俺様嫌われ中 1

「跡部どこだ?!」
「こっちにはいねぇぞぉ!」
「全く……制裁の途中だと言うのに逃げちまいやがった……」
「しかしよく動けんなぁ、あいつ。あんなにしたのに……」
 ――俺様は、何とか見つからなかったらしい。
 キーンコーンカーンコーン。
「あっ、予鈴だ」
「仕方ない。あいつを見つけるのは後にしよう。跡部のヤツ覚悟しろよ。見つけたらボッコボコにしてやる!」
「う……」
 助かった……。
 しかし、情けない。これが氷帝学園キングの跡部景吾様だとはな……。
 鬱陶しくて仕方なかった雌猫どもも近寄らなくなった。俺様が何をした。
「ははっ、ざまーねーな」
 俺様は幾筋もの涙を流した。

「あとべ~?」
 このゆるい喋り方は知ってる。
「ジローか……」
「当たり」
 ジローも心なしか元気がない。そういえば、こいつが起きている姿を最後に見たのっていつだっけ……?
「授業行かねぇの~」
「……行く気がしねぇ」
 やれやれ。これで俺様の皆勤賞も遠のいたな。
「じゃあさ~。いいとこ知ってるから連れてったげるC~」
「いいとこ?」
「とっても気持ちがいいとこ」
 まさか、ジローもあいつらの……何てことはねぇよなぁ……。
「大丈夫。俺は跡部の味方だC~」
「おう……」
 ジローの笑顔が太陽のように見えた。
「さ、捕まって。樺ちゃんのようにおぶってあげることはできないけど」
 ジローの言う樺ちゃんとは樺地崇弘のことだ。氷帝学園では数少ない俺の味方……。俺の親友でもある。
 ああ、だが、あいつとは学年が違う……樺地の方が俺様より一つ下なのだ。デカい図体してるくせに生まれる時期を間違えやがって。
 樺地がいれば、俺様ももっと頑張れるのに……。
「あとべ~、樺ちゃんに会いたい?」
 俺様はこくんと頷いた。
 でも、ダメなんだ。樺地はちゃんと授業に出て勉強しなきゃ……つーか、本当は俺も授業に出なきゃいけねぇんだけど。
「会いたいけど……俺は、樺地に会う訳にはいかないんだ」
「じゃあ、おっしーは?」
 忍足侑士も俺の味方だ。だが――
「忍足も授業あるだろ」
「跡部の危機なら駆けつけてくるんじゃない?」
 そうだな。忍足。樺地。俺様の為になら駆けつけてくるな。
 だから、尚更甘える訳にはいかねぇんだけど。
 ジロー……芥川慈郎ならいいんだ。こいつはフリーダムだから。したいと思ったことしかしない。んで、いつもはのんきに寝ている。
「ありがとな、ジロー」
「にへへ。どういたしまして」
 ジローはにかっと笑った。その笑みがライオンの笑みのようで……。俺様も思わず和んだ。
「俺の秘密基地行くC~」
「それより医務室連れてけよ」
「あ、そっか~、跡部怪我人なんだもんな」
 ジローの秘密基地と言うのは生徒会長の俺としては気にはなったが、今はそれより怪我の手当てをしたかった。
 医務室まで行くと俺様は言った。
「ジロー、もう帰れ」
「A~。嫌だC~。もっと跡部といるC~」
 こいつ、こんなに俺に懐いてたっけ……?
 誰もいないといいが。医務室の先生まで敵だったらアウトだ。
「お邪魔しまーす」
 俺はスライド式のドアを開けた。誰もいなかった。悪くない辻占いだ。俺様はほっとした。
 ――ん? 俺様ってこんなキャラだっけ?
 全部、あいつのせいだ。あいつの……。
「跡部?」
 ジローが顔を覗き込む。少なくともこいつと樺地と忍足は味方だろう。
「ん。ちょっと応急処置しとく」
「大丈夫?」
「心配すんな。俺は自分の身の回りのことはちゃんとできる」
「手伝う?」
「――頼む」
 俺は制服を脱いで腕や上半身につけられた傷に薬を塗る。
 ひでーな……俺様の珠の肌が台無しだ。越前――リョーマでさえもこんな無体なことはしなかった。
「ひどいC~」
 ジローがポロポロと涙を流す。
「ばーか。何泣いてんだよ」
「跡部、肌白いから怪我がますます浮き上がって見えるんだC~」
 なるほどな。そうかもしれねぇ。
「ひどいC~、ひどいC~」
 ジローは大泣きする。まるでさっきの俺様のように。
 ありがとう、ジロー。俺様の為に泣いてくれて。その涙があれば俺は充分だ。まだまだ頑張れる。
「おーい、先生いねぇか……って、跡部!」
「宍戸……」
 テニス部元レギュラーの宍戸亮である。こいつは敵か味方か……。
「わー、ひでぇ。痣になってら。大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ」
 俺はほっとした。部員として、友人として、宍戸は頼りになるヤツだった。滝を切り捨てても宍戸を取った。滝はそのことを恨んではいないだろうか。
「何かここ数日変だぞ。この氷帝。特に三年。跡部を目の敵にしてやがったからな。くそっ! 跡部を護ることができなかったなんて、俺も激ダサだぜ!」
「氷帝コールでもしたら跡部も元気になるんじゃないの~?」
「そうだな。氷帝、氷帝、氷帝、氷帝」
 俺様はこいつらのバカさ加減に思わず笑ってしまった。
「あ……あんがとな。二人とも。ところで宍戸。どうした」
「あー……突き指しちまって……でも跡部に比べれば、こんなもん全然!」
「貸してみろ」
 俺様は簡単に宍戸の指の手当てをしてやる。
「後は病院でしっかり見てもらえ」
「……サンキュ。跡部ファンの雌猫どもが見たら嫉妬されんな」
「俺のファンの雌猫なんて……」
 そう。雌猫なんて俺のちょっと整った顔立ちしか見ていない。俺が本当はどんな人間かも知らない。ただ、俺様のカリスマ性に憧れて雌猫になったヤツだって少なくない。
「ファンの雌猫なんて――もういねぇよ」
「そんなことないぜ! この件に関して眉を顰めているヤツだっているんだ!」
「雌猫なんざ移り気なモンだぜ。全員八束の方に転びやがった」
 八束正則――あの男は、俺様の敵だ!

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2016.9.13

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