十人のインディアン・ボーイ 1

 ――十人のインディアン・ボーイ。

「あ、見えて来た見えて来た。あれでしょ? 跡部さんの別荘」
 俺は窓を開けて跡部さんを探した。――彼に招待されたからだ。この別荘に。
 それにしても、金ってのは、あるところにはあるんだなぁ……。
「全く――別荘に呼ぶなら呼ぶで、何でこのメンバーやねん」
「いいじゃん侑士。楽しそうだ」
 侑士、と呼ばれたのは忍足侑士さん。呼んだのは向日岳人さん。共に氷帝の三年生。クラスは違うけど、跡部さんと同学年なんだ。
「そうだね」
 不二先輩がくすっと笑う。久しぶりに手塚部長に会えて楽しそうだ。手塚部長は何を考えているのかさっぱりわからない仏頂面をしている。
「まさか俺達まで招待されるとは思わなかったなぁ」
 幸村精市さんはご機嫌だ。
「――俺も忍足に賛同したくなってきたぞ。仁王は?! 柳は?! 赤也はどこにいる!」
「ちょっと黙り給え真田――みんな忙しいんだよ。この時期だからね」
 真田弦一郎さんは幸村さんに頭が上がらないのだ。幸村さんが反論しながら一瞥をくれたので黙り込む。
 それにしても、何でこんな寒い場所を別荘地に選んだんだろう。金持ちのすることはわからない。――俺の家もそりゃ、貧乏じゃないけどさ。
「ワイは来て良かったでぇ。コシマエと一緒やもんなぁ」
 俺は『エチゼン』なんだけど――。越前リョーマ。青春学園一年。一年生の中では一人だけのテニス部のレギュラー選手でもある。チビだからって、彼らに負けないよ。
「金ちゃん、越前といるのがそんなに楽しいんか?」
 と、白石蔵ノ介さん。そうそう。俺をコシマエと呼ぶのは遠山金太郎。四天宝寺中一年。この俺とどっこいどっこいの背丈だ。それだから、親近感を持っているらしい。
「楽しいでぇ。なぁ、コシマエ。王様の別荘にはテニスコートぐらいあるやろ。な?」
 ――懐かれてしまった。
「多分そうだと思う」
 俺はトレードマークの白い帽子をかぶり直して、そう答えた。
「わくわくしますよね。宍戸さん」
「ああ。長太郎。お前と一緒なら誰にだって負けねぇぜ!」
 宍戸亮さんと鳳長太郎さんが話し合っている。あの二人、仲いいよね。因みに彼らも氷帝。
 不二先輩と手塚部長は俺と同じ青学なんだ。
 バスが止まった。跡部さんがやって来る。
「跡部さん!」
 俺はそう叫んで跡部さんに抱き着く。バスの中はカップルばかりでやんなっちゃうよ――跡部さんからは薔薇の香りがする。跡部さんは氷帝中等部の三年生。俺より二つも年上だ。フルネームは跡部景吾。
「越前――跡部、嫌そうやで」
 忍足さんと向日さん。このメンバーで唯一カップルでないのはこの二人だ。尤も、向日さんは忍足さんのこと好きみたいだけど……。
「あんまり妬くなよ。侑士」
「やって、跡部が……」
 そう、忍足さんは跡部さんが好きなんだ。でも、跡部さんは俺のものだもん!
「あいつらはほっとこうぜ、リョーマ。お前ら、寒いから中に入れ。忍足に向日。お前らもだ」
 跡部さんが命令する。
「――まぁ、しゃーないわな」
「中で思いっきり温まろうぜ」
 ――忍足さんと向日さんは、意見が一致したようであった。充分仲いいと思うんだけど、何でまとまらないのかなぁ。あの二人は。
「今回はここで合宿なんだろ?」
 と、幸村さん。
「合宿ぅ? そんなもんじゃねぇぜ」
「はい。皆様が遊びに来て下さると坊ちゃまがおっしゃってたので――私は嬉しいのです。こんなに坊ちゃまに友達が増えて……」
 俺は、跡部さんの友達じゃなくて恋人だよ。
「おい、跡部にしがみついとるガキ、何とかせんかい」
「いーじゃねーか。俺達も真似しようぜ」
「何てんご言うとんねん。頭痛うなって来たわ……」
 ――無駄に神経質な忍足さんがそう言う。そうそう、真似すればいいのに。向日さんも。……ただし、しがみつくのは忍足さんにしてね。
「俺にはあの真似は出来ないなぁ」
 幸村さんが笑っている。
「そうだろそうだろ」
「手、繋がない?」
「ここでか? ――幸村、貴様には恥という概念はないのか」
「今更何気取っちゃってんのさ、真田」
「宍戸さん。腕組みましょう腕」
「何でだよ。――やだよ」
「いいからいいから♪」
「助けて~」
「あーあ。前途多難やなぁ、金ちゃん」
「王様、コシマエ、テニス……」
「金ちゃん……俺とテニスとどっちが大事なん?」
「テニスに決まっとるやろ!」
 金太郎の発言に白石さんはハンカチの端を噛みながらよよよ、と泣いている。
「失礼します」
 手塚部長は流石の貫禄。隣に不二先輩がいるからかな。
「おー、手塚、待ってたぜ」
 あ、不二先輩の眉が歪んだ。
「跡部……僕もいるんだけど」
「――不二。ついでにてめぇも歓待してやる。来い」
 跡部さんがちょい、と手をやる。わぁっ! すごい部屋! ミステリとかでは必ずこういう部屋出てくるよね。――俺、ミステリ好きなんだ。
 でも、あれ……?
「ねぇ、ミカエルさんだっけ? あの暖炉使ってないの?」
「あれは飾り物ですので」
「何だぁ、使えないんだぁ。跡部さんと一緒で」
「何だとこのクソガキ……」
 事実を言ったまでなんですけど。そういえば――。
「跡部さん。樺地さんは来てないの?」
「ああ、あいつか。親戚が遊びに来るって言ってたぜ。いとこ達が休み中ずっといるそうだ」
 そっかぁ、俺にとってはチャンス到来って訳だな。
「越前。変なことは考えるなよ。跡部。俺と不二がついてるから、越前に関しては大丈夫だ」
「そうだよ、ね。越前」
 ――ふん。出し抜いてやる。
「わぁ、見て見てこの内装。……跡部、ちょっと探検していいかな」
「どうぞどうぞ」
 幸村さんの言葉に跡部さんは気のなさそうに答える。
「皆さん、居間の方へどうぞ」と、ミカエルさん。
「え……っ、ここ、居間じゃないの?」
「御冗談を」
 ミカエルさんが笑った。こんなに立派な部屋があるのに、まだもっと広い部屋があるの?
「こちらです、どうぞ」
「わぁっ!」
 俺達は歓声を上げた。クールで鳴らした俺でさえそうなんだから、金太郎は――。
「わぁ、このソファ、ふかふかやねん!」
「金ちゃん。そんなに飛び跳ねたらあかんて」
 白石さんが金太郎を抑えにかかる。――大変なんだな。白石さんも。毒手という手はもう使えないし……。
 まぁ、そんなこんなで、俺達は広い居間で楽しい時間を過ごしていた。――けれど、幸村さんはいつまで経っても帰って来なかった。

 ――九人のインディアン・ボーイ。

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2019.11.13

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