十人のインディアン・ボーイ 4
――八人のインディアン・ボーイ。
――七人のインディアン・ボーイ。
「だから、あいつはトイレ行くって言ったじゃねーの。あーん?」
跡部さんが言った。白石さんは続けた。
「それでも、まだ帰って来ぉへん――」
「心配すんな、白石――胃腸の具合でも悪いんだろ」
「金ちゃんは胃腸は丈夫な方や!」
そう言って、ソファにどっかり座った白石さんは親指を噛む。
「そんなに気になるなら、トイレに行ってみてやったらどうだ。案外そこで倒れてるかもしれねぇぞ」
「せやな――すまん跡部……」
「私からもお願いします」
ミカエルさんの言葉を背に、白石さんが肩を落としながら居間を後にする。いくら何でもトイレには監視カメラがなかったらしい。
――忍足さんの言う通り、外が吹雪いて来た。
これ、俺、知ってる――。確か、『かまいたちの夜』っていう、サウンドノベルに似てるんだ――。俺はいつもはテニスゲームしかしなかったけど、堀尾に、
「これ、面白いぞ~」
と、勧められたんだっけ。そんなゲームやってるより、テニスの練習でもしたらどう? ――と、俺は心安立てに憎まれ口を叩いたけど……。
でも、大好きなミステリだからやってみたらハマっちゃって……。
ゲームと違うのは、死体があるか、ないかだけか――。
連続失踪事件に巻き込まれると知っていれば、もっと堀尾に親切にすれば良かった。カチローにもっと真剣にコーチすべきだった。カツオの手伝いを真面目にやっておけば良かった。
みんな、いいヤツらだったのに――。
幸村さんだって、真田さんだって、金太郎だって、みんな、みんな――。
涙が溢れて来た自分の目元を手の甲で拭った。
「リョーマ……?」
何だろう。あったかい。跡部さんの――薔薇の匂いだ。俺は跡部さんに抱き締められていた。
「お前は考え過ぎなんだよ。――いつもは敵なしって顔してるくせに……」
「だって、みんなが心配で――あ、そうだ。跡部さんは『かまいたちの夜』って知ってます?」
「知ってるよ。一発で答えがわかった。――それと同じだというのか? 偶然が重なっただけだ。この現実世界じゃ誰一人として死んでねぇ」
「……どうして、そんなことがわかるんスか――」
「――お前、俺様のインサイトの存在を忘れてるな……」
とくん、とくん、とくん――。
跡部さんの胸の鼓動が聴こえる。幸村さん達には悪いけど、一瞬、「いなくなってありがとう」と感謝してしまった。
「跡部さん……?」
跡部さんは眠っていた。綺麗な寝顔。いつか俺の物にしたかった。勿論、今はそれどころじゃないけれど――。
「――あの、そこのあなた。あなたでいいですから毛布持ってきてください」
「あ――はい」
俺は使用人に伝えた。
警察に……通報しなくてもいいんだろうか……。
俺は考えて、それから笑い出しそうになった。まだ事件かどうかもわからないのに。確かに俺は跡部さんの言う通り、考え過ぎかもしれなかった。
――白石さんが戻って来た。ふらふらと。覚束ない足取りで。
「金ちゃんが……トイレにもいないんや」
「トイレはそこだけではありませんよ」
「ほな、俺そっちに行くで」
「お供します」
使用人Bが白石さんを案内する。白石さんはこの屋敷にはあまり詳しくない。それを言ったら俺もだけど。
「なんか、変な感じですね――」
「『テン・リトル・インディアンズ』や――」
鳳さんと忍足さんが喋っているのが聴こえた。
『テン・リトル・インディアンズ』――マザー・グースの歌だ。アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』も、この歌を元に作られたと言われている。
え? そうだよ。以前ぐぐってみたことがあるんだよ。
「今は三人目か――」
「やめろよ、侑士――まだそうと決まった訳じゃねんだから……」
「がっくん、知っとるか? 十人のインディアン・ボーイ……」
「知らねぇし知りたくもねぇよ! これ以上変なこと言ったらスネ蹴り上げるぞ!」
「……すまん」
あっちはあっちでモメてるな――でも、いつものように面白がることは出来なかった。せめて、堀尾でもいれば……。
それか、竜崎桜乃。
あの娘が好きだった。女の子の中では一番。――その次が小坂田か。
竜崎のどん臭さが好きだった。いつもおどおどしてるけど、何とか変わろうと頑張っている姿を見るのが好きだった。
そりゃ、跡部さんには敵わないかもしれないけど――。
でも、あの竜崎スミレ先生の孫かと思うくらい、可憐で、いい娘だったんだ――。
このこと、跡部さんに言ったらどんな反応するかな。少しは妬いてくれるかな……って、跡部さんに言ってもしょうがないじゃないか! 竜崎本人に伝えなければ……。
無事帰って来たら、竜崎に告白しよう。
跡部さんと結ばれるなんて、そんな夢はもう見ない。だって、男同士だから。
そんなことを考えながら、俺は空いているソファで眠りについた。
「ボウヤ……」
――え?
俺をこんな風に呼ぶ人は一人しかいない。俺がどんなに嫌がってもそう呼ぶのを辞めない人――。
「もしかして――幸村さん?!」
「あ、わかったかい? ボウヤ。――ラケバ持って来なかったのかい? せっかく一緒にテニスしようと思ったのに……」
「お、俺も……」
「楽しそうだな」
「真田さん!」
何だ。二人でぐるになって俺を騙しただけか。確か、アニメにもそういう話があったなぁ……。その頃はまだ生まれてなくて、俺の観たのは再放送だったっけ。
「イェーイ! コシマエー!」
「金太郎!」
「待ってたで。早くテニスやろうやないの」
「ちょっと待って……ラケットが……」
「ラケットなら……俺のを……貸して……」
映像が不鮮明になる。アナログ時計が目に飛び込んでくる。今、二時――。また、とろとろとして――俺は夢の中に再び入って行った。
――どんな夢見てたんだっけ。すごく楽しい夢だったのはわかっている。確か、幸村さん達とテニスで遊んでたんだよな……。
あ、ここ、俺の部屋? というか、俺にあてがわれた部屋?
誰だろう。この部屋まで俺を運んでくれたのは……何だか懐かしい匂いがする……。
ああ、跡部さんの匂いだ――。俺は毛布の匂いをくんくん嗅いだ。
ここは何階でどこの部屋なのかも知らない。ただ、きっと、ここまで俺を運んでくれたのは跡部さんだ――。
跡部さん……。
ごめん、竜崎。俺、跡部さんを忘れることは出来ない。この気持ちはきっと墓まで持っていくだろう。
けれど、それでも良かったら、アンタと――。
あ、荷物もある。昨日の服着るのは何だか縁起が悪そうだから着替えよっと。
コンコンコン。――ノックの音がした。
「越前様――お目覚めになられましたか?」
若いメイドの声。俺は胸が弾むのを押さえて言った。
「うん! もう、バッチリ!」
階下では騒ぎが起こっていた。
「どうしたの?」
「ああ、越前――あんな? 白石が消えたで」
――六人のインディアン・ボーイ。
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2019.11.24
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