俺様嫌われ中 2

「はぁー、落ち着くねぇ」
「ま、悪かねぇな」
 俺、ジロー、宍戸はジローの秘密基地とやらで束の間の休息を楽しんでいた。
「つか、何で宍戸いるんだ?」
「体育に戻ってもどうせ見学だしな。せっかくだからおめーらと一緒にいようと思って」
「ふぅん……」
 宍戸は変わったような気がする。初めて会った時はプライドの塊のような男だった。髪を切ってから、こいつは変わった。
「宍戸さん、髪を切ってからすっごく可愛くなったんですよ!」
 と言っていた鳳の気持ちもわかるな……。俺様も髪切ったんだが、特に可愛いと言われたことはない。言われたくもないが。
 あ、あいつが言ってたか。
 俺様のライバル、越前リョーマが。
(跡部さん、ベリーショート、すっごく可愛いッスね)
 最初は嫌味かと思った。越前が本気でそう言ってるらしいことを知って、今度は俺様が戸惑った。何言ってんだこいつ――そう思った。
 越前は悪戯が成功した時のような顔をして笑っていた。本当は悪いヤツでないことは俺様も知っている。ただ、雌猫どもは煩かったな。
「ん? 跡部何笑ってんの?」
「ジロー、日本語は正しく使え。こういう時は『何ニヤついてんの?』だ」
 くそっ、宍戸め……。覚えてろよ。それにてめぇが日本語の正しさをあれこれ言えた柄か!
「ねー、跡部。何ニヤついてたの?」
「秘密だ」
「ケチー」
「どうせ越前のことでも考えていたんだろ?」
「え? 何で……?!」
 見破られてたのか、畜生!
「何動揺してんだよ。嘘に決まってんだろ!」
「なぁんだ。びっくりしたC~。跡部には樺ちゃんがいるもんね」
 そう、俺には樺地がいる。でっかくて強くて頼もしいあいつが……。
 間違っても俺様は越前リョーマには靡かん! あんな吊り目の態度だけでかいチビに!
「どうしたの? 跡部、固まって」
「あ……ああ」
「まさかお前、越前のことを……」
「ほっとけよ。宍戸」
 俺様はさぞかしむすっとしてただろう。
「でも、俺、越前もいい男になると思うぜ」
 宍戸が言った。
「まぁな」
 あの越前南次郎の息子だもんな。将来が楽しみだ。そして――また機会があったら打ち合いたい。
 それに……戦う越前の姿は格好良くないこともなかった。
「日差しが弱くなってきたC~」
「あ~ん? 俺様にはこのぐらいがちょうどいいんだよ」
「お前、イギリス育ちだったもんな。イギリスってやっぱり霧の街か?」
「そうだな」
 俺は適当に返事をしておいた。
 こいつらが体の傷のことに触れないので助かる。ま、最初はちょっとビビったみたいだけどな。
 それから――八束のことも話題に乗せない。こんなところでまでヤツの名前を聞きたくはないからな。
「ここは絶対に見つからないから大丈夫だC~」
「こんないいところがあるとは知らなかったぜ。俺も利用しようかな」
「宍戸からは使用料取るC~」
「ちっ、ジローって結構がめついのな」
 宍戸の言葉に俺様は笑った。久しぶりの、何の苦みもない笑いだった。
「跡部が喜んで良かったC~。ほら、お日様だって跡部のこと祝福してるよ」
 日差しがまた暖かくなってきた。
「今日も太陽は俺の為に輝いているぜ」
「はん。その台詞が聞けたなら上等。しかし、ナルシーなとこは相変わらずだな」
 宍戸も笑った。
 そう。太陽は俺の為に輝いている。だから、俺様も自分で輝いてやらなくちゃ。
「ありがとうな、お前ら。何か頑張れそうな気がしたぜ」
「おう。でも、無理すんなよ」
「何かあったら俺らがいるC~」
 俺様は宍戸とジローの手に手を乗せた。
「勝つのは氷帝! 勝つのは跡部!」
 それはもう何度も耳にした輝かしい勝利宣言であった。

 6時限目は榊太郎先生が担当する音楽だ。榊先生は厳しいが、実は情の厚いところもある先生だ。そして、俺のことを信頼している――らしい。
 榊先生がいれば、生徒どももそう悪さはできねぇだろう。
 この時間は音楽鑑賞だった。――こつん、と頭に何かが当たった。
 ――紙切れ?
 そこにはこう書いてあった。――『死ね』
 俺は片づけて後で捨てようとした。そこへ先生がやって来て紙切れを奪い取った。榊先生はダンディーな顔をしかめてこう言った。
「これを書いたのは誰だ」
 美声が辺りに響く。皆しーんとなった。
「今度こんなことがあったらただじゃおかんからな。このことは生徒指導の先生にも話しておく。――気にすんな。跡部」
 榊先生は俺に優しい。
 ああ……だが……生徒指導の先生は俺にとっては敵なんだ……。
「余計なことは……しないでください」
 俺の顔は青褪めていたことだろう。
「む……跡部がそう言うなら……」
 生徒指導の先生が八束側だと知っている生徒からは落胆の溜息が洩れた。ざまぁ見ろ。
「でも、榊先生の温情、嬉しかったです……」
 こんなことを榊先生に言って何になるだろう。きっとこんな情報がネットを飛び交うな。
『氷帝キング跡部景吾、榊太郎(43)と男同士の歳の差恋愛! 教師と生徒の不毛な恋!』
 誓って言う。俺と榊先生の間には何もない。でも、俺はともかく、榊先生は困った立場に追いやられるだろうな。八束は死ぬ程悪知恵働くからな。この教室にも八束の子分が何人かいる。
 でも、俺様はどうしてこんなに嫌われるようになったのだろう……。全く身に覚えがない。ムカつく。
 今度からまた嫌がらせがエスカレートするのかと思うと……。
 野郎どもが何をしでかそうと俺の相手ではないが、俺は肉体的苦痛に弱い。鍛えてはいるから多少ぐらいなら平気だけど。
 子供の頃はよく虐められて泣いてたっけ……俺様は過去の幻影を見た気がした。
 泣いている小さな俺。殴られたと言っては悲しんでた俺。
 ――封印できたと思ってたのにな……。
「跡部、何ぼけっとしてる」
「榊先生……」
「後で音楽準備室に来なさい」
 ……あ。これで噂が流れる。
 俺は確信した。にやにや笑いが俺を取り囲んでいる。
 苦手なのは肉体的苦痛だけだと思ってたのに、精神的苦痛にも弱かったのか、俺様は……。
 情けねぇな……。
「行く必要性がわかりません」
 取り敢えずやんわりと断る。
「お前にはなくともこっちにはある。それとも、音楽準備室がお気に召さなかったら職員室か? 部室か?」
 俺はゆっくり首を横に振った。どっちもお断りだ。
 職員室の先生は大半が八束の味方だし、テニス部なんてもっと……。
 俺は放課後音楽準備室に赴くことにした。

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2016.9.17

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