十人のインディアン・ボーイ 7

 ――四人のインディアン・ボーイ。

「あのさ、ちょっと思ったんだけどさ、忍足さん」
「何や」
「これ、『テン・リトル・インディアンズ』じゃないよ。二人余るじゃん」
「それは、これから明らかになる――つうか、お前と跡部が残るやんけ」
「――……えへへ」
「そこで照れ笑いするな。越前リョーマともあろう者が。気色悪いで」
「何て言われたって構わないもん。今更」
「まぁええわ。本編行くで」

「吹雪、やまねぇなぁ……」
「そうやなぁ……」
 忍足さん達はのんきに構えている。まぁ、食料に困らないというのが救いか。
 後、『かまいたちの夜』のように、殺人鬼がこの中にいないといいな、と言うことだけ。でも、俺はこの人達を信じている。幸村さん達だって信じている。
 幸村さんなんて、人をイップスにする天才という物騒な人だけど。――でも、夢の中で対戦した時には、とても素直なテニスをする人だな、と思った。だから、真田さんが惚れたんだ。
 そういえば、もうすぐクリスマスなんだよね。クリスマスといえば――。
 イブは俺の誕生日だ。一緒くたに祝われることが多くて、本当は嫌なんだけどね。それに、俺、クリスチャンじゃないし。親父は生臭坊主だし。
「跡部さん、跡部さん」
 俺は跡部さんの袖を引っ張る。そして、耳元で囁いた。跡部さんは少しくすぐったそうにしていた。
 俺はこう言ったのだ。――俺の誕生日イブなんスよって。
 跡部さんは、
「そうかそうか」
 と、聞き流しただけで、まともに取り合ってはくれなかった。「おめでとう」の一言すらない。それなのに忍足さんと仲良く料理しているのが面白くない。
「何作ってんのさ」
 跡部さんに訊いても、答えてくれない。
 退屈だなー……。
 そう思っていると、手塚部長と不二先輩のカップルがイチャイチャしていた。イチャイチャしてるっつーか、泣いてる部長の背中を不二先輩が撫でているし。何か訳ありだな。こりゃ。
「ねぇ、手塚――よしなよ」
「お前はそう言うがな……あいつとは本気で向き合わなければいけないんだ」
「だからドイツに戻るの? 日本にいたって対戦ぐらい――」
「それじゃ駄目なんだ……あいつに勝つには、覚悟が必要なんだ。今のあいつはあいつじゃない」
 あいつ――つまり、跡部さんか……。
 忍足さんと一緒にお料理している跡部さんとだったら、手塚部長の方が勝つと思うけどねぇ……でも、あれは本当の跡部さんじゃないと言う。
 だったら、本当の跡部さんて、誰だ?
 俺は、お料理している跡部さんも、俺にキスしてくれた跡部さんも、俺と本気で対戦してくれた跡部さんも、本当の跡部さんだと思う。
 ――俺はそう言おうとした。そして、一歩踏み出すと、跡部さんに止められた。跡部さんの方を見ると、彼は黙ってふるふると首を振る。
 じゃあ、手塚部長の言うことを認めると言うの?
「跡部さん……」
「――あいつらはそっとしといてやれ。俺もいずれはあいつと戦う」
 手塚部長のことだな。
「俺とあいつは似ている。けれど、似ていないところもあるんだ。似ているところは――いつか相手をテニスで屈服させようと考えているところかな」
 そうか、それじゃ……。
 俺、手塚部長が羨ましいっス。
 だって、俺が相手じゃ、俺が勝つのが当たり前だから。少なくとも、世間はそう見るから。
 跡部さんだって羨ましい。自分の実力でのし上がる可能性を秘めているから。
 俺は違う。俺はもう、頂点に上り詰めた。だから、後は下がるだけ――。
 いいや、違うね。
 ――もう一人の俺が言う。
 俺は……レモネード騒動の時、何を考えた? 俺はまだ上り詰めちゃいない。まだ伸びしろはあるんだ。跡部さんや、手塚部長と同じく。
 そして、俺は、手塚部長には本当の意味で勝ったとは思っていない。
 俺もいつか、手塚部長と戦う。悪いけど、跡部さんなどにかかずらってる暇はない。
 あー、テニスがしたいな……。
 そういえば、この頃バタバタしてて忙しかったから忘れてたけど、俺、ここに来てからまだテニスラケットを持っていない。――夢の中でのプレイはともかく。
「ねぇ、跡部さん。テニスコートって、屋内にもあるって言ってましたよね」
「ああ、そう言えば言ったな」
「ちょっと借りてもいーい?」
「何だ? 俺様と対戦したいのか?」
「違うよ。跡部さんは忍足さんと料理してて」
 跡部さんはショックな顔をしてがっくりと肩を落とした。隣で忍足さんが跡部さんの背中をどやして元気づけようとしている。――苦笑いしながら。これが氷帝のキング、跡部景吾だなんて、大笑いだよね。でも――俺は手塚部長と戦いたかったんだ。
「――手塚部長。俺の挑戦受けてくれますか?」
「……俺と?」
 手塚部長はソファから腰を浮かしかけた。そして、ふっと笑って立ち上がった。
「ああ、いいとも」
 その顔は、いつもとは違う、柔らかい顔だった。そして、俺は気が付いた。手塚部長の言ったあいつとは、跡部さんでなく俺であったと言うことに。
「それから越前――俺はもうお前の部長ではない」
「ウィッス」
「これからの部長は――海堂薫だ。あいつを海堂部長と呼んでやれ。そしたら、他の部員も呼ぶようになるから」
 俺は少し間を置いてから、
「――ウィッス」
 と、答えた。何で桃先輩ではなく、海堂先輩を部長に選んだのかずっと謎だったけど、この頃やっとわかるようになった。海堂部長は決して贔屓をしない。その代わり、過度な罰も与えない。
 極めて妥当な選択と言える。
「あいつは俺よりいい部長になるだろう……」
 手塚部長――手塚先輩?は、ぞくぞくと身震いしているような、嬉しそうな顔で言った。
「手塚部長――これからも手塚部長と呼んでいいっスか?」
「駄目だ」
「何で?」
「けじめがつかなくなるだろう。これから俺のことは俺がいないところでも手塚先輩と呼べ」
「ウィッス。手塚先輩」
「うむ」
 ――手塚先輩は満足そうだった。でも、俺にとっての部長は、手塚部長以外有り得ない。

 そして、試合はタイブレークに入る。手塚先輩は本当に嬉しそうだった。
「行くぞ、越前!」
 試合は手塚先輩のマッチポイント。次で決める。そう思っただろう。――その時だった。
「うわああああああああ!」
 低い美声がテニスコートにまで響いた。
「な……何だ?!」
 手塚先輩が呆然としている間に俺は駆けていた。こういう時、すぐ動けるのは身軽だからだろうな――と思う。決してチビだからじゃないぞ。
「待て、越前!」
 その証拠に手塚先輩もすぐに追いついた。――台所で忍足さんが泣いていた。
「うっうっうっ、うぇっうぇっうぇっ」
 女子ならともかく、男としてはあんまり聴いていたくない泣き声だな。――跡部さんの泣き声は聴きたいけど。
「どうした! 忍足!」
 手塚先輩が忍足さんの肩を抱いた。
「どろぼ、どろぼ……」
「ああ。忍足が向日の為に作った料理がいつの間にかなくなってたんだよ。そんでこいつが泣いてたって訳」
 跡部さんが説明してくれた。なんかさっきと立場が逆だな……。

 ――三人のインディアン・ボーイ。

次へ→

2019.12.07

BACK/HOME