俺様嫌われ中 25

「立てるか?」
 俺様は八束に手を差し伸べた。八束はその手を振り払った。――まぁ、そうだろうな。俺が八束でも、同じ行動を取るはず。
 ――何で俺はこんなに八束に詳しいのだろう。
「人の好意はちゃんと受け取っとくもんだぜ。よいしょ」
 俺様は俯いている八束の体を脇から支えて立たせた。
「どけどけ、保健室、行くぜ」
「跡部……」
 皆がぼけっとしている間に、俺は教室を出て行った。

「何故俺を助ける」
 ――八束が言った。まぁ、当然の疑問だよな。
「俺様はキングだからだ。一人の民草もおざなりにしない。それがほんとのキングっつうもんだろ」
「わからねぇな」
「わからなくて結構。俺様のことは俺様がわかっている。だから、それでいい」
 そして、俺達はしばし無言になった。
「跡部。アンタというヤツがわからねぇ。今まで夜郎自大の裸の王様だとばかり思ってたのに――」
 八束が言った。リョーマも俺様のこと、サル山の大将と言ってたしな。
 忍足も駆けて来た。
「跡部……」
「忍足、また新たに怪我とかしなかったか? 暴動とか起きなかったか?」
「ああ。ケンカなら俺の方が強いで。これでも昔は道頓堀界隈では少しばかり名を馳せてたんやで。まぁ、遠山程ではあらへんけどな」
「ふふ……」
 俺様はつい笑みを洩らしてしまった。
「八束もボンボンの癖に無理をするから――」
「俺なんて……どうでもいいだろうに、アンタら――」
「どうでもいい訳ねぇだろ!」
 俺様は腹の底から声を出した。
「俺の国で――泣いているヤツは許さねぇ……。悲しくて泣いているヤツは一人として許せねぇんだよ。皆が笑顔になってくれる。そんな学校にしてぇんだよ。この氷帝をな」
「――俺は多分氷帝を辞めるぞ」
 ぽつり、と八束がこぼした。
「違うね。俺はお前を氷帝から卒業させる。もしお前が望むなら高等部へも行かせてやる。ただし、虐めは許さねぇけどな」
 俺様は言った。
「とんだお人好しの王様だな」
 八束の呆れ声。
「やろ? さっき俺の言った通りやろ。けれど、困ったヤツは見捨てておけない。それが跡部景吾と言う男なんや」
 忍足が自慢げに言う。何だこいつ。何でこんなに得意げなんだ?
「――だな。跡部を潰すのは思ったより難しいらしいな」
「俺は潰されねぇよ。何度だって立ち上がる」
「ふ……越前がアンタにこだわってたのがわかる気がするな」
「八束もこだわってたやん」
「黙っとけ、忍足。黙ってたらお前は氷帝では俺様の次にいい男なんだから」
「かなんなぁ」
 俺様の冗談に忍足が頭を掻く。
「親父とは――違うな」
「八束の親父?」
「偉そうにしてるのは一緒だけど――根本的に何かが違う」
「あー、それな。俺も思ったわ」
 忍足が口を挟む。
「敵に塩を送るのはこいつの癖みたいなもんや」
「敵ね……」
 そんなもんどこにもいねーよ。八束だって、さっきよりちょっと心を開いてくれたらしい。それが、俺様にはわかった。
「これからどうする? 八束。勿論、跡部の家はお前らを擁護することは表立ってはできないが」
「――俺は親父の敵に回る」
「ほう……」
「ルーマー・ポリティクスのやり方は親父に習った。今度はそんな親父に恩返しをする」
「恩返しと言うより復讐やな」
 ――俺も忍足の言う通りだと思う。
「おめーらの親子喧嘩に首突っ込む気はねぇけどよ……今回の件は些か親子喧嘩と言うには規模がでけぇな。――後で透叔父にも連絡する」
「頼む……。俺の親戚にも、俺のことを可愛がってくれる人がいるんだ。その人は親父と数年前に決裂してる」
「ちょうどいいじゃねぇか。なぁ」
「せやな」
 けれど、どうして八束が俺をキングの座から引き下ろしたがっていたのかは結局謎のままか。
 俺様には関係ねぇし、多分八束も鬱憤晴らしたかっただけだろうからそんなに気にはしてないが。
 俺だったら、法を犯してまで自分の勢力を広げようとする親父は好きにはなれねぇもんな。口では何と言おうとも。だから、ルーマー・ポリティクスなんてでぇきれぇだ!
 保健室に着いた。
「おや、跡部君」
「よろしくお願いします。先生。――今日は寝てないんですね」
「わしをいつも寝ているようなごく潰しみたいに言うな。そっちの方は八束君だね。忍足君も一緒か」
「ええ――」
「跡部君。どうやら虐められてたみたいだけど、八束君とは仲直りしたのかね?」
「仲直り? してねぇよ。傷つけられていたから助けただけだ」
「――アンタに助けられた覚えはない」
「ふ……いつものお前に戻ったな。八束。それぐらいの元気があるんだったら大丈夫だ。ベッドに寝てろ」
「――わかった」
「八束君、こっちへ。幸い誰もいないから、ベッドで休んでいなさい」
「ありがとうございます」
「――忍足君、君もその顔はちと酷い。いい男が台無しだぞ」
「ええ男は顔じゃあらへん」
「じゃ、お前の言ういい男に俺は入ってねぇな」
「遠回しに自慢するな。跡部のアホ」
「何だと? もっと顔腫らしてやろうか?」
「罪のない冗談や。堪忍したってや」
 わははは、と保健室に笑い声が響く。八束も笑ったような気がする。でも、少し泣いたらしく、肩口に微かにじんわり濡れた感触があった。
 これから――八束には地獄が待っているだろう。できることなら俺様も八束に協力したい。今までのことは水に流して。
 でもきっと、跡部の家はそれを許さない。透叔父も困ることになるだろうな。俺と親父との間で。
 ミカエルは――俺の味方になってくれるだろうか……。
 できれば皆仲良く大団円が一番なんだがな。現実って、そうそう甘くできてるだろうか。――できていると思いたい。
 勝負は――テニスの世界だけでいい。
 俺様は八束をベッドに横たえた。
「なぁ、八束。怪我、大丈夫か?」
「何とか……」
「いろんなことが納まったらさ――テニスしようぜ」
「ん……?」
 何バカなことを言ってるんだ、と言いたげに八束はうろんげにこちらを見る。俺だって負けない。
「俺は――テニスは嫌いだ」
 八束が吐き捨てるように呟いた。
「それは本当のテニスに出会ってねぇからだよ。本当のテニスっつーもんに出会ってしまったら……試合だけじゃ物足りなくて、空き時間ずっと壁打ちやってるようになるんだぜ」
 その時、俺は越前リョーマの姿を思い浮かべた。テニスの魅力に憑りつかれてしまった男どもが青学にはゴロゴロいる。
「考えとく――」
 そう言って八束はごろんと寝返りを打った。

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2016.11.30

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