いつか思い出になる日が来ても 2

 すっかり遅くなっちゃった。教室に行くよりもまず先に職員室に挨拶に行った方がいいかな。
 氷帝学園は職員室も大きい。
「あの……遅くなって済みません! 今日から3年A組にお世話になります山本優子と言います!」
 皆ぽかんとしている。当たり前だよね。
「やぁ。君か。跡部の言っていたのは」
 およそ教師と思えぬ派手な格好の先生が近付いた。教師というよりホストみたい……。格好いいけど。
「ああ、私は音楽担当の榊だ。A組に案内してあげよう」
「はい!」
 良かった。見た目よりいい先生みたいだ。
 ――私達はA組に着いた。榊先生がコンコンコンとノックしてからドアを開ける。
「春日」
「はい」
 眼鏡をかけた優しそうな先生が答えた。――今は現国の時間らしい。
「この子は転入生の山本優子だ。訳があって遅くなった」
 榊先生が紹介してくれる。私は何となく肩身が狭くなった。
「済みません……」
「いいですよ。空いているところへ座ってください」
「はい」
 私は空いている窓際の席に座った。あ、跡部さんだ。こっちを見て――微笑んだ? 気のせいかな。
「わからないところがあったら言ってくださいね」
 春日先生は言ったが、現国は私の一番得意な教科だ。わからないところもなかった。
 チャイムが鳴る。
「今日はこれまで」
 先生がいなくなると、何人かの生徒達が私の席を囲んだ。
「山本さん? 遅刻したって何か訳でもあったの?」
「いえ……」
 まさか猫のお墓を作って服が汚れて着替えたから遅くなったとは言いづらい。
「可愛いね。彼氏いる?」
「まさか、そんな……」
「ちょっと杜田、氷帝学園の品位を落とすような質問はしないで下さる?」
「へいへい」
「山本」
 跡部さんが声をかけてきた。皆が息を飲むのがわかった。
「来い。校内を案内してやる」
「はい」
 私は跡部さんについて行った。
 跡部さん、足早いなぁ――感心しながら後を追うと。
「どうした?」
「跡部さん、足早いなぁって――」
「ああ、済まん。お前の歩幅に合わせて歩けば良かったな」
「ううん。私が遅いのが悪いんだもの」
「いや、俺、人に合わせるのは苦手だろって、忍足のヤツが――」
「よぉ、跡部」
 青い帽子を被った短い黒髪の少年が跡部さんに声をかけた。
「誰だよ? 隣の子」
「山本優子だ。今度この学校に越してきた」
「へぇ……俺、宍戸亮。宜しくな」
 宍戸君かぁ。爽やかでいい人そうだな。
「宍戸。こいつも三年だ。勉強でわからないところは教えてやってくれ。尤も、宍戸が教わる立場になるかもしれねぇけどな」
「ひでぇなぁ。ま、反論はできねぇけえど」
「山本。宍戸と俺はテニス部だったんだ。宍戸。高等部に行ってもテニスは続けるよな」
「勿論。――そんで、山本はどっから来たんだ?」
 ――来た。この質問。
 はぐらかすのも何なので、私は正直に答えることにした。
「青春学園です」
「青春学園……か。そうか……」
 宍戸君は困ったように眉を寄せた。多分同情してくれているのだろう。
「いい学校だったのにな」
 宍戸君もあの虐め事件のこと知ってるんだ。宍戸君は続けた。
「越前のいたところだよな、確か」
「越前君を知ってるの?!」
 私はつい勢い込んだ。
「ああ、うん。俺達、青春学園と戦ったことあるし」
 そういえば――全国大会で青春学園と氷帝学園のテニス部が戦ったって……。小坂田さんが熱心に話してたけど。
(リョーマ様、氷帝のキングもやっつけちゃったのよ!)
 私はあまり身を入れて聞いてなかったから忘れてたけど――氷帝のキングって確か……。
 そのキングとやらもテニス部だって聞いてたし、名前は確か――あ。
「跡部さん、下の名前は?」
「ん? 景吾だけど」
 跡部景吾。氷帝のキング。私の記憶は繋がった。
「跡部さん……越前君と戦ったことあるでしょ」
「ん。そうだな。あの時は楽しかったな」
「でも、こいつ立ったまま気絶したんだぜ。激ダサだろ? んで髪刈られたんだ」
「るせーよ。宍戸」
「今もかつらだろ? 跡部」
 宍戸君が跡部さんを冷やかす。そういや――そんな話も聞いたことがあった。小坂田さんから……。
 でも、その話の『跡部景吾』が、目の前の跡部さんだなんて……今まで気付かなかった。友達によると私は少し抜けているらしい。両親が私の心配するのもわかるな。
「それにしても、越前を知ってるのかよ。山本」
「はい。私、女テニでしたから」
 ついでに言うと、女子テニス部の部長でもあった。これは自慢にならないんだ。ほんとに。押し付けられてなったようなもんだし。
 女テニは私が部長だから弱いままなのかな、と思ったこともある。
 将来は竜崎さんが部長になればいいと思う。竜崎さんはおどおどしたところもあるけど、芯はかなり強いし。それにあのスミレ先生の孫だしね。
 スミレ先生は青春学園男子テニス部の顧問なの。女傑っていうのかな。優しいけれどとても厳しい。
 あの曲者揃いの男テニの部員達をまとめているんだもんねー……。すごいと思う。越前君は飄々とついて行っていたらしいけど。
「お前、青春学園のテニス部か」
「はい。女テニの部長でした。あの……青学は女テニはすごく弱いんだけど」
「ああ。同好会みたいなとこだって聞いたことがあるな」
「私が部長だったせいかもしれないけど……」
「確かに頼りにならなさそうだけどな……俺はいいと思うぜ。同好会みてぇなテニス部があっても」
「ひぇー。跡部とは思えない言葉だぜ。勝利が全てじゃなかったのかよ」
「ま、俺様も変わったんだ。越前のおかげでな」
 青学の男子テニス部が優勝したのは越前君の力も大きかったと思う。越前君は一年で唯一のレギュラーだったけど。
「でも、勝たなきゃ仕様がないというところもあるけどな」
 跡部さんの言葉に私は頷いた。
 この人を纏め上げるオーラのある跡部さんでも敵わなかったんだ。越前君てすごいな……。小坂田さんは見る目あるな。
「お、そうだ。おい、山本。猫の墓の十字架、ミカエルに頼んで作ってやるからな」
「え? 私が作るからいいよ」
「――そっか。じゃあ俺も手伝う」
「何だよ、猫の墓って」
 宍戸君は話の変化について行けないようだった。ま、それもそうだよね。

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2017.2.18

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