俺様嫌われ中 22

 確かに俺様は眠れなかった。
 八束ってクリーンなイメージが売りだろ? そのうち政界にも売って出るかもしれないって話題の。あいつらは跡部グループに逆らうつもりだろうからな。
 八束忠則が『死の商人』と知れたら、支持率がた落ちだろうな……。
 ――俺様は枕元のスマホを取った。間接照明が暖かい。灯りをもっと明るくする。
「やっぱりだな」
 俺は呟く。裏サイトに今日の試合のことが書いてある。リョーマと俺の試合も八百長だと言うのだ。
 まぁ、いいけどよ。予想通りだ。――リョーマに手加減されたのは事実だしな。でも、リョーマは本当は俺に手心を加えるべきではなかったんだ。
 裏サイト見て喜んでいるヤツらには俺様はもう怒る気にもならねぇ。世の中には週刊誌みてぇな記事読んで溜飲下げるような輩もいる。もう俺様はそんなことではびくともしねぇ。そういう手合いはどこにでもいる。それで終いだ。
 この間は八百長の噂で本気で怒ったがな。手塚との真剣勝負を汚されたようで。――そのことについてはまだあいつらを許しちゃいねぇんだが。
 なんて、俺様もまだまだだな――。
 リョーマがよく、「まだまだだね」と言った気持ちがわかるような気がする。
 しかし、バックグラウンドを知った今、八束には憐れみしか湧いてこねぇ。
 ――可哀想なヤツらだ。
 取り敢えず、八束に話を聞いてこよう。俺様は眠れないが体を休める為に身を横たえた。

