いつか思い出になる日が来ても 6

 跡部さんと別れた後、私は越前君としばらく無言で歩いていた。
 私の家は氷帝より青学の方が近いくらいなのだ。だから、最初は青学にしたんだけど――。
「ねぇ」
 越前君が声変わり前のアルトの声で話しかける。
「な……何? 越前君」
「山本先輩……跡部さんとどういう関係?」
「ああ。一緒に猫のお墓作って親切にしてもらって――それから……とにかくそれだけの関係」
「ふぅん」
 さくさくさく――と私達は歩いて行く。私は風の中に秋の香りをきいた。
「山本先輩、俺、山本先輩が羨ましいっス」
「へ? 何で?」
「――女だから」
「何それ」
「まぁ、これだけじゃわかんないっスよね」
 ううん。わかってる。越前君が跡部さんに惹かれ始めていることを。私も――おんなじだから。
「俺、跡部さんが好きっス」
「――うん」
「こんな話聞いても、変に思わない? 気持ち悪いとか思わない?」
「思わないよー」
 越前君は意外と人の目を気にする質なのかな?
「俺、山本先輩だったらわかってくれると思うから言ったっス」
「うん。ありがと」
「跡部さんは女好きっスよね。ナンパされた娘もいたらしいし」
 へぇ~。跡部さんがナンパねぇ……。ナンパしなくても女の子の方から寄って来そうなものなのに。
 あ、でも……最近はそうでもないのかな。跡部さんに対して変な噂が流れているようだから。
「ねぇ、越前君。これだけは約束してくれないかな」
「何スか?」
「何があっても跡部さんを信じること」
「先輩……何か知ってるんスか?」
「うーん……知ってるって言うか――ま、跡部さんの周りでもいろいろあるようだから」
「――……俺、跡部さんを信じるっス! ナルCで口悪いし人たらしでどうしようもない人だけど、悪い人じゃないっス!」
 越前君……本当に跡部さんのこと好きなのかしら。
 まぁ、悪い人でないっていうのは私も同感ね。今日だって猫のお墓一緒に作ってくれたし、十字架だって――。
「でも、山本先輩も知ってること教えてくれないと――」
 そうねぇ、知ってることって言ってもねぇ……。
「クラスの子達がやたらと跡部さんを悪く言ってたわねぇ……」
「それ、知り合い?」
「名前は覚えてないけど、私に近付いて来た人達がね」
「アンタ、結構言うね」
「どうも」
 あ、それから――。
「放課後にも変な人が来てね――跡部さんのことを男好きだって言ったの」
「それ、ほんとっスか?」
「……瞳が輝いてるわよ。越前君」
「あ、すんません。でも、跡部さんが本当は男好きだったら、俺にもチャンスあるかも――」
 ふふふ……と笑い出す越前君に、私は少し引いた。
 まぁ、確かに越前君は可愛いし、ぱっと見男装の女の子と言っても通じるかもしれないけど――やっぱりちょっと……複雑だな。
 越前君は竜崎さんと両思いなんだとばかり思ってたけど。
「越前君、竜崎さんは?」
「――え? 竜崎? 竜崎がどうかしたの?」
 ……可哀想な竜崎さん。きっとあの子、越前君のこと好きよ。以前、越前君の話題が出た時にも控えめながら嬉しそうな顔をしてたし。
 そうだ。今日は竜崎さんと話をしよう。LINEでだけど。
「じゃあね。越前君」
「うん、またね」
 越前君が生き生きしてるように見えたのは、私の気のせいかな。
 越前君はまだ青春学園に通っている。今は虐めも鎮火したらしい。越前君も前より元気になったみたい。
 ――田代さんが転校して行って良かった。
 だって、まだ田代さんが青学にいると思うと私もいろいろ心配だし。だから、田代さんが青学を去って良かった。
 ああ、田代ノブ子さんは越前君を嵌めた人ね。私も詳しくは知らないんだけど。
 堀尾君はクラスメートに重体負わせられたみたいだけど、大丈夫かな。そろそろそういう話題を掘り下げても大丈夫かな。竜崎さん……。
 竜崎さんは私には何となく親近感を感じさせる。あのちょっとおどおどしたところも。今回のことで少しは強くなっただろうか。
「ただいまー」
 私は家のドアを開けた。
「お帰り、優子」
 お母さんがいつもの笑顔で――いや、ちょっと元気ないかな。
「どうしたの? お母さん」
「優子――よく聞いてね。私がパソコンが趣味なのは知ってるでしょ」
 改めて言わなくても――。私は一応頷いた。
「跡部さんのことがね……何かいろいろ悪く書かれてるの」
「知ってるわ」
 私は間髪入れずに答えた。
「でね、お母さんはあまり跡部さんには関わらない方がいいと思うんだけど――」
「お母さんまでそういうこと言う訳?!」
「え……跡部さんが悪い子だとは思わないわ。味方もたくさんいるし。でも、敵もいる。お母さん、跡部さんと一緒にいることで優子が虐められるのを見たくないのよ」
「お母さん……」
 私は低く唸った。
「私、青春学園を捨てて氷帝学園に行ったわ。お母さん達の言うことを聞いて。私、青春学園好きだったのに」
 私はきっとお母さんを睨んだ。
「優子……」
 お母さんが自分の口元に手をやった。
「それで、今度は跡部さんに関わるなだって?! 冗談じゃないわ! 跡部さんいい人よ! 私、彼のおかげで他に友達もできたわ!」
「それはいいことだとは思うけど、でも……」
「私、勉強してくる。今日は晩御飯いらないから!」
 私は部屋に引きこもった。
 制服を汚さない為に私服に着替える。そして、スマホを取り出す。
 竜崎さん……。竜崎さんはどうしているかしら。スミレ先生も。
 私はLINEに接続した。
『竜崎さん』
『あ、山本先輩』
『元気?』
『元気です。山本先輩は?』
『ちょっとお母さんとかちあっちゃって。あ、でも、跡部さんや彼の仲間と仲良くなったわ』
『早速お友達ができたんですね。転校したのは今日でしたっけ?』
『――そう。越前君とも会ったわ。越前君元気そうだったわね。もう虐められてない?』
『大丈夫。堀尾君も元気です』
『堀尾君、元気で良かったわね』
『はい! 掘尾君、最近手術したんです。予後も良好で。朋ちゃんがうるさいって言ってたけど、何か嬉しそうでした』
『良かったわ。また会いたいわね。堀尾君とも会いたいし』
『はい』
 私達はいろいろ雑談した後、LINEを終えた。――少しだけ心が晴れた。

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2017.3.20

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