十人のインディアン・ボーイ 2
――九人のインディアン・ボーイ。
金太郎がポーカーを覚えたと言うので、俺が相手になってやった。――と言っても、ただじゃないけど。
お菓子がかかっているから、勝負は真剣だ。
「よっしゃあ! フルハウスや!」
「――ロイヤルストレートフラッシュ」
「えー? 何でコシマエばかり強いのん?」
「リョーマがインチキしてるんじゃねぇの?」
跡部さんが憎まれ口を叩く。――失礼な。
「人生ブラフばかりで生きて来たような跡部さんには言われたくありませんね」
「俺様のは実力だ」
「いーや。跡部。越前の言うように、お前はいつもブラフばかしだ」
宍戸さんが参戦する。
「し……宍戸さん……それはあまりにも跡部さんに失礼かと――」
鳳さんは中学二年。宍戸さんよりひとつ年下なのに、宍戸さんよりしっかりしているところもある。父親が弁護士だというから、その影響もあるんだろうか。
「――宍戸。言っていいことと悪いことがある」
「最初に言ったのは越前だぜ」
「俺様が失言したからリョーマが怒ったんだ」
――何だ。跡部さん、自分の立場わかってんじゃん。
「ま、だからと言って謝る気にもなれんけど」
……前言撤回。
「もう一回。もう一回や」
「このマドレーヌ食べ終わってからね」
俺がもぐもぐと口を動かす。
「どうした? 侑士」
忍足さんが窓を黙って見ているので、向日さんが声をかける。
「――なんかイヤな予感がしてしゃーないんや」
「考え過ぎだろ。――おい、ポーカー俺も混ぜろよ」
「いいスけど……」
忍足さんは未だに窓の向こうを見ている。確かに景色は絶景かもしれないけれど。
――俺は紅茶を一口、口にした。芳醇な香り――と不二先輩なら言っただろう。飲んだことのないような味だ。
「アッサム・ティーだ」
跡部さんが言った。俺はちょっとびっくりした。心の中を読まれたようで。
「あ、跡部さん?」
「旨いだろう」
跡部さんがにやりと笑った。俺は溜息を吐いた。それから、俺もにやっと笑ってみせた。
「そうっスね」
「アッサム・ティーは好きか?」
「え? 初めて飲んだからわからない……」
「そうか。俺様は好きだ」
――そのまま俺達は黙ってしまった。何か話したいことがいっぱいあったのに……話したいことが……。
だが、それは空気となって紅茶の中に溶けてしまった。
「おい、越前。ポーカーやんだろ? クソクソ跡部なんかほっといて一緒に遊ぼうぜ」
――やれやれ。向日さんは顔は可愛いのに、口は悪いんだから。尤も、口が悪いといえば、跡部さんもそうなんだけど。ブルジョアのくせに。
居間は暖かい。ボイラーのおかげだと、跡部さんは言った。
「なに仲間外れにしやがる。俺様も仲間に入れろ」
「ほら。やっぱり跡部もポーカー一緒にやりたかったんだよ。素直じゃねぇよな」
――向日さんが笑って言う。俺も笑った。素直じゃないところが可愛いんだよ。跡部さんは。その跡部さんが不機嫌と一目でわかる顔でソファに座る。
ポーカーは俺の一人勝ち。俺には幸運の女神がついているに違いない。あ、でも、跡部さんを捨てる訳じゃないよ。幸運の女神……竜崎……。
竜崎桜乃。あれはどっちかってーと巻き込まれ型だね。でも、成長したらいい女になるかもしれない。……でも、俺には跡部さんが……。
「なかなか面白そうではないか」
真田さんの一言で俺は我に返った。
「真田さんもやる?」
「いや、俺はいい。西洋の遊びはわからんのだ」
はぁ……確かに、真田さんには花札の方がイメージに合ってるよね。
「幸村はまだ帰って来んのか?」
「あーん? 幸村のこと気掛かりなのか。おめー」
跡部さんは真田さんのウィークポイントを楽し気に突く。跡部さん、アンタつくづく性格悪いね。そんな跡部さんを好きな俺自身もどうかしてると思うけど。
「幸村だったら心配いらねぇよ。植物園にでも遊びに行ってるんじゃねぇか?」
「ああ、そういえば、植物園らしき建物があったな」
「うん。かなり広そうだった」
俺も会話に混ざる。
「幸村は植物が好きやからなぁ――不二とおんなじで」
と、白石さんが言う。
「僕は植物ではサボテンが一番好きなんだ。後で新種のサボテンを譲り受ける約束をしてるんだ。跡部とね」
不二先輩も入って来た。手塚部長は一生懸命本を読んでいる。その時の手塚部長は、すごい絵になる。
この別荘、跡部さんじゃなくて、手塚部長のものじゃない? ――そう疑問に思ってしまう程、しっくり様になっている。
手塚国光――手塚部長はドイツに行ってたんだけど、この間帰って来た。でも、休みが終わったらまたドイツへ帰るんだと。不二周助先輩は手塚部長の想い人で、不二先輩も手塚部長が好きなんだ。
まぁ、二人とも今は俺の監視役ということで意見が一致している訳だが、彼らはなかなかすれ違いも多い。けれど、不二先輩が微笑めば、この二人は仲直りするんだ。
「いいサボテンが手に入ったからな。不二。お前にやる。どれ、ちょっと持って来るか?」
「――ゲームが終わってからでいいよ」
くすっと笑いながら不二先輩が言う。ああいう笑い方は不二先輩とか幸村さんとかにしか似合わない。不二先輩と幸村さんは似ているかもしれない。
俺達はポーカーを続ける。でも、飽きたから、俺は跡部さんにこう訊いた。
「ねぇ、跡部さん――テニスコート、この別荘にもあるよね」
「勿論。屋内にも屋外にもあるぞ」
金って……ほんと、あるところにはあるなぁ……。ちょっと感激を通り越して呆れてしまう。
時間は六時を過ぎようとしていた。
「皆様、もうすぐ夕食の時間でございます」
ミカエルさんが恭しく言った。
「あ、そうなの?」
「ほな、ワイはこの旨い菓子夕食の後に食べよっと」
――どこまで食い意地はってんだろ。金太郎……。
「俺は植物園を見に行く」
そう言って真田さんは出て行った。あ、そうだ。幸村さんがいないんだった。でも、俺は、何だか幸村さんは植物園にいない気がした。
――俺達は夕食を囲んだ。真田さんは帰って来ない。
「ねぇ、あの二人、植物園で何やってんの?」
「無粋なこと訊くんじゃねーよ、リョーマ」
そっか……あの二人、植物園でデートか。いいなぁ。
「植物園でデート……ええなぁ……」
俺と同じ意見の男がいた。白石さんだ。
「ワイ、動物園の方がええ」
「金ちゃんは動物好きやもんな」
頭も動物並みだしね――白石さんが聞いたら怒るようなことを考えてしまった。金太郎は怒らない。ああ見えて懐の深いヤツだから。
「おい、幸村と真田の分残しとけよ。呼んで来るから」
そう言いながら、跡部さんは居間を後にした。――そういう時こそ、ミカエルさんとかに任せておけばいいのに。
でも、肝心な時は一人で動く跡部さんだからこそ、俺は好きになったんだ。軽井沢での恩は忘れない。
――数十分後、跡部さんは帰って来た。そして、真っ青な顔をしてこう言った。
幸村も真田も植物園にはいなかった、と――。
――八人のインディアン・ボーイ。
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2019.11.14
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