 翌日、八束はなかなか学校に来なかった。
 どうしたんだ? あいつ。――嫌がらせのないのがかえって不気味だった。八束の子分は八束の言うことを聞いていただけで、俺様を本気でどうこうしようとは思っていないらしい。
「跡部、ちょっと――」
 榊先生だ。何だって言うんだろう。
 榊先生が深刻な顔で数学の先生と話してやがる。怪我、とか、喧嘩、とかの単語が聞こえてくる。
「来い、跡部!」
 榊先生が俺様を教室から連れ出す。――何かあったな。
 連れて来られたところはテニス部の部室だった。
「いいな、跡部。――落ち着けよ」
「何ですか」
「――入れ」
 榊先生が俺を招き入れる。その中には樺地と、傷の痛さに呻いているリョーマが!
「リョーマ!」
 俺様はリョーマに駆け寄る。
「すみません。跡部さん――越前さんを……庇いきれませんでした……」
「いいよ、樺地さん……」
 リョーマはまだ怪我の後遺症があるかもしれねぇじゃねぇか――何でこいつばかりこんな目に遭わなければならないんだ!
「黒服の男に――襲われました。俺は無傷ですが、越前さんが……」
「おい、リョーマ、大丈夫か」
「うっ……」
 リョーマはまた呻いた。俺の中の何かが弾けた。
「樺地……」
「ウス」
「俺様の推理が正しければ、犯人は八束。それとも八束に関わる誰かだ」
 え? どうしてわかるかって?
 この話にはそんなことをしそうなヤツが他にいねぇだろ!
 ――あ、ずっこけたな。今、この文を見たお前、ずっこけたな。インサイトでわかるんだぞ。俺様は。
「跡部さん……俺、跡部さんに関わるなと言われました……嫌だと言ったら殴られました」
 ふぅむ……。
「リョーマ。お前、俺様に二度と会うな」
「え――嫌です!」
「ダメなんだよ。俺様に関わっちゃ」
「嫌です。俺、跡部さんの言うことは聞かないって自分に誓ったんです。またテニスしましょうよ、跡部さん!」
「わかんねぇヤツだな。ずっと言いたかったことだがな――俺は本当はお前が嫌いだったんだよ!」
 俺様は嘘を吐いた。
 そうでもしねぇとこいつは離れねぇだろうから。無論、俺だってリョーマを離したくない。
「『俺様の愛した男』ってのは嘘だったんですか?」
「あーん? そんなこともあったか……でも、もう興味を失った。今のお前は――用済みだ」
「――わかりました」
 リョーマの暗い声。
「俺、青学に戻ります……」
 リョーマが力なく立ち上がった。俺様はいつも通りパチンと指を鳴らした。
「樺地、ついてってやれ」
「――ウス」
 八束め……リョーマにまで手を伸ばしやがって……。
 けれど、今のうちなら、まだリョーマは助かる。俺から離れれば、リョーマが狙われることはない。
「……バイバイ」
 リョーマの声が小さく響いて消えた。
 リョーマと樺地が去った後、俺様は肩を震わせて泣いた。
「跡部――大人になったな」
 榊先生が俺の肩に手を置いてくれた。
「三木には私から言おう。お前は少しここで休んでいろ」
「ああ……そうする」
 このソファも懐かしいな。日吉のヤツ、このまんまにしといてくれたのか。
 俺様は傷心を抱いてそこに座った。そのまましばらく、涙が流れるままにしておいた。とりとめのないことを考えながら――。
 リョーマが嫌いになったなんて嘘だ。俺はあいつの生き方に、テニスに、魅せられていた。
 後二年もしたら、俺よかもっといい男になると思っていた。
 だからこそ、リョーマを突き放さなければいけない。
 俺様は、本当はリョーマを守りたかったのだから――。
 樺地のヤツが羨ましいぜ。くそっ。あんだけでかくて強けりゃ、リョーマを守ってやれるのによぉ……。
「くっ……くそぉっ……!」
 俺様は初めて自分の無力さを自覚した。
 八束のヤツ、やっぱり許せねぇ! ――でも、八束がやったという証拠がねぇ。
 そうだ! 透叔父さん!
 俺様は透叔父さんに電話をかけた。――出ない。
 仕方ねぇな……ミカエルに連絡しよう。あの男は執事長であると同時に俺の護衛も果たしているのだ。尤も、もう前線には滅多に出てこないが。代わりに彼の息子が跡を継いでいる。
 ミカエルはすぐに電話に出た。
「ミカエル……」
「坊ちゃま。話は聞きましたよ。――さっき越前様から連絡がありました」
「リョーマが?! 何だって?!」
 お前、バイバイって言ったんじゃなかったのかよ! それともあれは本当にただの挨拶だったってことか?!
「多分、八束の手の者にやられたと。それから、坊ちゃまのことは諦めない、と」
 ――全く。俺の周りには分からず屋が多いぜ。俺の言うことなんかてんで聞かないくせに、いざという時には味方になってくれる頼もしいヤツらがな。
「けれど妙ですねぇ……犯人がもし八束だとすると、何で越前様を狙ったんでしょう。景吾坊ちゃまがまだ無事なのは有り難いのですが」
 おおかた、外堀からやっつけていく作戦なのだろう。俺自体、よく策を練ることがあるので八束の気持ちはわかる。
 そして――多分、俺様の青学でのウィークポイントを見つけたんだ。
 リョーマに――手塚。次に狙われるのは手塚かもしれない。
「おい、ミカエル! 手塚に護衛をつけろ! 手塚を護れ! どんな手段を使っても構わない!」
「――わかりました。景吾坊ちゃま」
「後――リョーマの動向も見張ってろ。あの我儘王子様のことだ。無茶してまた怪我されちゃ堪らねぇ」
「そうですね。坊ちゃま――」
 ミカエルの声はどこか弾んでいた。
「ミカエル――何か嬉しそうだな。何故だ。言ってみろ」
「いえね……坊ちゃまには沢山の友達がいることが嬉しくて、私はつい感激したのでございます。それに、坊ちゃまもとてもお友達思いで」
 友達と言うより腐れ縁みたいなものだがな……。

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2016.11.22

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