ゲンイチローくん、こんにちは 7

「被害者ってどういうことだい?」
 真田のお宝ショットを撮り終えて一先ず満足した幸村が跡部に訊いた。
「だから――俺も子供にされちまったんだよ。あの越前に」
 今でも子供だ、というツッコミはスルー。
「失礼な。あの乾汁を作ったのは乾先輩ですよ」
「それをお前が飲ませたんだろうが!」
「大変だったね……う、く……」
「どうした! 幸村! 具合悪いのか?!」
 跡部が駆け寄る。なんてことはない。幸村は小さくなった跡部を想像して笑っていたのだ。
「どうです? 幸村さん。小さくなった跡部さんの写真、売りますけど――」
「真田の写真と交換しないかい?」
 リョーマと幸村は堂々と闇取引をする。お前らデータを消せ、と跡部が喚いていたけれど。
「なぁ、ブン太……俺達何しに来たんだっけ……?」
 苦労人のジャッカルが明後日の方を見つめている。
「青学の奴らと打ち合いに来たんだろぃ」
 ブン太がいつも通りに答える。
「ああ、そうか……そうだったんだよな……」
 ジャッカルはそういうことにしておいた。
「跡部さん、俺と打ち合いやりません?」
「そうだな」
「俺もボウヤと打ち合いやりたいな」
「モテモテだね。越前」
 幸村の申し出に、不二が半畳を入れる。
「跡部さん以外にモテたって嬉しくないっスよ」
「フフ……すっかり跡部に懐いたね。越前。跡部、越前が打ち合いやりたいって――跡部?」
「あーん?」
 不二は尚も言い直した。
「だからね、越前が跡部に――」
「ちょっと黙ってろおめーら。――真田はどこに行った」
「あれ? そういやいつの間にかいなくなっちゃったね。俺は保護者失格かな」
 幸村がきょろきょろと見回す。手塚が言った。
「学校のトイレじゃないかな。目印があるからわかるだろう――それとも何か? 跡部、お前まで真田の面倒を見る気になったのか?」
「それどころじゃねぇ!」
 跡部は目をひん剥いていた。
「俺様のインサイトが正しければ――真田……あいつ、貞操の危機だぞ!」

「何をする! 貴様!」
「ほう――電車で見かけたからついていったら、やはり上玉の子だねぇ……」
「うるさい! このたわけ者!」
「言葉遣いが古いね。時代劇でも観るのが好きなのかな?」
「いや……まぁ、観てはいるが」
 嫌らしい表情の男が肉厚の舌で舌なめずりをした。
(これが噂にきく変質者という奴か――まさか、俺がその餌食になるなんて――)
 自分には無縁のことだと思っていた事柄。そんな事件がまさか自分に降りかかって来るなんて。
(今日ねぇ、変なおじさんが僕のことじっと見てたの。怖くなったから逃げて来ちゃった)
 今なら、そう愚痴をこぼしていた幸村の気持ちがわかる。
(幸村――それなら俺が出て行って退治てくれよう)
 確か、その時俺は言った。その話はそれで終わりだったけど。
「さぁ、その邪魔なズボンと下着をおろそうね……」
「貴様! 子供にしかそんな不埒な真似を出来ないのか!」
 すると、男の顔が豹変した。ぎらり、と目に凶悪な光が宿る。
「こちらが下手に出てればつけあがりやがって――もう我慢できん! 二度とお天道様の下を歩けんようにしてやる!」
「くっ……!」
「さぁ、真田弦一郎くん。大人しくしていれば何も怖いことはないんだよ」
 今度は一変して猫なで声。
 でも、真田弦一郎って……名前まで知られてる? もしかしてずっとつけられてた?
 真田は幼い頃の幸村の恐怖が伝わってくるような気がした。
「さぁ、君の青い果実をおじさんに見せておくれ……」
 男が真田のズボンのジッパーに手をかけた。その時だった!
「ばぁぁぁぁう!」
 男はドアと一緒に弾き飛ばされた。ドアは壊れた。
「よくやった樺地!」
「――ウス」
 ドアを力任せに開けたのは190cmの大男だった。
「跡部! 幸村……に手塚?」
「ふ、俺様達がいたことに感謝するんだな」
「そ、その大男は?」
 真田は質問した。確か跡部といつも一緒の奴だ。今日も一緒にいた。フルネームは――。
「樺地だ。樺地崇弘。俺のダチだ」
「ウス」
「友達というより、しもべみたいだね」
 幸村が口を挟む。
「ウス」
「俺様は友達のつもりだったんだけどな――それとも嫌か? 俺様の友達というのは。俺様の友達というのでやっかんでいる奴らは随分いるもんな――」
「自分は……跡部さんの傍にいられれば、幸せです……」
「樺地ーっ!」
 跡部は樺地に思いっきり抱き着いた。
「あわわ……」
 こんなカオスな空間にいたくないのか、男はその場からこっそり逃げようとする。
 男がトイレのドアを開けた時、現れたのは、白い帽子のテニスラケットとボールを持った少年――。
「くたばれ」
 ――男は断末魔の悲鳴を上げて倒れた。ボールが顔面にめり込んだのだ。
「よぉ。世話になったな。越前。流石だぜ」
 跡部に向かって越前が、「どうも」と頭を下げた。
「それよりも真田さん、大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫……」
 その時、真田の涙腺から涙が零れ落ちた。
「俺は、情けない男だ――。幸村はいっぱい怖い思いをしたというのに、俺は――」
「喋らないで。真田。今怖い思いをしたのは君じゃないか。――乾汁飲んで元に戻ろう」

「さぁ、これだ。解毒剤。あまり美味しくないからと言って吐き出さないように」
 乾ラボで乾貞治が注意事項を告げた。幸村が口移しで真田に乾汁を流し込んだ。真田は噎せたが、我慢できない程ではなかったようだ。
 真田の体が元に戻った。服の切れっぱしが体に申し訳程度に張り付いていた。
「やっぱり真田はこうでないとね」
 張本人の幸村がしゃあしゃあと満ち足りたように言った。跡部は、「しまった! 子供の姿の真田の写真を撮るのを忘れてた」と嘆き、幸村から法外な値段(跡部家にとってははした金だが)をふっかけられていた。
 真田は青学のジャージを着た。手塚の替えのものである。まさか、真田は青学のジャージを自分が着る日が来るとは思わなかっただろうが……。
「真田さん、似合うっス」
 と、言ったリョーマに、
「真田は氷帝にも青学にもあげないからね」
 と、幸村は舌を出した。真田は立海大のもの。そして――俺のもの。幸村は逞しいアポロンのような肉体美の真田に寄り掛かった。

後書き
こんなに長くなるとは思いもよりませんでした。
ちょっとミスしたかな、と気になるところもあるけれど、書いている途中は楽しかったです。
ちび真田、大好きだー!
2017.6.9

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