ゲンイチローくん、こんにちは 6

「あー着いた着いた」
 赤也が伸びをする。立海大附属テニス部ご一行は、青学にたどり着いたのだ。まだ虫がじー、じーと鳴いている。
「皆、ラケット持ってきた?」
「あー、青学には遊びに来たんじゃないナリか?」
「そういう仁王くんもしっかりラケットバッグ持っているではありませんか」
「詐欺師のたしなみナリ」
「おいらだって、使うかどうかわからないけど一応持ってきたでヤンス」
 浦山しい太は独特の言葉で話す。
「あー、俺、マイラケットじゃないと調子出ないから」
「ほほう。いい心がけだ。赤也」
 真田に褒められて、赤也は照れ臭そうに頬を掻いた。
「ありがとうございます。副部長」
 赤也はてへっと舌を出した。なんだかんだ言っても、憎めないやつだと幸村も思う。
 ――結局全員、テニスラケットは真田以外持って来ていた。
「青学潰すぜ~」
「俺は不二と対決がしたいナリ」
 赤也と仁王が浮かれている。
「ほらほら、お二方とも、お行儀良くしていなさい」
 柳生はまるで小学生の引率の先生である。
「どうせ俺らにとっては遠足と同じナリ」
「――と、仁王は言う」
 蓮二は仁王の言うことなどお見通しとばかりといった態度だ。幸村がにっこり笑う。
「ゲンイチローくんを元に戻したらテニスでも何でもやっていいからね」
「しかし、それでは青学の皆さんに迷惑がかかるだろう。――つか、今日は土曜日だろう。青学に話は通じてあるのか?」
 一番まともなジャッカルが訊いた。幸村が頷く。
「ああ、少なくとも不二と乾はいるはずだ」
「……良かった。この生き恥な姿を越前と手塚に晒さずに済む」
「何が嫌なんだい? ゲンイチローくん。可愛いけど」
「こんな姿を見られたら与しやすしと思われるだろう」
「ボウヤはともかく、手塚はそんなこと思いやしないと思うけどね」
「む……とにかく、乾の元へ行くぞ」
「ちょっ、ゲンイチローくん引っ張んないでよ……」
「ねぇ、柳先輩……」
 赤也が口をへの字に曲げている。蓮二が答える。
「何だ」
「俺、今日ほど幸村部長の幼馴染でなくて良かったと思ったことはなかったっス」
「まぁ、な……けれど、真田と幸村が両思いである確率90パーセント……」
「少々あれだけど、二人は心の奥底で結びついてるととっていいんですかね」
「ふ……そうだな」
 蓮二が笑う。この人も笑うのかという感情が赤也の目に見える。
「うぉーい、真田~」
 ふらふら歩いていたブン太がガムを取り出す。
「一口食うか?」
「いらん。そんな食品添加物の塊など! 甘ったるいだけだ! たるんどる!」
「だって、旨いんだぜ。このグリーンアップル味のガム」
「いらん、たら、いらん!」
「そうか。じゃ、これしい太にやるか」
「ありがとうでヤンス」
 しい太が丸い緑色のガムを口に入れる。
「美味しいでヤンス。丸井先輩には後でお礼をするでヤンス」
「え……いいよ。別に」
「あ、そうだ。おいらもお菓子持ってきたでヤンス。はい。チョコレートでヤンス。溶けにくい物を選んだでヤンス」
「旨そうじゃのう。俺も食っていいナリか?」
「どうぞでヤンス。仁王先輩」
 ますます遠足じみてきた立海大一行。
「はぁ~っ。私達はこんなことをしていていいんでしょうか」
 柳生が笑いながら溜息を吐くふりをしている。
「面白いじゃないか。弁当も持ってくれば良かったね」
「はーい、幸村くん。ガムはおやつに入りますか?」
「入るだろ、立派に」
 ブン太のボケにジャッカルがツッコむ。ジャッカルは些か疲れているようだ。身体的ではなく、精神的に。

 ――青学のグラウンドには、不二だけでなく、手塚国光と越前リョーマもいた。
「何故だ……何故あいつらがいる……」
 真田は帽子を目深にかぶり、出来るだけ顔が見えないようにした。
「やぁ、ボウヤに手塚」
「幸村――何だ? その子は。迷子か?」
「ううん。俺と真田の愛の結晶」
 手塚はびしっと固まった。その様子を見てリョーマはぷっと吹き出した。
「まだこの手が有効だとは知らなかったな」
「いいデータが取れた――」
 幸村と蓮二がぼそぼそ呟き合う。
「ねぇ、手塚。僕達も……」
「じょ、冗談は後にしろ不二」
「でもさ、本当の話、ちょっと真田さんに似てません? この子――もしかして、乾汁で小さくされたとか」
「おっ、良くわかったな。越前。そいつが真田だって」と、ブン太。
「あの乾汁ねぇ……まぁ、俺も実例見てますから」
 リョーマが一瞬だけ遠い目をした。
「あのおっさんみたいな真田さんにも、こんないたいけな時期があったんですね」
 リョーマは笑いながら真田の頭に手を置く。それで、真田は本来の目的を思い出したようだった。
「そうだ、乾はどこだ!」
「そろそろ来るんじゃないかな」
「越前。それまで打ち合いでもしよう」
 真田に同情したのか、手塚はリョーマを引き離そうとする。
「えー。面白くなりそうだと思ったのに――」
「おい。手塚の相手は俺だ!」
 ――あ、何かやな予感。幸村は思った。さっき感じた悪寒よりはまだマシだけど。
 声の主はお馴染氷帝のキング、跡部景吾であった。樺地もいる。
「あ、跡部……」
 意外な人物の登場に真田は動揺を隠せないでいる。――跡部は真田を見つめている。やがて抱き上げると肩に担いでいこうとする。
「ちょっ、ちょっと――何するんだ跡部!」
 跡部の意味不明な行動に、幸村でさえも狼狽している。真田も「離せ、離せ」と暴れる。
「何勝手に人の学校の生徒拉致しようとしてるんだい」
「拉致じゃねぇ。可愛かったから氷帝学園の幼稚舎に入学させようとしただけだ」
「それを拉致って言うんじゃないか」
 跡部と幸村がやいやい言い合っている。リョーマは残念そうに、「攫うんだったら俺を攫ってくれればいいのに……」と独り言を言っている。
 跡部が真田を降ろした。そしてじろじろと見つめている。
「まぁ、冗談はともかく――この幼子は信じたくねぇが……ああ、決して信じたくねぇが、あの真田弦一郎だな。インサイトがなくてもわかる。俺も被害者になったことがあるからな……なぁ、樺地」
「ウス」
 跡部の言葉に真田は首を傾げる。幸村はシャッターチャンスとばかり、電光石火でスマホを構えた。

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2017.5.30

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