俺様嫌われ中 20

 楽しい! 楽しい! 楽しい――!
「おらよっ」
 俺様は越前のスマッシュを返した。
「やっといつものアンタに戻ったじゃん! 跡部さん!」
「いつものじゃねぇよ。いつも以上だ!」
 そして俺様は――リョーマに勝った。
「やるじゃん、アンタ」
「――今回は手加減したんじゃねぇのか、リョーマ。あーん?」
「そうだね。ちょっと手加減したね」
 やっぱりな――怪我人相手には本気を出す気にはなれない――か。だが、不思議と怒る気はしねぇ。これはリョーマなりの気遣いだったのだ。勝負に関してはいつも冷酷な程に非情な越前リョーマが。
「お前とのテニス、楽しかったぜ」
「俺もっス。跡部さん」
「お前は例え本気でなくても――か」
「こんなところで跡部さんを潰したら、将来の楽しみがなくなりますからね。今回は華を持たせたっス」
「よく言うよ。チビめ」
 でも、何だか嬉しかった。いつもだったら腹が立つところだったけど。
 今の俺様では、本気のリョーマに敵わねぇ。自分でもそれはわかっている。――勝負はお預けと言ったところか。
 その時、俺は気付いていなかった。八束が俺様の試合を見に来ていたことに。
 ――閑話休題。
「リョーマ!」
 俺は帰ろうとするリョーマを呼び止めた。確かこいつも少し前まで怪我人だったはずだし。
「お前、怪我、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。殆ど治りかけてる。それよりも自分の心配したら」
「お、おう……」
 そうだよな。俺様は毎日八束とかその子分にやられてたもんな。今はジロー達や榊先生が味方になってくれてるけど。そして、妙な話だが、暴力も少し治まっている感じがする。
「――跡部さん、心配してくれてありがとう!」
 リョーマの笑顔が夕陽に映える。
 誰にも言えない。俺様が一瞬でも、こいつ、可愛いじゃねーの……なんて思ったことなんて。
「どういたしまして。お前が礼なんて、明日は雨でも降るんじゃねーのか? あーん?」
 リョーマは無言でまた微笑み返すと、でかい夕陽に消えてしまった。
 なんか、すげぇレアなモン見たモン見た気がする。ホントのリョーマの笑顔なんて……。竜崎(孫の方な)は知ってるんだろうか。
 い、いや……そんな場合じゃねぇぞ。跡部景吾。早く傷を直して本気のリョーマと対戦できるようにならなくちゃな。
 しかし、手塚のヤツ、どこで俺様達の対戦を見てたんだか……。リョーマが証言してるんだから、手塚がここにいたのは間違いない。
 手塚、リョーマ……。青学のヤツら……。宿敵よ、強くあれ。
 俺様はぎゅっと拳を握った。
「あとべ~。今日は楽しそうだったC~」
 ジローが駆けつけてくる。ああ、こいつにも笑顔が戻った。ジロー達には心配かけたからな。
「クソクソ跡部! 怪我人にしてはいい動きだったミソ」
「――ウス」
 ふふふ……。
「よぉし、今夜は俺の家でパーティーだ!」
「おい、跡部、浮かれててええのか?」
 忍足が浮かない顔をしている。
「んだよ、忍足。水差す気か?」
「そやないけど……八束がこれで引き下がる気が……」
「あー、あー、聞こえねぇぜ。八束なんつー馬鹿の名前は」
「ガキか……それにしっかり聞こえてるやん」
 そう……実は俺様も気にはなってたんだ。八束のことは。このところ――といっても二、三日ぐらいか?――八束自身はちょっかいかけてこねーし。いいことなんだけど。
 でも、あの時の言葉――。
『壊してやる……』
 あれは、本気だったんじゃねぇだろうか。
 ――考えても仕方ない。俺様はミカエルにバーベキューパーティーの支度をするよう伝えた。

「わー、おにくー、おにくー」
 バーべキューパーティーにゃ、ちょっと季節外れだが、今日は暖かいし、まぁ、いいだろ。
「お、何やってんのや、がっくん」
 忍足が岳人に訊く。
「――越前に自慢」
「おお、そか。越前悔しがるやろな」
「あいつもバーベキュー好きなのか?」
 と、俺様。
「跡部……まだ気づいてへんのか?」
「何が」
「まぁええ。俺の写真も添えてぇな」
「――わかった」
 岳人が写真を送信すると、忍足と一緒に「よし!」と親指を立てて笑った。
「あ、越前からや」
 ええっ?! あいつにしては早過ぎないか?!
「ははっ。『俺もよんでくれたら良かったのに』って書いてある」
「よっぽど跡部と一緒にいたかったんやなぁ」
「今まで一緒にいたろうが」
「わかってへんなぁ、跡部は」
「好きな人とは少しでも長く一緒にいたいのが恋ってもんだろ」
 恋ねぇ……。
「おい、わかるか? 樺地」
「――ウス」
 俺様は――まぁ、いつも樺地といるからな。
「あとべ~、肉なくなるんじゃな~い?」
「心配はいらねぇよ。ジロー。今頃ミカエル達が追加注文しているところだ」
「わーい」
 あ、越前からLINE。
『跡部さんのところに行こうとしたら親父に捕まっちまった……』
 ははは、と俺様は笑った。
『残念だったな。リョーマ』
『ほんと、残念っスよ』
『また招待してやるよ。今度は正式な儀式にな』
『堅苦しいのはゴメンっス』
「なぁ、長太郎。跡部がスマホいじりながらにやにやしてるんだけど……」
 宍戸め……聞こえてるぞ。
「だって、好きな人との話は楽しいじゃないですか」
「それはわかるけどよぉ……ぶっちゃけきもいっつか……」
「俺が宍戸さんとLINEしている時も、多分あんな感じですよ」
「ば、馬鹿野郎!」
 宍戸がへそを曲げたらしい。鳳が、「宍戸さん?!」と慌てふためいている。あいつら、何やってるんだろう。
「新しいお肉が届きましたよ」
 使用人のジェリーがクーラーボックスを運んで来た。
「わ~、美味しそう」
「ジロー、野菜もちゃんと食え」
「わかってるよ、あとべ~」
 俺達は楽しい一時を過ごした。八束のことも、この時は記憶から追い出そうとした。そして、それは見事成功した。――どうせ、気にしてもしようがねぇしな。

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2016.11.16

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