十人のインディアン・ボーイ 5

 ――六人のインディアン・ボーイ。

「白石さんが、消えたって――?」
 最初、俺は忍足さんの言うことがよくわからなかった。
「おん。もう跡形もないんや……越前はぐーすか寝こけてたから、わからんかもしれへんけどな……」
 忍足さんの皮肉に、俺はムッとした。こう見えても俺は血の気は多い方なんだ。
「ぐーすか寝こけてて悪かったっスね!」
「まぁまぁ、越前、忍足も――」
 跡部さんが一生懸命執り成そうとしてくれる。アンタ、いつもそうやってたよね。派手なのも似合うけど、実は縁の下の力持ちも買って出る度量があって――。
 だから、氷帝陣はみんなアンタのことが好きなんだ――。
「坊ちゃま。警察に知らせた方が――」
「――そうだな。この吹雪の中、四人の人間が失踪してるんだ……よし、連絡しよう」
 ところが――電話は繋がらなかったようである。着雪した重みで電線が切れたらしい。
「どうしましょう、坊ちゃま」
「どうしましょうじゃねぇ。今はWi-fiという便利なものがあるじゃねぇの」
「そのWi-fiもどういう訳か繋がらないのですよ!」
「何だと……!」
 ビュウウウウウウウ……吹雪の舞う音がここまで聴こえてくる。
 そういえば、Wi-fiは突然接続出来なくなるというトラブルが起こることが多いと聞く。復旧までに時間がかかることもあると――。
「そしたら、俺達――遭難じゃねぇか……!」
 少し間が空いた。
「――そうなんですか?」
 忍足さんがけたけた笑っている。向日さんが忍足さんの向う脛を蹴って黙らせた。――よくやった! 向日さん! ――別にミカエルさんだってわざとダジャレを飛ばした訳ではないだろうから。
「白石さんはどこに?」
 こういう時はどんな話題でも、話題を変えるに限る。
「それが、さっぱりなんや――白石も何も言わずに出て行ったしな……」
「――出て行った?」
「……そう思っただけや」
「この吹雪の中を?! 自殺行為じゃないっスか!」
「せやからわからん! 俺は白石やない!」
 忍足さんがついにキレた。笑ったり怒ったり――忙しい人だな。
「――おい、俺は行くぜ!」
「宍戸さん?」
 あっ、そうだ。この二人もいたんだった。宍戸さんと鳳さんのコンビ。しかし、宍戸さんは相変わらず体当たりするなぁ……。
「駄目です。宍戸さん。ここであなたを行かせたら、今まで積み上げて来たものがパアになります」
「じゃあ、てめぇは幸村や真田、遠山や白石を見捨てろというのか!」
「そうは言ってませんけど――」
 宍戸さんが相手じゃ、鳳さんも大変だなぁ。
「吹雪でもWi-fiには影響はないと聞いたことはあるが――タイミングが悪かったな……」
 手塚部長の落ち着きの良さが、俺ですら憎くなった。
 まして、熱血少年宍戸亮さんには――!
「手塚! てめぇには青い血が流れてんじゃねぇのか?! この冷血動物! どうせてめぇにゃ赤い血は流れてねぇんだ!」
「済まない。――こういう時でも俺はこういう反応しか出来ない。けれど、白石らのことは本気で何とかせねばと思っている」
「手塚は……そういう男なんだよ。きっと、誰より熱い血が流れている。――でも、誰も彼のことはわからない。誰もわかってくれないんだ……」
 不二先輩が泣き始める。手塚が不二先輩の肩に手を置く。
「ごめん、ごめん。手塚――本当に泣きたいのは君だろうに――……」
「不二……」
「あいつら……トランシーバーは持ってたかな……」
 跡部さんは不思議なことを言う。トランシーバーを持って失踪する人間なんていないだろうに……。
「そうです。トランシーバー……!」
 ミカエルさんも急に張り切り出した。だが――。
「電源が入りません。……故障中です」
「何だと?! 新しいのに買い替えたばかりじゃねぇか!」
「ですが、現に故障してますので――……私も何とか直してみます」
「頼むぞ。全く――役立たずばかりだぜ……」
 跡部さんが落ち込んでいる。こんなの、滅多にない。――隠し撮りしようかと思ったけれど、今スマホが手元にない。
「俺は馬鹿だ……」
「跡部……?」
 不二先輩が心配そうに跡部さんの方を見る。
「初めからこんなこと計画しなきゃ良かったんだ。乗らなかったヤツらは正解だよ。――樺地がここにいなかったのが何よりの救いだな」
「跡部……! じゃあ、手塚は?! 越前はどうなってもいいって言うのかい?!」
「そうは言ってねぇだろ!」
「あ、宍戸さん……!」
 こんな部屋にはいられないのだろう。――宍戸さんは姿を消していた。
「俺も一緒に行きます!」
「リョーマ……リョーマ!」
 跡部さんの叫ぶ声が聴こえる。俺は足を止めなかった。
 けれど、玄関に宍戸さんの姿はなかった。絶対ここにいると思ったのに……! 跡部さんが、ぎゅっと俺を抱き締めてくれた。跡部さんに比べて、何て小さな俺の体……。
「済まん。俺のせいなんだ……」
 何で跡部さんのせいなのかわからないけれど、俺は跡部さんと目を合わせ、伸びあがって跡部さんの唇にキスをした。
「――……俺ってヤツは、とことん容易く出来てんだな。この瞬間の為だけに、俺は遭難しても――死んでもいいとすら思っちまった……」
 跡部さん……俺もっス……。
「跡部さん、跡部さん……」
 俺には何が何だかわかんないけど――それで跡部さんが静まるのなら、何回キスしてもいいと思った。
「何してるんですか?! 跡部さん! 越前さん!」
 鳳さんの声が聴こえた。いつも和み系で、こんなに鋭い声をこの人が出すのも珍しい。
「取り敢えず、ここから出られなくなったのはわかりました。――宍戸さんは、後で俺がここに連れて来ます」
「……ああ、頼む……」
 跡部さんも、人に頼むことがあるんだ。――樺地さんにも? 
 俺は一瞬樺地さんに嫉妬した。
「それより、ここは寒いです。早く居間に行かなきゃ凍死してしまいますよ」
「それはオーバーだろ……でも、居間であったかいレモネードが飲みたいと言うなら、賛成だな」
「ここには買い溜めした食料が沢山ありますので、少なくとも餓死はしません」
「それが救いだな。――て言ったって鳳……お前には慰めにもならんだろうが……」
「すみません。跡部さん。――宍戸さんの面倒は俺が見ます。あの人は、俺を認めてくれた人だから……それに、あの人は転んだってただじゃ起きません。滝さんとの対決の時もそうでしたでしょう?」
「ああ……そうだな……」
「宍戸さんのことは、俺に任せてください」
「わかった。そっちは任せる」
「――その前に温かいレモネードを一杯」
 鳳さんが微笑んだ。何だかよくわからないけど、問題解決したんだね。そうなんだね。
「お前もレモネードか?」
「――俺は、跡部さんの唇の方がいい……」
「ナマ言いやがって……この……」
 跡部さんが俺のことを軽く小突く。
「仲がいいんですね。お二人は」
「アホ。どこ見て言ってんだ――俺がこいつと仲良しごっこしてるみたいに見えるか?」
「どこからどう見ても仲良しですよ」
 ――そして、俺達は何だかハイになって笑った。

 ――五人のインディアン・ボーイ。

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2019.11.30

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