十人のインディアン・ボーイ 6

 ――五人のインディアン・ボーイ。

「あ、跡部、おかえ……鳳?!」
「や……やぁ……レモネードくれないかな。あっためたの。三人分」
「ああ。ミカエルさんがトランシーバーの修理にかかりっきりやから、俺が淹れたるわ」
「やり方わかるんですか? 忍足さん」
「阿呆。トランシーバーの修理に比べたらどうってことないわい」
 そう言って忍足さんは台所へ向かった。
 やがて、レモネードが三人分……あれ?
「忍足さん、ひとつ多い……」
「これはがっくんの分や」
「侑士……」
 向日さんのその目はデキる彼氏を持った彼女の物に近かったけど――忍足さんにどこまで伝わってるかはもうひとつ謎だな。
 なんせ、忍足さんは跡部さんが好きみたいだし――。でも、向日さんの彼氏になってくれたら、向日さんだって幸せになるし、忍足さんだって悪い気はしないだろうし、俺のライバルもいなくなる。
 ――つまり、八方丸く収まる。
 まぁ、それでも収まらないのが恋愛関係なんだけど。
 でも、向日さんの恋は間違いなく純愛だ。実って欲しい。
 向日さんがふはっと息を吐く。
「――侑士、旨いぜ。これ」
「がっくん……」
 忍足さんと向日さんが見つめ合う。よしっ! あと一押し!
「これで侑士はいつでも嫁に行けるな」
 向日さんは笑ってぽんと手を置いた。
「誰が嫁やねん。気色悪い」
 ――ほんとにね。ダメだこりゃ。
 にしても、お世辞抜きで本当に旨いや、これ。美味しそうな匂いもするし。――嫁に行かなくても、飲食店のバイトで食いつなげるな。
 忍足さん家はきっとお金持ちだから、バイトなんてしなくたって平気かもしれないけど。
「上達したぞ。忍足」
「ほんま?! 嬉しわぁ……!」
 跡部さんが褒めた時が一番嬉しそうじゃないか? 忍足さん。
 くっ……俺だってレモネードくらい淹れられるって……! ……やったことないけど。
「じゃ、そのお二方を宜しくお願いします。――手塚さんに不二さんも」
 不二さんねぇ……一瞬富士山を連想してしまったよ……。
「ああ、せや。アンタらの分忘れとったわ」
「いいよ。どうせわざとなんだろ?」
「んなことあらへん! アンタらがライバル校やからって、普段ならレモネード忘れたりせぇへんよ。ただ、ちょっと動転してしもて……」
「いいよ。忍足。――レモネードなら僕が淹れるから。手塚の分もね」
「いや、俺が淹れる」
「ムリしなくていいんだよ。手塚」
 そう言って、不二先輩はにこっと笑った。手塚部長の次の台詞が手に取るようにわかるようだった。
「お前は、その……あの乾汁を旨いと思う男だろ?」
「うん。だって、あれ本当に美味しいし」
「不二……何も言うな。お前はテニスも上手いしお前より有能なテニスプレイヤーと言ったら越前くらいのものだ」
 ? 何でそこに俺が出てくるんだよ。――手塚部長も訳わかんない。
 素直に『お前の作るレモネードは飲みたくない』って言ってしまえばいいのに。いつもみたく。
「お前のテニスの腕は誰よりも信用している。けれど、お前の味覚にはそのう……」
「つまりお前さんのレモネードは不味いだろうから飲みたくないんだと」
 ――跡部さんが直訳してどうすんの。俺としては面白いからもう少し様子を見ていたかったんだけど。
 俺はいつの間にかにやにやしていたらしい。手塚部長がちっ、と舌打ちする。これも初めて見た。
 不二先輩が絡むと、手塚部長は人間らしい表情を見せる。
 手塚部長……ドイツなんかに帰らないで、ずっとここで不二先輩の面倒見てなよ。その方がアンタらしいからさ。
 ――でも、手塚部長はきっと帰ってしまうんだろうな。……不二先輩の恋した男は、そんな男だ。
 俺だって、そういい男に恋したとは思っていない。跡部さんは女にだって手は早いし、金の使い方絶対間違ってるし、テニスでは俺に敵わないし――。
