俺様嫌われ中 24

「この……!」
 反撃に転じようとしたところ、誰かが八束に足払いを食らわした。
 樺地? いや、違う。あの体格は――。
 丸眼鏡――いや、忍足が逆光をバックに背負っていた。
「――自分、何しとんねん」
 そう言って八束の胸ぐらを掴む。
「それ以上跡部に手を出したら――潰すで」
 低い、脅しをかけるような声。こんな忍足の声は聴いたことがなかった。まるで大阪のヤーサンだ。関西弁なだけ余計にそう聞こえる。
「忍足……」
「大丈夫か? 跡部」
「何とか……」
 俺は忍足に礼を言いたい気持ちだった。こんなカメレオンにやられる俺様ではないが。
「さっさと逃げや」
「――わかった」
 八束のことは忍足に任せた方がいいだろう。俺はその場を後にしようとした。ちらっと後ろを振り向くと、忍足と八束が取っ組み合いの喧嘩をしているのが見えた。
「先生、喧嘩です!」
 一人の女生徒が教師を呼んだらしい。その後のことは俺にはわからない。

 取り敢えず逃げることが出来た。後で忍足には礼を言わなければな。
 あのままだとどうなっていたかわからない。――学校ではそうみだらなこともできねぇだろうが。
 ったく。人のこと男娼扱いしやがって。
「あーとべ。教室行こ」
 ジローだ。
「おめーは別のクラスだろ?」
「うん。でも、跡部と一緒に行きたくて」
「俺様は大丈夫だよ」
「跡部、俺と一緒じゃイヤ?」
「そう言う訳じゃなくてだな――ま、いいや。途中まで行こうぜ」
 忍足……あの後どうなったかな。後で訊いてみるか。
「んじゃ」
 俺は自分のクラスに戻った。
 クラスの雰囲気が違う。何故か――厳粛と言ったらいいのか……。
「あ、跡部様」
「あーん?」
 この俺に昔通りの呼び名を使う子。確か英子とか言ったな……。そして――男子生徒の一人、沢木が俺に告げた。
「跡部。八束の親父……パクられたぞ」
「何?!」
 警察に捕まったということか。しかし、なんつータイミング。まぁ、俺様は助かったけどな。
「跡部、いるか?」
 榊先生が俺を呼ばわる。
「榊先生!」
「跡部が――透が何かしたらしい」
「八束の親父を捕まえたんですか?」
「いや、透は警察じゃないからな――でも跡部。もう大丈夫だ。後は透が何とかしてくれる」
「透叔父さん……」
 何だかほわっとしたものを感じた。透叔父は頼りになる。榊先生もだ。
「俺は――何もしてやれなかったな……」
「いいんです。先生には先生の事情がおありでしょう」
「心ここにあらずという時にお前は敬語を喋るな。透と同じだな」
 もしかしたら、榊先生は透叔父のことを好きだったんだろうか。単なる友達ではなく。で、あったなら、俺のことを好きである理由も納得がいく。
「俺は――何をしたら……」
「何もするな」
 それは酷い答えだな。だが、おかしくてくすっと笑ってしまった。
「八束グループはおしまいだ。武器弾薬だけでなく、麻薬も海外に横流ししていたらしい」
「それも透叔父が暴いた、と」
「正確には透の友人が、だ。透が昨日からぶっ続けで交渉して、ようやく重い腰を上げたらしい。突然の家宅捜査だったんで八束も驚いたそうだ」
「正則はどうなりますか?」
「氷帝にはいられないかもしれんな」
「――わかりました」
 俺様の敵はいなくなった。だが――。
「納得いかーん!」
 俺様の声に皆が驚いてこっちを見る。
「あ……あとべ……」
 田中がこっちに来て言った。
「……今まで、ごめんな」
「ごめん」
「ごめんなさい」
『ごめんなさい』大会はどうでもいい。俺は教室を出て八束を探した。――ヤツはいない。一体どこ行きやがった。
「あ、跡部」
 忍足にでくわした。よく見ると顔が少し腫れている。
「どうしたんや。跡部」
「八束はどこだ!」
「――知らんわい」
 あ、こいつ、拗ねてやがる。ったく仕様がねぇ。
「俺様はお前に感謝している」
「は?」
「八束のことは、はっきり言って犬にでも噛まれたようなことだ。でも――嫌だった。助けてくれて……ありがとう」
「跡部……」
 伊達眼鏡越しに忍足が泣くのがはっきり見えた。
「何故泣く」
「いや――跡部から本気のありがとうなんて――今まで何回かしかなかったから……もしかしたら、初めてかもしれん。おおきに」
 そう言って忍足は眼鏡をずらして目元を拭った。この野郎……俺がそんな高飛車に見えたか? ――見えるかもな。以前はそう言う強気なキャラを作っていたが、いつの間にかこっちが素になってしまった。
「忍足、てめーも来い」
「何やねん。ちょっと、引っ張るな――」
 俺が八束だったら――案外もう教室に戻ってるかもな。俺様も戻ろう。
 ――と、そこで、大きな騒ぎがあった。3年A組――つまり、俺様のクラスだ。
 3年A組出席番号1番――俺様にぴったりの番号だろう? 俺様は何でも一番じゃなきゃ気が済まねぇんだ。この間のテストも一番だったぜぇ。
 ――と、自慢している場合ではなかった。
 教室の中では、八束が数人のクラスメートに暴力を振るわれていた。残りのヤツらは傍観している。
「――八束!」
「あー。こりゃ酷いねんなぁ」
 忍足がのんびりとそう言う。それどころじゃねぇだろうが。
「やめろやめろ! 何が起こったか知んねぇがやめろ!」
 俺様は八束を庇った。途端にクラスメートの暴力がぴたりと止んだ。
「跡部……」
「でも、この人は跡部様を……散々悪く言ったんだぜ」
 八束お得意のルーマー・ポリティクスにも穴はあるのだ。最近ではこいつもなりふり構わなくなってきたし。
「俺様の次は八束か! てめーら八束をやっつけている時間があるんだったら俺様が先生に掛け合って課題を三倍にしてやろうか?! あーん?!」
 ――俺様の言葉に皆、黙ってしまった。いや、忍足だけが、「呆れたお人良しやんなぁ」と呆れた声を出していた。
 勿論、課題が増える時は俺様も連帯責任を取らされるだろうが、学校での課題が三倍になろうが五倍になろうが、俺様は全く痛痒を感じない。どうせ予習復習に使ってた時間をあてれば済むことの話だしな。

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2016.11.26

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