十人のインディアン・ボーイ 9

 ――二人のインディアン・ボーイ。

 忍足さんもいなくなって、すっかり寂しくなってしまった。手塚先輩と不二先輩はいつでもどこでも寝られる体質らしい。氷帝のジローさんと一緒だね。
 俺は……繊細だから眠れないんだ……。誰だよ。今、「嘘だろ?!」と言ったヤツ。
 忍足さんも向日さんといい感じみたいだし、俺だけ独り寝なんて、不公平だよね……。
 よーし。俺も跡部さんに夜這いかけてやろ。
 でも、ドキドキする。ここが先途だ。そう思うと……。
 俺がキスをしても、跡部さん嫌がらなかったし……。
 それじゃ……行くよ。
 コンコンコン。ドアをノックする。ちっ、鍵がかかってる。
 でも、合鍵くすねて来たもんね。
 ミカエルさん達も、ここまではやって来ない。きっとまだトランシーバーと格闘してんだろうな。ここは、跡部さんの居住エリアだから。監視カメラはあるけどさ。
 俺は、この吹雪に感謝している。一連の不幸な出来事の数々にしても。
 だって、みんなと――跡部さんとも仲良くなることが出来たから。まぁ、幸村さんや真田さんと言った、比較的序盤に姿を消した人達は置いといて。
 でも、幸村さん達とも夢の中ではテニス出来たもんね。悔いはない。
 どうしてみんな失踪したのかは謎だけど、今はそう気にしてもいない。だって、それ以上に心奪う存在が出来たからね。
 跡部さん……。
 どうか、いますように。
 忍足さんが頭の中で言ってくれたように、俺と跡部さんだけは取り残してください。
 ――では、いざ。
「う……ん……」
 跡部さんはいた。なんかうなされているようだけど――。
「跡部さん。俺です。リョーマです――」
「リョーマ、リョーマーーーーー!」
 あ、あれ……。
 こんな締め付けられちゃ何も出来ないよ。嬉しいんだけど、嬉しいんだけどーーーーーー!
 力づくで離れようとしても、跡部さんは万力のような力で締め付けてくる。
 えーい! 跡部さんがこんなに力が強いなんて知らなかったよ! お金持ちのボンボンのくせに詐欺じゃないか! ――それは関係ないか。
「あれ?」
 あ、跡部さん……起きた……。
 何かすごい緊迫感……。
「出てけーーーーーー!」
 俺は追い出されてしまった。
 何でだよ! 俺のこと抱き締めたのはアンタじゃないか! しかもあんな力強さで! 俺、背骨が折れるかと思ったよ!
 もういい! 跡部さんなんか知らない! 不二先輩のとこ行くもんね。
 俺は、跡部さんのドアの前であかんべぇをしてやった。
 でも、不二先輩となんかする訳じゃない。何となく親近感持ってるんだよね。不二先輩には。
 不二先輩はあのソファに寝ていたはず……。あれ? 寝ていた時に着てたジャージが無造作に置いてある。てことは、一旦起きたのかな……。ジャージには不二先輩の匂いがする。
 ま、いいや。俺もう疲れた。この辺で寝よ。誰だ……俺のこと、ちっとも、繊細じゃない、なんて、言った、ヤツは……。
 ――暗転。

 うん……? 小鳥の声?
 あ、あれは手塚先輩だ……小鳥にパンくずやってる。そういえば、跡部さんも小鳥にパンくずやってたな。そういう部分での思考回路は似た二人だな……。
 何となく微笑ましくて、俺は笑って見ていた。
「おはよう、越前」
「おはようございます。手塚先輩……ふぁ~、ねむ……」
 俺はそう言いながらもうんっと伸びをした。
「不二はどこへ行った?」
「俺だって知らないよ。ゆうべ一緒に寝ようと思ったらジャージしかなくて――仕方ないからジャージに添い寝してもらったっス」
「ふぅん……」
「そのパンくずのパン、一体どこから?」
「食堂に行ったらパンがあったからちぎって小鳥にやっている」
 ――俺は思わず吹き出してしまった。
「……何がおかしい」
「いや、俺、前に跡部さん家に泊まったことあるんだよね。その時に今の手塚先輩と同じことをやってたから――跡部さんが」
「そうか……意外と心優しいヤツなんだな。あいつも」
「俺、時々手塚先輩と跡部さんが似てるなって思うことあるんだ」
 ――手塚先輩の顔がちょっと険しくなった。
「越前……俺には密かに想う人があってだな……」
「わかってる。不二先輩でしょ? でも、密かに想うって感じじゃなかったけど」
「――俺達はそんなにあからさまか?」
「まぁ、知ってる人は知ってるって感じじゃない? 堀尾なんかは明らかに知らなさそうだったし――きっと興味もないんだろうね」
「そうか――良かった」
「まぁ、俺は関心があるから気づいたけど――」
 吹雪はもう止んでいる。気温も昨日よりあったかい。けど、凛然とした寒さが存在している。冬の匂いは嫌いじゃない。
「おはよう、手塚……」
「おはよう、跡部。――越前が来てるぞ」
 手塚先輩……! そんな余計なことは言わなくてもいいのに!
「――昨日は最悪だったぜ。リョーマがまた襲いに来ないかと心配で眠れなくてなぁ――こいつ、俺に夜這いかけやがったんだぜ。信じらんねぇだろ」
 不機嫌な声。不機嫌な調子――。
 いいですよ。もう俺は二度とアンタに夜這いはかけませんから……振り返ってそう言ってやろうとした時だった。
 ――――!
 何スかその満面の笑み! 声や言ってることと表情がちっとも噛み合ってないんスけど……!
「まぁ、俺も安い男じゃねぇから、追い出してやったけどな」
「そ、そうか……!」
「怒りでちっとも眠れなかったんで、パン焼いて気分転換してたぜ。はー、すっきりした」
「越前……そのう、跡部は怒っているのか喜んでいるのかどっちなんだ?」
 手塚先輩も疑問に思ったらしい。
「――俺にもわかんないっス……」
 つくづく、跡部景吾という男は、謎だよね……。

「皆さん! Wi-fiが繋がりましたよ!」
 そう言った声と、盛大な拍手。
「それからトランシーバーも直りました!」
 ――また拍手。トランシーバー直った訳ね。良かった良かった。眠いけどお祝いするよ。
「そして、今日空港に跡部家専用の自家用ジェットが迎えに来ます。良かったですね……えー、このように、悪いことも重なれば、良いことも重なるという――」
 それ以上のミカエルさんの演説を俺は聞いていなかった。

「パン旨いっスね。跡部さん!」
 がつがつ食いながら俺は言った。
「おーい、そんなに焦りながら食うなよ。まだまだ一杯あるんだぜ」
 焼きたてのパンの匂い。食欲をそそる。――毎朝こんなパンの匂いに包まれたなら、幸せだろうなぁ……。
「コーヒーも旨いぞ。跡部」
「そっか、良かったぜ手塚」
 ――跡部さんは俺と手塚先輩、どっちが好きなんだろう……ああ、すっかり手塚先輩と呼ぶのがくせになっちゃった……でも、海堂部長と呼ぶのがくせになるのは、まだ先の話になりそうで――。
「じゃ、そろそろ行くか」
「そうだな。来い、リョーマ」
 手塚先輩と跡部さんが同時に立ち上がった。

 一人のインディアン・ボーイ。

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2019.12.13

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