十人のインディアン・ボーイ 8

 ――三人のインディアン・ボーイ。

 ――何だ。忍足さんはちゃんと向日さんのことを考えてくれてる。俺はさっぱりした顔をした。そのせいで忍足さんに怖い顔で睨まれた。
「何や越前。嬉しそうな顔して――人の不幸は蜜の味ちゅうんやないやろな」
「まさか」
 俺は肩を竦める。
「ほらほら。泣く程のこっちゃねーだろ。忍足。また作り直せばいいじゃねーか。あーん? おら、シャキンとしろ! 材料はまだ残ってるだろ!」
「あっ、うっ、跡部~、手塚~、越前~」
「――気の毒に」
「ほら、あの手塚でさえ俺を気遣ってくれとるんやで。それをお前ら何や。人の気持ちも知らんと……」
 そういや、まだ残り香がある。いい匂いだったな。空の食器が並んでいる。鍋類はない。そのまま持ち去ったらしい。そういえばお腹減った。ぐ~っとお腹が鳴る。
「越前。お腹鳴らしてもムダや。ここにはなーんにもあらへんがな」
「だから作り直そうって言ってるじゃねぇか。わかんねぇヤツだな」
 ぐぅぐっぐ~っ。
「越前~。腹の音で喋ってもムダや~」
「ぐぅ?」
 跡部さんが必死で笑いを堪えている。手塚先輩は流石に動じない。不二先輩に対しては思いっきり動じていたけどね。
「おっと、それどころじゃなかった。忍足。犯人はあいつに訊けばわかるぞ」
「……え?」
 跡部さんがソファに凭れて眠っている不二先輩を指差す。
「あいつは手塚が行ってからずっと眠ってたんやで」
「ほんの少しだけ起きてた時もあったぜ。それにしても、こいつ、寝てると美少女に見えてくるな。キスしてやりたくなる」
「へぇ~え。跡部さんキス魔だったの」
「アホ。んな訳あるかい。俺かてキスしてもろたことないのに……」
 跡部さんの返事を忍足さんが遮る。
「俺はしてもらったよ」
「自慢すんな。今落ち込んでる最中なんやから……」
「でも、向日の為に料理作ってやったんだろうが。お前向日のこと、好きだろ?」
 忍足さんは泣いていたのももう忘れたのか、ぽっと頬を赤らめた。
「そりゃ、まぁ……いつも優しくしてもろてるし、がっくんかわええし――」
「だったらアタックあるのみじゃねぇか! 何を迷ってることがある! 忍足、てめぇは向日を好きで、向日だっててめぇのことを愛してる! それだけでいいじゃねぇか!」
「でも、料理が……」
「じゃあ、犯人を教えてやる。犯人は向日岳人だ」
「え? がっくんが? ――証拠は? 根拠は?」
 俺もそれが聞きたい。何故犯人は向日さんと言い切れるのか――。
「何もねぇ。ただの勘だ」
 俺は手塚先輩と一緒に頽れた。
「何だ? どうした? お前ら――」
「そういえばこの人はこういう人でしたよ……」
「でも、向日が犯人ではないとも言い切れんしな……よし、不二を起こそう」
 手塚先輩は不二先輩を優しく揺すった。いいなぁ――俺もあんな風に跡部さんに起こされてみたいよ。
「不二、不二。起きないか。早く……お前の証言が必要なんだ」
「ん……ああ、ごめん、手塚……僕、寝ちゃってたね」
「いいか。よく聞け。忍足の料理が盗まれた。そのせいで忍足が泣いている。可哀想だとは思わんか? ――お前、犯人見てないだろうな?」
 手塚先輩が訊く。
「ああ、あれ……じゃあ、あれ、やっぱり泥棒だったんだ……」
「あ、やっぱり犯人見てたんスね。不二先輩……」
 俺達は詰め寄る。
「よくは見てないんだけどね――小柄な感じだったよ……」
「ほーら、やっぱり向日だ」
「向日さんだ!」
「行け! 忍足! 走れ!」
「お、おう……! 待っててやがっくーん!」
 跡部さんが手をパンパンとはたいた。
「やれやれ。あいつら、今夜は帰って来ないぞ」
 ……え?
「あの……向日さんはどこにいるんですか?」
「知らねぇ。ミカエルなら何か知ってるかもな。それがどうした」
「俺、みんなが失踪して行ってるものとばかり――」
「俺様も同じようなもんだよ。あいつらが何処へ行ったかまるで知らねぇもん」
「知らなくて……いいんスか?」
「おうよ。時期が来たら全て明らかになるんだから――しかし、忍足の飯かっぱらうまで飢えていたとは……こいつは本当になんか返礼考えなきゃダメかもな」
「跡部さんだって手伝ってたでしょ」
「おう、面白そうだったからな。結構板についてるだろ? 俺のエプロン姿」
「まぁ、フリフリエプロンよりはマシだけど――ピンクが似合う男っスね。相変わらず」
 それで新婚の朝にご飯作って欲しいなぁ……とは、流石に言えなかった。不二先輩は笑っているし、手塚先輩も機嫌が良さそうだ。
「そうか。お前らはそういう関係だったのか」
「そうっス」
「そうじゃねぇっての」
 俺らの意見は真っ二つに分かれた。
「跡部さん俺とキスしたじゃん!」
「アホ! あんなのは誰にでも出来る!」
「忍足さんはしないと言っていた!」
「あいつには向日がいる!」
「あのう……痴話げんかの最中申し訳ないんだけど……僕もお腹空いたな」
「――俺もだ」
 ぐっぐっぐ~っの三重奏。
「くそっ! 忍足はいねぇし、俺がやんなきゃダメかてめぇら! 忍足め、後で覚えとけよ。――お前ら三十分は待てるか?」
 俺と先輩達は即座に頷いた。
「早く作ってくんなきゃ、跡部さんのこと食べちゃうからね!」
 俺の脅しが効いたのだろう。三十分後には立派な晩餐の準備が整っていた。
「あのなぁ……俺は便利屋じゃねぇんだぞ。これ以上働かせるなら賃金取るからな」
「これだけあれば充分だ。それではいただきます」
 手塚先輩が手を合わせた。
「いただきます」
 俺と不二先輩が同時に言ったので、俺らは顔を見合わせて笑った。
「何だよ。てめぇら。やけに仲いいじゃねぇの。そんなに仲いいなら、俺と手塚はいらねぇな」
「あー、待って待って。そういう関係じゃないんだ。僕達は」
「はいはい。ちょっと手塚貸せ。話がある」
「わかった。じゃあな。越前に不二」
「行ってら~」
 俺はひらひらと手を振る。
「何考えてんだい! 越前! あんなヤツに手塚をやるなんて!」
「俺も跡部さんを取られた。お互い様っスよ」
 それに、跡部さんと手塚先輩の間には色っぽい話が入ってくることなんて皆無だと信じていたから――。ほら、手塚先輩が難しい顔をしている。
 ――だけど、手塚先輩はいつもあんな顔してるな。そういえば。……でも、海堂部長の話やさっきのテニスの試合の時は嬉しそうな顔してた。いつもだと、試合中でも難しい顔してるよねぇ。
 ん? 手塚先輩が頷いた。跡部さんもなんか満足げ。こりゃ本当に何かあったかもな……。あー、美味し。勿論、料理のことだよ。
 ねぇ、不二先輩。手塚部長が海堂先輩に部長の座を明け渡したよ。名実ともにね。

 ――二人のインディアン・ボーイ。

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2019.12.09

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