俺様嫌われ中 11

「――おい」
 俺様の声が険しくなったのをこいつらも気付いているだろう。
 そりゃ、俺様を気遣ってくれるのは有り難い、有り難いが……。
「お前ら、いつまで俺にくっついてくつもりだ」
「八束からのいじめが収まるまでや」
「ウス」
「クソクソ侑士が心配するから、俺も仕方なくだなー」
 忍足達が言う。俺も何度も言うが、俺は俺で有り難いと思っている。思っているが、小さな親切大きなお世話って言葉もあんだろが。
「俺達がいなくなって八束さんに闇討ちでもされたらどうするつもりですか!」
 ――ドラマの見過ぎだ。鳳。
「俺様は用があるから少し一人にさせといてくれ」
「用って何や」
「トイレだよ」
「ついてってやってもええで」
「やだね。連れションなんてカッコ悪い」
 忍足が尚もあーだこーだ言ってたが、俺様は面倒になって姿をくらました。
 たく、小学生のガキじゃあるまいし、トイレぐらい一人で行けるっての。
 俺様が用を足し終わって手を洗いハンカチで丁寧に手を拭き廊下へ出ようとすると、八束と鉢会わせた。
「八束……」
 八束がくすっと笑った。そして、すれ違いざまに耳元で、
「壊してやる……」
 と低い声で囁いた。
 何だありゃ……。
 どうして俺はここまで八束に敵視されなきゃいけないんだ?
 いや、俺様は悪くない。でも、八束は完全にイッちまっている。
 壊してやるって、一体……。
 廊下に出ると、忍足達が集合していた。日吉はいない。
「日吉は?」
「もう帰った」
 そうだな。それが正しい。代わりに滝がいる。
「お前らも帰れ」
「そないなことできへん。跡部。鏡見てみろや。真っ青やで……」
「ウス」
「……く……」
 やっぱり、さっきの八束の脅しが利いてんのかな。情けねぇぜ、俺様。
「樺地、手鏡だ」
「ウス」
 樺地がすっと手鏡を差し出す。俺様はそれに自分の顔を映した。
 そういえば、何となく青褪めているような……覇気がないというか……。
 八束がトイレから出て来た。
 ――またくすっと笑った。また、あの笑みだ。
 何だか怖いヤツだな……。
「跡部、やっぱり八束が怖いんか?」
「はっ、俺様に怖いモンなんてあるかよ」
「虚勢張っても無駄や。この丸眼鏡は何でもお見通しやで」
「てめぇのは伊達眼鏡だろうが!」
「――こういう台詞、いっぺん言ってみたかっただけやのに……」
 忍足……どうしてこういう冗談が言えるんだ。でも、正直――ほっとした。
「あとべ~、八束に何かされたら俺に言いなよ」
「――あんな口だけヤローが俺に何かするとでも?」
「嫌な予感がするんだC~」
 それは、俺様も嫌な予感はする。ジローの直感は結構当たるからな。ジローは結構自然児だから。四天宝寺の遠山金太郎程ではないにしろ。
(壊してやる……)
 あの言葉と声音は、俺様をも怯えさせるのに充分だった。
「トイレで八束に会ったのか? 跡部」
 宍戸が訊いた。隠しても仕様がない。俺様はこくんと頷いた。
「何か言われたんですか?」
 と、鳳も心配げだ。
「別に……ただ、ちょっと嫌なことを言われただけだよ」
 俺様は誤魔化したつもりだったが、忍足達にわっと取り囲まれてしまった。滝まで――。
「何て言われたん? 跡部」
「う……」
 こうなったらもう言うしかねぇかな。そんな大したことじゃないし……。
「俺様の耳元で――壊してやる、と……」
「壊してやる、か。殺してやるより怖い言葉だな……」
 宍戸の言葉に鳳が神妙な顔で頷く。
「殺してやる、ならまだええんや。そんなことできっこないのは明らかやからな。ただ、壊してやると言うのは……実現可能と思われるだけに怖いんや」
 忍足が賢し気に分析する。俺もそう思う。
「――裏サイトや! 樺地!」
 忍足が指示する。
「ウス」
 樺地の指がスマホを電光石火の如く踊る。すげぇな……俺様だってあんなに早くは打てないぜ。
「出ました」
 ――氷帝学園にも裏サイトというものはある。あってもいいけど――なくすべき、という意見も広まっている。裏サイトの運営側は、言論の自由だと言うだろう。俺様としては、どちらも一理あると思う。
「やっぱりな……」
 そこに書いてある噂の中には、いかがわしいとも言うべき俺様に関するものもあった。忍足と俺はホモだとか、いや、樺地とデキてるとか――およそ有り得ないことばかりだった。
 腐女子は喜ぶだろうな……。俺様も樺地とだったら……いやいや。
「酷いですね。削除依頼を出しましょう」
 クソ真面目の鳳が言った。
「いや、ここで削除依頼出したって、もっと酷い中傷が待ってるだけやで」
 忍足はいつになく冷静だった。
「あとべ~」
 ジローはなんだか泣きそうになっている。
「俺、怖いC~。何で、跡部ばっかこんな酷い目に合うんだC~」
 いや、俺様は、今まで恵まれ過ぎてたんだ。キングだってことに慣れ切って……。
 キングは革命で倒されることもあるということもちゃんと肝に銘じるべきだった……。
「気にすんな。ジロー。これは俺様への試練だ。俺様がちゃんとキングとして進めるかどうかのな」
 俺はジローの肩をぽんぽんと叩いてやった。
「あとべ~」
「跡部……お前、いつの間にこんなに強くなったんや……いや、前から強かったのかもしれへんが……」
 忍足が独り言ちたのを俺様は生涯忘れない。
 家族や仲間達や俺様のことを本気で思っていてくれた使用人達。応援してくれた人々――ま、中にはヤバイ奴もいたが――そして、今までの対戦相手。
 そいつらのおかげで、俺様は今、テニスをしていられる。ま、ちょっと痣が残る怪我はしたけどその内消えるだろう。
 ――俺様のスマホが鳴った。
 誰だ? ――手塚国光。……手塚! そういや、この曲は手塚専用のだったぜ。因みにベートーベンの『月光』だ。
 俺様は震える指で通話ボタンを押した。
「もしもし、跡部だが――どうした? 手塚」
『すまんな、跡部。突然電話して。今、大丈夫か?』
「大丈夫。こっちも昼休みだ。何か話したいことでもあんのか? 練習試合のこととか?」
『それは後だ。お前――氷帝で虐められてるって本当か?』

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2016.10.21

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