 でも、好きなんだ。どうしようもない。
 宍戸さんに恋をした鳳さんは偉いと思う。人を見る目があるなと思う。だけど、あの人も無茶するからな……。
 そういや、鳳さんはどうしたんだろう――。
 机の上に空になったカップが置いてあった。多分、鳳さんのだな。
 宍戸さんと鳳さんの仲はあけすけなような気もするし、正直わけわからなくてついて行けない時もある。けれど――。
 頑張れ! 鳳さん!
 相手を想う心が真実であるならば――。
 俺はアンタを応援するよ。
 俺は鳳さんがどこへ行ったのか詮索するのはやめにした。その代わり、忍足さんに、
「お代わりちょうだい」
 と、ねだった。ええよ、と、忍足さんが言う前に、向日さんが忍足さんを抱き寄せた。
「越前! 侑士に何か物頼む時には俺を通してからにするんだな」
 向日さんが体重をかけるので、忍足さんは、
「重いで……がっくん」
 と、文句を言っていた。
「レモネードのお代わり……」
「自分で作りな」
 ――やれやれ、恋に狂った男はしょうもないね。俺も経験あるからわかるけど。仕方ない。自分で淹れよう。
「あー、リョーマ。俺様のレモネードも……」
「自分で作りな」
 全く、甘やかされてふやけたボンボンめ。こんな男のどこがいい――越前リョーマともあろう者が。
 でも、惹かれるんだからしょうがない。どうして惹かれるのかわからないけれど。――それがわかったら、俺は恋愛の達人になれるかもしれない。
 でも、いいんだ。俺はテニスの達人で。
 親父は恋愛の方面でもお盛んだったようだけど、俺はああはなりたくない。
 何故って? 親父を超えたいからさ。決まってるだろ。
 そりゃさ、ムッツリなのは自分でも認めるけど――。
 でも、いいんだ。テニスで親父に勝つことが出来れば。恋愛面に奥手なところがあるのは(自分で言うか、と言われそうだけど)多分、母さん似だ。
 親父はスケベなくせして、テニスにはめっぽう強いからなぁ――でも、俺も強くなったよ。
 俺のテニスが上達したのは、今まで対戦してきたいろんな人達のおかげ。俺を支えてくれた仲間達のおかげ。そして、強敵(とも)のおかげ。
 そして――これはあんまり認めたくないんだけど――跡部さんのおかげでもある。
 親父は可哀想だよな。――現役時代は孤独だったって、いつだったか言ってたもんな。強過ぎるというのも、一種の業なのかもしれない。
 俺は発展途上だから、数々の仲間を作ることが出来たんだ。完成することなんて、きっと一生ないんだろうな。完成したらしたで、それはとてもつまらないことだろうし。
 目的は、歩く道々にあるんだ。
 ここにはいない人も、俺の大切な友達であり、ライバルであり、仲間だ。
 そして、テニスに出会えて、良かった。その辺に関しては、親父や兄貴に感謝だ。
「おう、レモネード……」
 そこで俺は物思いから覚める。――何だ、跡部さん、いたのか。
 俺は、昔の昔のそのまた昔のように、ふにゃりと笑った。跡部さんが「おっ?」という顔をした。俺は顔を引き締めた。
「――何?」
「いや、お前でもそんな顔するんだなぁって。レモネード、淹れといたぞ」
「あ――ありがと」
 跡部さんの作ったレモネードは飲んだことはないけど、舌は肥えているはずだからきっと旨いはず――そして、それはとても美味しかった。
「跡部さん、美味しいです――忍足さんの淹れたのより」
「なにぃ?! それは聞き捨てならんで!」
 忍足さんが言ったけど、気にしない。

 ――四人のインディアン・ボーイ。

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2019.12.05

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