俺様嫌われ中 23

 俺はミカエルとの通信を終えた後、とあるところへ電話をした。
「――ラファエルか」
「景吾坊ちゃま!」
「今、どこにいる?」
「学園の中です」
 ラファエルはミカエルの息子の名前だ。
「頼みがある。聞いて欲しい」
「どうぞ、何なりと。私どももこれでやっと表立って動くことができるということですね。今までは坊ちゃまを半殺しにしたヤツらを半殺しにし返すことぐらいにしかできませんでしたから」
 あいつら……やけにボロボロになっていると思っていたが――。
「あれはお前達がやったのか」
「左様で」
「まぁいい。――俺のことはいいから、青学の手塚国光と越前リョーマを護って欲しい」
「青学と言えば青春学園の――」
「そうだ」
「しかし、越前様はともかく、手塚様はどうして――」
「俺が八束だったら、次は手塚を狙う。杞憂だといいがな」
「坊ちゃまの考え過ぎでしょう。それに、手塚様がやられたところで、坊ちゃまにとってのライバルが一人減るだけで――」
「ラファエル」
 俺様は厳しい声を出してやった。
「それ以上言ったら怒るぞ。ヤツは最高のライバルだ」
「――わかりました」
「後、それとなく護衛して欲しいのは俺と友達付き合いをしているテニス部レギュラーと元レギュラー陣――忍足、向日、宍戸、鳳、日吉、ジロー、それから滝――」
「待ってください。樺地様は」
「あーん? あいつだったら自分で自分の身を護るだろ」
「羨ましいですね」
「何が」
「そんな風に、誰かを信頼できるところが」
「そうだな。大立ち回りなら、あいつは誰にも負けない」
「――悔しいけれど、その通りです」
「まぁ、そうは言っても樺地もまだ中学生だ。汚い駆け引きには慣れていないだろう。――見守ってくれ」
「坊ちゃまがそう言う前に、私どもは既に彼らを見張っています」
 そうか――だから俺様の仲間、未だに無傷なんだな。
「ありがとう。お前達のおかげで、仲間達は無事だったんだな……」
 何か……涙が出て来たぜ。ありがたくてありがたくて……。
「坊ちゃま、それが私達の仕事ですので」
「それから、護ってもらいたいヤツらが俺にはたくさんいる。――リストを送るから待ってろ」
 俺は電話を切って、カタカタカタとキーボードを打つ。日吉のヤツ、パソコンまで、俺様がいた頃のままにしてくれたんだな。
「よしっ!」
 俺はメールを送信した。
 跡部の名前は伊達じゃない。このネットワークが皆を護ってくれるだろう。俺様の部下は全国各地にいる。
 じゃあ何故俺様は今まで八束にやられるままにしておいたか――。
 あいつを罠に嵌めようと思ってな。ただ、あの日やられたのは誤算だった。ジローに慰められたあの日だ。俺様の部下達もその点では忸怩たる思いを抱いたろう。
 だが、それももう終わりだ。
 八束――反撃に出るぞ。もしこのままならな。
 だが、あいつにチャンスをやらないでもない。このままだと俺様の独り勝ちだからな。
 本当はもっと様子を見たかったんだが――。
 ところで、暴力を振るわれるのは案外痛い。――精神的にも。それが顔見知りだったり仲良かったりしたヤツらだと尚更だな。
 ――リョーマや堀尾はよく耐えたな。感心するぜ。

「――八束」
「俺を呼んだのはお前か――跡部」
「何当たり前のこと抜かしてやがる。その通り、俺様の名前で呼んだじゃねぇか」
「俺に何の用だ。俺にはお前に用はないぞ」
「よく言う。ルーマー・ポリティクスは案外疲れるもんだろ」
「俺の趣味にケチをつけるな」
「そう言うのを悪趣味と言うんだ」
「お前の弱味は握った。越前リョーマと手塚国光。テニス部の元レギュラー陣みたいに堂々と味方表明されると手を出しにくいところはあるが、この二人についてはまだどこも注目していない」
 跡部の家に敵が多いのはわかっている。八束みてぇに手段を問わないのは少ねぇがな。
 ――小さい頃のことが頭に浮かんだ。

『助けて、助けて、パパ、ママ――』
『うるせぇ!』

 ちっ、嫌なことを思い出しちまったぜ。その時には父が助けてくれた。透叔父もだ。
「どうしたんだい? 跡部」
「ちょっとな――」
「さながら幼少期のことを思い出していた――違うか?」
 観察眼の鋭いヤツだ。
「ウィ」
 俺は正直に答えてやった。
「んなこたどうでもいい。八束忠則。あいつの正体がわかったぞ」
「親父か――」
 八束は一瞬前を顰めた。が、また余裕たっぷりの憎々しい顔立ちに戻った。
「親父のことは知っている。目的の為には手段を選ばないところは尊敬している」
 ――ああ、ダメだ。こいつら、似た者親子だ。
「親父と透叔父がお前の親父の副業を探り当てた」
「へぇ……」
 八束がピィーと口笛を吹いた。
「やるじゃん」
「跡部家だってぼんくらばかり揃っている訳ではない」
「そうだな。お前が一番ぼんくらだろうからな」
 八束の挑発に俺は負けない。このぐらいの挑発はリョーマレベルのものだ。いや、リョーマの方が頭がいい。
 尤も、リョーマも最近はとち狂っているがな――。
「だけどな、跡部」
 スッと八束が近づいて俺の顎に手をかけた。何を考えてやがる。そんなことでお前を怖がるとでも思ったのか? あーん?
「お前の美しさは買っているんだぜ。これでも」
 何だ。こいつ。ゲイか?
「てめぇ……そんな趣味があったのかよ」
 こいつを相手にするくらいなら、リョーマを相手にした方がまだマシだ。
「この金色の髪、匂い……まさしく俺が夢見た物だ」
 八束は俺様の髪の束を鼻に近付ける。
「これはかつらじゃないんだろ? 自前の髪だろ?」
 ああ。断髪式ね。またやなこと思い出させやがって。
「――まぁな。つか、離せよ。変態」
「俺に協力して欲しいんだろ? 報酬次第では力を貸してやってもいいぜ」
 耳に八束の吐息。うう、吐き気がする。早く逃げたい。
「なぁ、跡部。俺が何故お前のことをよく知ってるかわかるか?」
「大方、部下にでも調べさせたんだろ?」
「それもある。だが――お前のことは誰よりも俺がよく知っている。八方手を尽くして調べ上げたからな」
 何だこいつ――ストーカーか? 四天宝寺の金色小春じゃあるめぇし。――俺の唇に八束の唇が重なった。小春のはただの霍乱だが――こいつはマジだ。

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2016.11.24

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