十人のインディアン・ボーイ 3

 ――八人のインディアン・ボーイ。

「二人とも部屋に帰ったんじゃないですか? 今日は寒いですし」
 鳳さんの言う通りだと思う。俺も頷いた。
「そっか……植物園は適度な温度に保たれてんだけどな……」
「金ちゃん。いずれにせよ、俺達の植物園デートは明日や」
「ワイ、お菓子とお茶の方がええなぁ」
 金太郎の言葉に俺はつい吹き出してしまう。金太郎はここでのムードメーカー的存在になっている。確かに、俺もお菓子とお茶の方がいい。跡部家のお茶は美味しいしいい匂いだし――。
「そうだよな。……おい、手塚。サボテン。これ、お前にやる」
「いや、もらったところで俺は……」
「察しが悪いな。――不二を見ろよ。あの嬉しそうな顔。お前の手で渡したらますます喜ぶぜ」
「そ、そうか……不二、少し早いが、クリスマスプレゼントってところでどうだ?」
 いつもニコニコしている不二先輩。その先輩の目が開く。その青い目に明るい火が灯る。
「ありがとう……手塚」
「いい雰囲気じゃねぇか。そっとしといてやろうぜ」
「待てよ。宍戸。こういうのはギャラリーが多い方がいいんだ。ちっ、樺地やジローや日吉もいたら面白かったのにな」
 ――それに滝も。そう小さな声で跡部さんが言ったのを俺は聞き逃さなかった。
「いいか。手塚。そのサボテンは元々は俺様の、なんだからな」
 ――跡部さん、一言多い。黙っていれば見直してあげたのに。
「俺もサボテン欲しいぜ」
「……自分で買え」
 宍戸さんには冷たい跡部さん。
「それに、黙っていてもサボテンをプレゼントしてくれる野郎がおめーにはいるだろうが」
「宍戸さん! 後でいいサボテンを一緒に選びましょうね。お金は俺が出しますから! クリスマスプレゼントですよ!」
「――いいのか? 長太郎」
「はい!」
 なんだかラブラブな雰囲気。ちょっと羨ましいかもなぁ……なんて思いながら跡部さんを見遣ると――。
「あーん? 何だリョーマ。欲しいものがあんのか?」
 ちぇっ、跡部さんたら。俺が何が欲しいか知っているくせに。俺は――そうだなぁ……跡部さんが欲しいかな。笑われるかもしれないけれど。
 楽団が演奏を始める。ムードが嫌が上にも高まる。
「ワイ、おしっこ~」
 ……ムード壊すな。金太郎。
「王様、トイレどこ?」
「ここ抜けて左!」
「おおきに!」
 このバイプレイで、跡部さんもかなり苛立ったようだった。でもしょうがないよね。あれが金太郎なんだもん。ムードを作ることもあれば、壊すこともある――あれが両刃の剣ってヤツかな。
「あの……」
 ミカエルさんが口を開く。何だってんだろう。演奏がぴたりとやんだ。
「部屋を見ましたがね――お二人ともいないんですよ」
「鍵かかってんのにどうしてわかるんだよ。あ、そうか。監視カメラ」
 げっ?! そんなのまで取り付けてんの? いくらお金持ちだからって――。
 まぁ、VIPが泊まるならわかるけど、今夜泊まるのは俺達だよ。監視カメラなんて必要ないじゃん。
「俺ら、見張られてた訳やね」
 白石さんがうんざりしたように溜息を吐いた。
 そーだそーだ。白石さんの言う通りだ。
「いえ……監視カメラは今回はオフにしてあります。まさかこのような事態が起こるとは思わなかったですし……」
「そ……そうか……」
 跡部さんはいささかほっとしたようだった。俺も何とはなしにほっとした。
「けど、今は――」
「そうだな。作動させておいた方がいいかもな。――んで? 幸村と真田がいないって、どうしてわかった?」
「ドアにも鍵はかかってなかったですし――お二人の部屋はもぬけの殻でした」
「街にでも繰り出したんじゃねーのか? 今はクリスマスシーズンだろ」
「坊ちゃま……街までどのぐらいの距離があると?」
 そう――ここは人里離れた山の中。こんなところに別荘建てるのは跡部家しかないよね。
「仕方ねぇなぁ――ミカエル。今度からはよく見張ってろ。後の者はあいつら見つけたら俺に知らせるんだ。いいな」
「はい!」
「ねぇ、跡部さん」
 俺は跡部さんの袖をくいっと引っ張る。
「――何だ?」
「俺、これは事件だと思うよ」
「……そうだな」
 跡部さんの唇が笑みの形に歪む。俺の言うことを信じていないのか、はたまた何か知っているのか――。
 人里離れた別荘から二人が失踪したんだ。只事である訳はない。
 ――だから。言ったでしょ? 俺はミステリが大好きなんだと。尤も――何もない可能性も高いけれど……。
「跡部さん。この家、部屋どのぐらいあります?」
「ざっと60だ」
 気の遠くなりそうな部屋数……。好奇心旺盛な幸村さんと真田さんの二人がかくれんぼして遊んでいる可能性も充分あるな――。
「もしかして迷子になってたりして……」
「俺もそれは考えた。だが、真田はともかく、幸村がそんなへまをするだろうか」
「――真田が可哀想だな」
「ええ、本当に」
 宍戸さんと鳳さんは真田さんに同情したらしかった。――真田さんはいい人だけど、こういうところでは信用ないんだな。俺もちょっと真田さんが可哀想に思う。
 大体、屋敷内を探検したい、と言ったのは幸村さんである。俺は幸村さんに同情は出来ない。例え、本当に迷子になっていたとしてもだ。
 それとも、もしかするともしかして――。
「あの二人、まだ逢引してんのかな」
「その可能性も充分ある。――おい、ミカエル」
 ミカエルさんはトランシーバーを持っている。
「――いえ、え? あの二人がどこにも……?」
「嫌な予感が的中してきたぜ」
「脅かすなよ、侑士……」
 ミカエルさんの言葉に、忍足さんと向日さんがひそひそ声で囁く。
「――イヤな風も出てきたで……」
「だから、やめろって……ここで吹雪なんぞになってみろ。侑士が吹雪を呼んだって叫んでこの家ん中走り回ってやっからな」
「そないなことしてどないすんねん――」
 確かに、そんなことをしてもあまり意味がないように思う。
「手塚。――僕達も探そう。テニスではあの二人に世話になってる」
「真田と幸村をか。よし。俺も協力しよう」
「あんまり散らばらない方がいいですよ」
 不二先輩と手塚部長の提案はミカエルさんにあっさり一蹴された。けれども、手塚部長は言う。
「屋敷内を自分なりに歩いてみるだけです。植物園にいないことはわかりましたから」
「もしかすると植物園に舞い戻っているかもしれないし――」
「でも、先輩――さっきはなくて今はある物がありますよ」
 俺は先輩達に言った。
「何だそれは」
「監視カメラ」
「そうです。――だから、手塚様と不二様は我々に任せて安心して休んでください」
 ミカエルさんが手塚部長達を説得しようとする。先輩達の侃々諤々の議論を後目に、白石さんが呆然としたように言った。
「金ちゃんがまだ戻って来ぉへん――」

 ――七人のインディアン・ボーイ。

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2019.11.17

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