俺様嫌われ中 26

「八束、ラケット振ってみろ」
 八束が俺様とリョーマの前でラケットを振る。
「嫌いと言ってた割にはいいフォームじゃねぇの。あーん?」
「別に……嫌いなだけで苦手と言う訳じゃないから……」
「何で嫌いになったんだ? 何か理由があんだろ」
「幼い頃――」
 八束が喋り出した。
「父が――テニスの相手をしてくれて。でも、その思い出は封印したな」
「ふぅん。お前の父親も可哀想にな」
「可哀想なのは俺だぜ! 恥かかせやがって! ――まぁ、跡部にはわからないだろうけどな」
「いいけどさぁ、跡部さん。どうして八束さんがいるの? 俺、跡部さんに呼ばれたから来たのに」
 リョーマが不満げに文句を言う。
「跡部さんと二人きりだったら良かったのに――」
「おい、おい。リョーマ――八束。こいつが今日のお前のコーチだ」
「なっ……こんなガキが……?」
「だって、俺様のことを全国大会と練習試合、二度も負かしたヤツだもんな。リョーマは」
「まぁね。それに、正確に言うと三度だよ」
 ふふん、とリョーマは鼻で嗤う。
「相手に不足はねぇだろ? 八束もよぉ」
「うう……」
 俺様が凄むと八束も反論できないようだった。――何だ。こんなヤツにビビッてたのか。俺様は。ほんの少し拍子抜けしたがほっとしてもいた。
「そう言うことなら仕方ないね。ちゃんと見といてよ」
 リョーマはボールとラケットを構えた。

 八束正則の親父、八束忠則の弁護士は何と透叔父が引き受けた。
 透叔父のおかげで、八束忠則は想定より遥かに軽い刑になった。これで八束忠則もそれなりに真っ当になってくれるといいけど――閑話休題。
 八束のテニスはそこそこ上達した。俺様には敵わないけどな。
 そして――。

「跡部」
「よぉ、忍足」
「中等部も卒業やんな。早いもんやな」
「まぁな」
「しかしなぁ――あの八束が見事更生するなんて思わんかったで」
「俺様の指導が良かったんだよ。おーい、八束ー!」
「何だよ、跡部」
「写真撮ろうぜ写真」
「俺は写真が嫌いだ」
「嫌いなモンばっかだな。おめー」
「うるさい」
「でもまぁ、笑顔で卒業式に出ることが出来て良かったじゃねぇか」
「……そうだな。アンタに会えなくなるのが少し寂しいけど」
 八束と俺様は何だかんだ言って同期の桜になっていた。思えばおかしな話だ。けど――まぁ、これも縁てヤツだろうな。腐れ縁とも言えるかもしれんが。
 八束は氷帝とは別の学校へ行く。俺様のこととは関係ない。八束を養子にした親戚が引っ越すことになったのだ。
「また、会おうな。八束」
「ああ」
「テニスもしような」
「テニスはアンタの方が向いてるよ。俺には――どうもテニスの魅力はわからん。楽しいことは楽しいけど」
「まぁいいさ。それぞれ好きなこと見つけて、好きに生きようぜ」
「アンタって自由だな」
 八束がふっと笑った。
「――そうか?」
「だから、越前も惹かれたんだな」
 リョーマが? まぁ、悪い印象を持たれていないのはわかるけど。
「式も終わったし、そろそろどこかへ繰り出しに行かへんか?」
「賛成!」
 俺様は手を挙げた。
「その前に写真撮ろうぜ」
「だから、写真は嫌いだと……」
 八束がまた言う。
「お前、嫌いなモンばっかだから暗くなるんだぜ。少しは俺様を見習いな。人生をめいっぱい楽しんでるだろ?」
「跡部は明るいと言うより煩いで」
「悪かったな忍足」
 でもやっぱり思い出づくりだから写真を撮ることになって――その中で俺様は太陽のような笑顔を見せていた。八束の表情が暗かったけど、これはこれで記念になるだろう。
「あっとべ~」
 ジローが駆けつけて抱き着く。
「ぷわっ。何だよ、ジロー」
「卒業おめでとー」
「おめーは高等部でも一緒だろ?」
 ――樺地がうっそりと現れた。
「跡部さん……」
 そう言えば、樺地とは校舎が離れ離れになるんだ。永の別れじゃねぇけど、少し、寂しい。
「――ご卒業、おめでとうございます」
「おう、ありがと。来年はおめーもここを卒業だからな」
「はい」
 桜がひらひら舞い散る中、俺達は校舎を後にした。

「どこ行く?」
「ファーストフード店に行ったことねぇな。そう言えば」
 俺様が言うと、
「何やて?!」
 忍足が大袈裟な声を上げる。
「ファーストフード店に行ったことない人間がおるとは――!」
 何だよ。そんな一大事か? 仕方ねぇだろ。我が家のシェフを失業させる気か。あ、でも――。
「リョーマとだったら行ったことあるぜ」
「へぇ、越前と」
「何や、びっくりさせんなや」
「後、駄菓子屋寄って――」
「駄菓子屋か。久しぶりやんなぁ。あそこ、大阪の下町に似てて、めっちゃ好きやねん」
「……俺も、行っていいのか?」
「何を言う。八束。いいに決まってんだろ。な、皆」
「そうだよ~。人数は多い方が楽しいC~」
 ジローが言う。
「俺は……付き添いだな」
 と岳人。
「誰の」
「侑士の」
 知っての通り、氷帝に通っている忍足は侑士と言う名前だ。謙也と言う従兄弟がいるが全然似てない。
 俺達はわっと笑い出した。他愛もないことで笑える喜び。
 後で俺様は榊先生にも礼を言いに顔を出そうと思った。

後書き
跡部様嫌われもついに終わりました。
八束も改心しましたし。というか、私の書く小説には根っからの悪人はほとんどいません。
というか、いつの間にか改心したなぁ、八束……。本当は彼は素直な人だったのかもしれません。
跡部様のおかげかしら(笑)。跡部様、俺様だけど実はいいヤツ、だもんね。
多くの人が跡部様に惹かれるのわかる気がします。うちのリョーマはちょっと気が気でない?
読んでくださった皆様、ありがとうございました!
2016.12.4

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