俺様嫌われ中 12

 俺は喉がからからになるのを覚えた。手塚には知られたくなかった。
「お前……どこでそれを……」
『越前が言ってたぞ』
「越前め……」
『越前を責めるな。俺も知っておいた方がいいと思って知らせてくれたんだ』
 ――そう言われると弱い。
『まぁ、噂が広まるのも時間の問題だからな――氷帝の跡部と言ったら有名人だから』
「――お褒めにあずかりありがとよ」
 ちょっと嫌味を含ませて俺は言った。
『なぁ、跡部。お前は悪くないと俺は思う。お前は虐められるようなことをしていない。それは俺にもわかる』
 手塚は一拍置いてこう言った。
『跡部。俺はお前を信じてる』
「そ……そうか……あんがとよ」
 手塚の直球に俺は少し引いた。手塚に信じてもらったってなぁ……。でも、嬉しくない訳じゃねぇ。
『お前、八束正則って知ってるか』
「大いに知ってるぜ」
 今回の騒ぎを引き起こした張本人だもんな。それにしても、意外と八束の名が知られているのにはびっくりだ。
『八束に同調する者が青学にも大勢いる。――お前は八束と敵対してるんだそうだな』
「ああ、あいつ、俺様に逆らいやがった」
『反跡部は青学にも多いからな――越前が今日もお前んとこ行くと言っていたぞ』
「練習どうすんだよ」
 ――流石に俺は呆れた。俺様の為にそこまでしてくれるのは嬉しいが。
『俺もそう言った。そしたら、越前のヤツ、俺に氷帝まで行って欲しいと言うんだよ。そしたら部活に出ると』
「何だお前。越前のパシリか?」
『そうなるな』
 特に気を悪くした訳でもなさそうに手塚が答えた。
 まぁ、手塚が来るのは嬉しい。何たって俺様の友達だからな。――不二にそう言ってやったらどんな反応が来るかな。
 心配すんな、不二。誰もお前の手塚は取らねぇよ。
 俺様は心の中で呟いた。
『今日の放課後、氷帝に行くと言ったら、海堂についでに日曜の練習試合のプランをまとめたからこれでいいか確認してもらってくれと頼まれた』
「そういうことは自分でやらせろよ。海堂だってもう部長なんだろ?」
『初めは自分が行くことにしていたらしい。――でも、日吉との間ではもう話は殆ど決まっているようだからな』
「そうか。――俺はマムシ……海堂は苦手だからな」
『どこが悪いんだ? あれでも立派に部長を務めてるぞ。それに筋は通すいい男だ』
「ふーん。俺様の他にいい男ってのがいるのかねぇ」
『そういうところが八束に目をつけられる原因ではないのか?』
「お前も言うね……わかった。放課後になったら来てくれ。おめーはどうせ青学の高等部に進学だろ?」
 つまり、手塚も俺様も受験勉強しなくて済むってことだ。でも、氷帝高等部への進学は内部の者でも難しいと言われている。俺様は難なくこなすけどな。――八束のことがあっても。
 あれ? 何か俺様、昔の俺様に戻って来てないか?
 沢山の人に支えられて――俺様は元気になってきたみたいだ。いや、前とは違う。前よりもっと――強気になってる。
 八束正則! 来るなら来い! 俺様は負けねぇからな!
「ありがとう、手塚」
『礼を言われるようなことはしていない』
「そこは素直に喜べよ」
 ――俺様の言う台詞じゃねぇけどな。
『わかった。こちらこそ、これからも世話になるかもしれんしな』
 嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。手塚に言っても俺様が何で嬉しがっているのかわからんだろうがな。
 ダチに頼られるのは嬉しいもんだ。
『じゃあな、跡部。あ、そうだ。部活が終わったら越前が来るかもしれんぞ。だいぶ気にしてたようだったからな』
「ああ。待ってる、と言っておいてくれ――家に来てもらった方が早ぇかな」
『そこは何とも……越前と話し合ってくれ』
「そうだな。じゃあな」
 俺様は電話を切った。
 ――俺様は一人じゃない。
 俺様は一人じゃない。大切なことだから二度言う。
 元氷帝のテニス部のヤツらもいるし、越前もいるし――手塚もいる。樺地はもうずっと前からの親友だ。
 俺はスマホをぎゅっと握った。
 ――見てろよ、八束……俺様はお前に屈したりはしねぇ。

 放課後、約束通り手塚が来た。
「跡部。元気そうだな。顔色もいいし」
「お前は少しは表情変えろよ。ポーカーフェイスだから何考えてんだかわかんねぇんだよ」
「――乾にも言われた。善処はする」
 俺様が手塚の台詞に笑うと、ぴりっとした痛みを感じた。
「――跡部?」
「……何でもねぇ」
「痛むのか?」
「大したことねぇ」
「やはり――八束がやったのか?」
「八束は直接手を下さねぇよ。やったのは他の奴らだ」
「む……見せてみろ」
「俺様を脱がしてどうする気だ?」
 冗談のつもりで言ったが、微妙だったらしい。手塚がほんの少し顔をしかめた。
「俺には不二がいる」
「知ってる。告ったのか?」
 手塚はそれには答えなかった。俺はそれを無言の肯定と見做した。
「まぁいい。ほらよ」
 俺様は上着とアンダーシャツを脱いだ。
「酷いな……」
 手塚は言葉を失ったらしかった。ジロー達や榊先生と同じ反応をする。まぁ、それが普通だろうな。
「跡部。お前のことだ。何らかの手は打ってるんだろう?」
「ああ、今日、透叔父に来てもらった。動画も撮ってある」
「跡部透――か。名前ぐらいは俺でも知ってる。かなりのやり手なんだそうだな」
「強引な手口でも有名らしいぜ」
「そうだってな」
 手塚は正直な男だ。その正直さが信じられる。
「もう着ていいか」
「ああ、もういい」
 手塚が目元を押さえた。何だ? ――もしかして……泣いてる?
「おい、手塚、手塚ってばよ、どうしたよ」
「いや……お前が変わり果てた姿になってたからな……」
「ふん。どんな姿になろうと俺様は俺様だ。高貴さは血筋にあらず、心にあり、だ」
「跡部……泣いて悪かった。お前は何にも変わってなどいない。だから、俺もお前のことで悲しむのは止める」
「そうしてくれるか? でも、俺様の為に泣いてくれたのは嬉しかったぜ」
「跡部……」
 俺は痣に擦れるのを我慢しながらアンダーシャツを着た。アンダーシャツさえ着れば、上着はすぐにつけられる。
「んで? 練習試合のプランは?」
「ああ――ここに書いてある。それから、越前がお前に話があると言っていた。あいつは今は来られないんで俺が言伝てしておくが」
「青学で何かあったのか?」
「昼にも話したかもしれんが、お前の噂は結構広まっているようだ。越前が岬公平という男に聞いたらしい。――いかがわしい噂も多いそうだ。お前が先生や生徒を誘惑したとか、お前のテニスは八百長だとか」

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2016.10.23

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