてたしな。俺様もさりげなく様子は見てた。大丈夫そうだったが。樺地とは来年度で中等部と高等部に離れ離れになる。やっぱり、樺地を頼るのは止そう。
 以前の俺様だったら、樺地を使って八束を潰していただろうけれど。まだその名残りが俺様の心の中にはある。――情けねぇ。宍戸だったら『激ダサだぜ』と言うであろう。
「実は――俺はとある合宿に誘われている」
「跡部さんもですか? 俺もッス!」
 桃城と海堂は目を見交わしている。
「俺のところにも来ました」
 ――日吉だ。
「まぁ、それはともかく」
 日吉は重要事項になるかもしれんことをあっさり片づけた。
「青学との練習試合は週末ですね。土曜がいいか日曜がいいか……」
 日吉はうんうんと唸っている。スケジュール表を見ながら。
「よし、やっぱり日曜にしましょう。お三方、せっかく来たんだからうちの部員と試合形式の練習やって行きませんか?」
「当然! それが楽しみで来たんだかんな」
 桃城は無駄に張り切っている。
「竜崎先生にも言っておきましたからね」
 日吉がにやっと笑った。何企んでやがんだ、日吉。
「チビ助。今度はお前に勝って下剋上を果たしてやる!」
 なるほど。それが目的か。
「やだ。俺、跡部さんとやりたい」
「え……?」
 今度は俺が驚いた。確かに俺もリベンジは果たしたいところだが――。もう引退した身なのにな。それに、痣に衣服が擦れて痛い。
 でも、ここで逃げては男ではない!
 俺は久々に腕を高々と上げてパチィンと指を鳴らした。
「越前リョーマ。その挑戦、受けてやる!」
 噂が噂を呼んで――学校中から俺様のファンだった生徒が集まって来た。だが、聞こえてくるのは――
「青学! ファイオー!」
 青学コールだった。俺様は愕然とした。
「勝つのは越前! 負けるの跡部!」という声も聞こえている。桃城達は狐につままれたような表情をしていた。――勿論、俺様を応援する声も飛んではいたのだが。

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2016.9.21

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