俺様嫌われ中 13

「この俺が――八百長だって?!」
 怒りでぶるぶると体が震えた。確かに、手塚の肩が弱点なのは知っていたし、それを壊したのも俺だが――。
「手塚……お前は腹が立たねぇのか?! 俺達の真剣勝負を八百長呼ばわりされて……!」
「怒ってない訳がないだろう!」
「じゃあ、何でそんなに涼しい顔してられるんだ!」
「――こいつは生まれつきだ」
 俺様は――こんな際だがちょっと吹き出しそうになってしまった。何でこいつはこんなに表情の筋肉が固いんだ? いかがわしい噂はともかく――俺達のテニスにど汚ねぇ中傷をするのは許せねぇ!
「お前は俺の肩が弱点だと知りつつも、力いっぱいぶつかって来てくれた。俺もあの時の試合については後悔はしていない」
「――何だか遠回しに皮肉られているような気がするのは気のせいか?」
「俺にはそう言う言い方しかできない」
 ふっ、と手塚が笑ったような気がした……笑ったんだよな。今。どうも、手塚の感情のツボはわからない。
 俺のスマホが鳴った。『天国と地獄』だ。
「誰からだ?」
「越前だ――はい、もしもし?」
 俺様は些か投げやりに応えた。だが、越前の次の台詞は俺をのけぞらせた。
『岬さんに『リョーマは俺の愛した男だ』と言ったの、本当ですか?!』
 あー、確かに言ったな。何だ? 岬のヤツ、やっぱり喋ったのか。
 越前は俺に向かって次々に質問してくる。――俺様の答えようのないことばかりだった。
「あのなぁ、越前」
『リョーマと呼んでください!』
「あのなぁ、リョーマ。あれは言い間違いで……」
『言い間違いでも本当はそんなに満更でもなかったんではないですか?』
 だから、何でそう言いきれるんだ。おめーは。
「お前……俺様のことはライバルだって思ってたんじゃなかったのか?」
『思ってますよ。でも、俺――跡部さんのことが……気になってて……』
 ふーん。ライバルとしてだな。
『跡部さんが俺のこと愛してくれているんなら、嬉しくなくもないかなって……』
 何言ってんだ、こいつ……。
「おい、ちょっと話変えるけどいいか?」
『……えー?』
 越前は不満そうだ。――心の中でもリョーマと呼んだ方がいいんだろうか。
「大事な話だ」
『……わかったっス。俺も大事な話があるんで、その時話します』
「俺と手塚な――関東大会でぶつかったろ」
『はい』
「それを八百長だと言うヤツらがいるんだそうだな」
『ええ。俺も聞きました。怒りでどうにかなりそうでした。よっぽどラケットでぶっ叩こうかと思いましたが。アンタはともかく、手塚部長は全力を出し切りましたから……』
「俺はともかく――ってどういう意味だ?」
『アンタ、手塚部長が肩が弱いこと知ってたでしょう』
「まぁな」
『でも、手塚部長は全力を出し切った。アンタはともかく、あの時の手塚部長を悪く言うヤツは許せないっス』
「――俺もだ」
『んじゃ、俺達同志ですね』
「そうなるな」
『ああ、そうそう。それで、あの、話があるんです。あの――俺、アンタのこと、嫌いじゃありません』
 そして、スマホが切れた。
 何だあいつ。越前め……。言いたいことばかり言って切っちまった。ま、あいつには練習があるからな。
 関東大会の手塚との試合では、確かに俺は悪役だったかもしれない。でも、手塚が早々に勝負を諦めていれば何も問題はなかったはずだ。
 けれど――手塚は後悔していない、と言ってくれた。犠牲が伴うと知りながら俺様に挑んできた。お前は――最高の強敵(とも)だ。
「なぁ、手塚」
「何だ?」
「次は俺様がお前に負けるかもしれねぇ」
 八束にすら手も足も出なかった俺様だ。手塚にも敵わないかもしれねぇ。
「――そんなことを言うな。お前らしくない」
 手塚……。
「はっ、そうだな。確かに俺様らしくもなかった」
「八束を片づけるんなら手伝う。それでお前が以前のお前に戻ってくれるなら」
 ――俺様が弱気になっていることを、手塚もわかってんだな。手塚が続ける。
「取り敢えず傷を直せ。話はそれからだ」
「おう。――最高のコンディションでお前を迎え討とうじゃねぇの」
 俺様は笑った。ライバルの存在がこんなに心強いものとは。
 そして――八束を気の毒に思った。あいつにはこんなライバルはいないだろう。陰でこそこそ暗躍することしかできないんだからな。
 ノックの音がして、日吉が入って来た。
「おお、日吉」
「こんにちは。手塚さん」
「これ、海堂から預かってきたヤツだ」
 手塚はバッグから書類を取り出す。
「わかりました。確かに受け取りました」
 日吉が一礼する。日吉も手塚には一目置いているようだ。俺様には時々逆らうが。でも、真面目だからな、こいつも。
 日吉がパラパラと書類に目を通す。
「はい。そうですね。これで行きましょう。――後で榊先生と竜崎先生に連絡しておきます」
「頼んだぞ」
「はい」
 日吉が微かに笑った。ん? ちょっと可愛いな――。言っておくが、俺様にそういう趣味はない。例え八束が何と言おうとだ。
「日吉――青学の練習試合には俺も行っていいか?」
「え……跡部さんがですか?」
「不服か」
「いえ――ただ、練習試合とかいうものには跡部さんは出ないものかと。もっと正式な大会とか、大きな大会とか――」
 まぁ、大舞台で暴れ回るのは嫌いじゃないからな。日吉もよく見てんなぁ。俺様のインサイトには敵わねぇが。
「今回はあいつがいる」
 越前リョーマ。またあいつと戦いたい。
「お前……満足の行くプレイできるのか? そんな痣だらけの体で……」
「心配してくれてありがとよ。手塚。だが、俺はお前に勝ちたい」
 関東大会でのあの日、本当の勝者は手塚――手塚国光だった。
「俺もお前に勝ちたいんだ」
 と、手塚。俺は頷いてから更に言った。
「それからな――お前んとこの生意気なルーキーにも勝ちたい」
「あれに勝つには骨が折れるぞ」
「でも、勝ちたい。勝てなくても――真っ向から勝負をしてみたい。お前のように。今度は立ったまま気絶して負けるなんて無様な姿は晒さねぇよ」
「ふ……お前もあの勝負、負けてなかったぞ。試合には負けても。お前がコートに君臨している王様みたいだった――と、越前が前に言っていた」
「あの試合のことでも八束サイドには散々叩かれたがな」
「言わせておけばいい」
「ふ……そうだな」
 手塚に越前。この二人はライバルであり友だ。――越前は嫌がるかもしれんけど。
 あ、でも、越前のヤツ、俺のことを嫌いじゃないって――ライバルとしては認めてるってことか? 上等だぜ!
「ウス」
 樺地の巨体が部室に現れた。俺様は指を鳴らして樺地に早速人数分の紅茶を淹れるように言いつけた。樺地ののっそりとした存在感のある体が陰に引っ込んだ。
「それじゃ、手塚さんと跡部部長……跡部さんも参加と言うことで。手塚さんの飛び入り参加なら歓迎ですよ」
 日吉が言うと、手塚がこう答えた。
「いや、今回は俺は不参加だ」

次へ→

2016.10.25

BACK/HOME