いつか思い出になる日が来ても 8

 跡部さんと登校すると、嫌な喧騒に巻き込まれた。
(あ、転校生の山本だ)
(跡部さんに媚び売ってる。そんなことしても無駄なのにね)
(りっちゃん、跡部様が好きだって言ってたじゃない)
(昔の話よー)
 いろいろなところからいろいろな呟きの礫。
 思わず跡部さんを見たら、跡部さんは、
「無視しろ」
 と前を見据えながら言った。すごいな。跡部さんは。私だったら到底耐えられない。
 私がそんなに傷ついていないのは、きっと傍に跡部さんがいるから――。
「おい、山本」
 宍戸君が声をかけてきた。とても頼りになる兄貴って感じ。きっとモテるんじゃないかな。
(あ、宍戸だ)
(宍戸君は跡部派だもんねぇ)
 また囁きが聞こえる。跡部派って――そんな派閥いつ出来たんだ。
 転校してきたばかりの私にはわからないことが多過ぎる。
「どうした。宍戸」
「あ、跡部。山本ちょっと貸してくんねぇか?」
「いいぜ。――山本、宍戸と一緒に行くか?」
「私に用があるなら」
「だ、そうだ。授業までにはちゃんと返せよ」
「わかってるって。どうせすぐ終わる」
 私は宍戸君と屋上に来た。――いい風。私のひとつに纏めた髪が風に舞う。
「あのな、山本。こんなことは言い辛いんだけど――特にお前はまだここに来たばっかだし――」
 何だろう。宍戸君。
「お前、跡部好きか?」
 そうね、好きか嫌いかと言われれば――。
「好きよ。友達としてだけど」
「そっか。そうだよな」
 宍戸君はほっとしたようだった。
「あのな――跡部、クラスで孤立してると思わねぇ?」
「それは思ったけど――」
 昨日、充分身をもって知りました。
「でも、少し前はあんな風じゃなかったんだ」
「へぇ……」
「跡部は頭も良くて運動神経も抜群で、俺らの頼れるリーダーで……皆跡部のことが好きだったんだ……」
 なるほど。――ちょっと口が悪いけど、それも親しみを持てるよね。
「私、跡部さんはいい人だと思う」
「だろ? 跡部は変わってないけど、周りが変わっちまったんだ……。跡部、この頃よく寂しそうにしてるんだ。俺の気のせいだといいいんだけど――」
「うん」
「でも、跡部はああいう性格だろ? 俺達に頼ろうとしねぇ。ったく、水臭いヤツだぜ」
 確かに、そういうところもあるんだろうな。私にはよくわからないところもあるけど。
 跡部さんは宍戸君とは仲いいはずだ。そして、宍戸君はきっと跡部さんを心配してるんだ……。
「宍戸君は跡部さんを心配しているの?」
「そうじゃねぇ。気にかかってるだけだ」
「おんなじじゃないの」
「むが……ん……だからな、山本には跡部のいい友達になって欲しいんだ」
「いいわよ」
「済まねぇ。こんなこと、本当は転校してきたばかりのお前に相談することじゃねぇんだが」
「どうして?」
「だってお前――跡部と一緒に陰口叩かれるかもしれねぇんだぜ」
「そんなの、とっくに叩かれてるわよ」
「後、クラスメートの嫌がらせとか……」
「跡部さんだって耐えてるんでしょ? 私なら平気よ」
「――お前、何で青春学園辞めたんだっけ?」
「……私は逃げたから――」
「嘘だろ?」
 宍戸君は目を丸くした。
「でも、そうなんだから――」
「お前が逃げて来たなんて、そんなことある訳ねぇ! お前みてぇなつえぇヤツが――」
 宍戸君、お宅私を買い被り過ぎよ。
 でも、強くなったと言われれば、そうねぇ――。
「私、もう逃げないと決めたから」
「そうか、それでか――」
 宍戸君が納得したように笑顔で頷いた。
「俺はクラスが違うから、あんま力になれねんだけど――跡部のこと宜しく頼むな」
「勿論よ」
 そう言ってガッツポーズ。
「お前がここに来てくれて良かったよ。青春学園のヤツらには悪いけどな」
「青春学園にはスミレ先生もいるから、大丈夫よ、きっと――」
 私だって気に病んでない訳じゃない。でも、スミレ先生に任せれば安心よね。一応は。
 それに、越前君だっていつもの調子に戻ってたじゃない。あんな目に遭ったんだもの。――少し人間不信にはなったかもしれないけど。
 でも、越前君だって跡部さんのことが好きなんだから――。
 跡部さんは氷帝。越前君は青学。距離があるから、そこのところは私がフォローしてあげないと。
 私は跡部さんのクラスメートだもんね!
「わかった。それとなく跡部さんの様子も見てあげるわね」
「おう! やっぱりお前、いいヤツだな」
 宍戸君と私は連絡先を交換した。
「あんま、お前に頼るのも気が引けるんだけどな」
「うん……」
「何かあったら俺達が護るから」
「ありがとう」
「俺も本命がいなかったらお前に惚れてたかもな」
 ――あ。
 私は今朝の跡部さんの様子を思い出していた。誰か本命いるのかな。跡部さんにも。だったら応援するけれど――。
「樺地も頼りになることはなるが、いかんせん学年が違うもんな。――山本。クラスまで送ってくぜ」
「え? いいの?」
「ああ。あいつら、俺達のことはあまり敵視してないから。跡部に騙されてるだと? ふざけやがって!」
 宍戸君は壁にあたった。何かを思い出したのだろう。跡部さんに対する悪い噂に関する何か――。
「――ああ、びっくりさせちまったな。あいつら、本当はいいヤツらなんだ。……多分な」
「……青春学園の人達もいい人達だったわ」
「普段はいいヤツら。けれど、イジメに加担することもあるって訳だ。俺も、跡部のことよく知らなかったらどうしてたかわかんねぇし」
 宍戸君は正直でいい人だ。
 私も跡部さんのことは信じることにした。
「お前のこと、長太郎達に話していいか?」
「いいわよ」
「じゃ、行くか。――あ、そうだ。後で猫の墓に連れてってくれよな。お参りしてぇから」
 そろそろSHRの時間だ。廊下には跡部さんが一人佇んでいた。廊下には私達以外、誰もいなくなっていた。
「おう、宍戸に山本。話は済んだか?」
 まぁな――跡部さんにそう言って宍戸君は自分のクラスに向かう。私も跡部さんと一緒にA組に入って行った。

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2017.3.30

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