いつか思い出になる日が来ても 3

「山本が車に轢かれて死んだ猫の墓を作ろうとしたのを俺が手伝ったんだ」
「違うの。殆ど跡部さんがやってくれたの」
 だって、本当のことだもんね。
「へぇー、山本もいいヤツじゃねぇか。跡部もいいヤツだぜ。宜しくな」
 宍戸君が手を差し出した。ざっくばらんな人みたいだ。
「握手?」
「そう」
「でも宍戸君――私、猫の死骸触った手だよ。洗ってきたけど」
「洗ってきたんだったらいいじゃねぇか」
「――ありがと!」
 私も宍戸君の手を握り返した。
「んで? お前ら今は何やってんだ?」
「山本に校内を案内してるんだよ」
 キーンコーンカーンコーン。
「ちっ。まずい。もう時間だ。戻るぞ山本。ああ、そういや、トイレはあっちにあるから。看板出てるだろ?」
「うん」
 私は頷いた。割と近くにあるんだね。
 宍戸君と分かれて、私と跡部さんは教室に戻った。今回は数学の授業だ。
 やだなー、数学。苦手なんだよ。
 先生が問題を書いていく。
 ――何あれ。全然わかんない。さすが氷帝。問題もトップクラスね。
 なんて感心してる場合ではなかった。私も授業について行けなければ、卒業もできないし、両親に迷惑がかかる。
「よし、跡部。この問題を解いてみろ」
「はい」
 跡部さんが立ち上がった。それはいいけど――答えわかるの?
 彼はチョークで解答を書いていく。すごい。私だったら立ち尽くしてしまいそうな場面でも跡部さんは平然としている。
「む……合ってる……」
 先生が悔しそうに言った。
「席に着いてもいいですか?」
「ああ」
 席に向かう跡部さんはまるで凱旋のようだった。
(跡部様――すごいわね)
(あれ、大学の問題よ)
 私の前の席の女生徒達がひそひそと話し合う。
 ええっ?! 大学の問題も解いちゃうの? 跡部さん!
 でも、中学生に大学の問題やらせたって、あまり意味がないと思うけどなぁ。いくら氷帝だって皆が皆大学の問題を解ける訳じゃないだろうし。
 私の転入試験も普通の中学の問題だった。まぁ、応用問題は難しかったけど。
 けど――模範解答として大学の問題を跡部さんにやらせたのかなぁ……。そうだとしたら、氷帝は私が通える学校ではない。
 お父さんに言って辞めさせてもらおうか――そんなことを考えた時だった。
(墓穴掘ったわね――吉川)
 さっきの女生徒が言った。
 吉川と言うのはこの数学の先生だ。そこで私は遅まきながらこれが跡部さんへの嫌がらせであることを知った。
 それでも、跡部さんはすぐに解いてしまった。
 強いな――。
 頭が良くて優しくて――すごいな。私も見習いたいな……。
 私は跡部さんの方を見た。跡部さんが私の視線に気づいたようだ。
 こんなん何でもねぇよ。そんなことを言いたげに跡部さんは口元を綻ばせた。
 私の心臓がドキンと高鳴った。これが恋っていうヤツなのかな。けれど、跡部さんてモテそうだからな――。遠くから見ている。それが私に似合う恋の形だろう。

 ――昼休みになった。
「あっとべ~」
 もじゃもじゃの金髪の少年が教室に入って来て跡部さんに抱き着いた。
「何だよ、ジロー」
「お弁当交換しよ?」
「わぁったよ。あ、ジロー。山本もいいか?」
「――いいの?」
「ああ。一緒に猫の墓作った仲じゃねぇか」
「猫の墓?」
「俺様と山本が登校途中で墓作ったんだよ。轢かれた猫の」
「A~!」
 ジロー君が目を丸くする。
「山本――ええと、何だっけ?」
「山本優子です」
「そっか。優子ちゃん。俺、芥川慈郎。ジローって呼んでよ。宜しくだC~」
 ジロー君も手を差し出す。こだわりが取れた私は喜んで握手に応えた。
(あの子――跡部達に取り入ってるぜ)
(無駄なのにね)
 ――小声でクラスの人達が噂し合うのが聞こえる。跡部さん達、人気者なんだな。私、やっかまれたみたい。これからしんどいかもな……。
「山本さん」
 一人の男子が来た。跡部さん程じゃないけど、結構かっこいい。
「こっち来なよ。跡部なんて最低野郎は無視してさ」
 跡部さんが? 最低野郎?
 何で? どうしてそんなこと言うの?
 跡部さんは猫のお墓を作るのを協力してくれるほど優しくて――。
「山本さん、こっち来ないの?」
 今度は女の子だ。ちょっと心配そう。
「何だよ、皆。跡部は最低野郎なんかじゃないC~」
 ジロー君が私の気持ちを代弁してくれる。
「跡部。お前がいると飯が不味くなる」
「わぁったよ。てめぇら。そんなに俺が嫌ならいなくなってやらぁ。――おい、山本。気が向いたら屋上に来な。……待ってるぜ」
 跡部さんは教室を出て行った。
「あー、すっとした」
「山本さんは勿論、屋上になんか行かないわよね」
「あ……私、屋上に行く道知らないんだけど」
「それがいいわよ。一緒に食べよ」
「う……うん」
 私はつい頷いてしまった。本当は跡部さんのところへ行きたいのに――。この学校で何かあったのかな。跡部さん。
「ねぇ、跡部さんて――」
「跡部のことなんて口にするなよ。気分わりぃ」
「あ、ごめんね。でも――跡部さんて、もしかして虐められてる? 私も青春学園で似たような子知ってるから」
 テニスが上手くて英語もぺらぺらで――虐められるなんてこと、絶対ないってはっきり言えるような子。――越前リョーマ君。
 私とは学年が違うから詳しいことはわからないけど、虐められる前は人気者だった子。
「あ、そうか。君、青学だったね」
「――越前君て言うんだけど」
「越前? テニス部の?」
「うん」
「跡部を負かしたって話題になったんだよな。俺もあの時は跡部があんな最低野郎だって知らなかったから、越前に対して怒ったんだけどな」
「跡部さんは人気者だったの?」
「――少し前まではな」
 だよね。頭が良くて顔も良くて――しかも家はお金持ちらしいし。モテない方が不思議だよね。

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2017.2.28

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