ゲンイチローくん、こんにちは 5

「さ、ゲンイチローくん、寝ましょうね」
 幸村が楽しそうに布団をひいている。
「ぐ……子供扱い……するな……」
 真田は面白くないようである。仕方ないであろう。幸村に子供の姿に戻るというおかしな液体を飲まされたのだから。それぐらいは幸村にもわかる。
(でも、仕方ないじゃないか――こうなってしまったんだから)
 幸村があやすように笑った。
「君は今は、子供だろ?」
「――姿だけな」
「はいはい。今夜は一緒に寝ようね」
「ふん――」
 そして、真田はぐっすり眠ってしまった。
「ったく、俺の気も知らないで――」
 幸村の初恋は真田であった。あれから、ずっと、真田のことを想っていた。きっと、幸村の弱点といえば真田があげられるに違いない。
 真田は気持ち良さそうに眠っている。
「おやすみ、ゲンイチロー」
 幸村は真田の額を目を細めながら撫でていた。

「幸村部長~。真田副部長~」
 赤也が手を振っている。
「おはようナリ」
 仁王はともかく、遅刻常習犯の赤也が時間通りに来るとは珍しい。仁王もサボる時はサボるが。
「おはようございます」
「おはよう、精市に弦一郎」
「今日はみんな早起きだぜぃ」
「ああ、俺もお前も人のことは言えんがな」
 集まって来ていた柳生、蓮二、ブン太、ジャッカルは順番に言った。
「おはようでヤンス。皆さん」
「しい太も来たのかい」
「はい。面白そうでヤンスから」
 しい太がにこっと笑う。
「俺はちっとも面白くないぞ……」
 真田はぶつくさ文句を言う。
「じゃ、みんな電車に乗ろう」
 幸村と共に立海のレギュラー陣は駅に向かった。そして電車に乗る。久しぶりに青学に行けるからと言って、赤也などはうきうきしている。
「越前、この副部長見たらどういう反応示すかな?」
「――いつも通りじゃないかと思うぞ」
「えー、そうかな。だって、副部長すっげぇ可愛くなったもん。俺好み」
「は……離せ、赤也」
 赤也に抱き着かれて真田はじたばたしている。
「赤也……」
 赤也に向かって幸村が黒いオーラを纏いながら笑う。
「う……うぇっ、すんませんでした……!」
 幸村の怒りが赤也にも届いたらしく、赤也はすんなり離れた。
 ――そう。この真田の魅力は俺だけのもの。俺だけが独占できればいい。
 幸村がそう思いながら真田を膝に乗せた。幸村の密かな独占欲を真田は知らないだろう。
「あ、見て見て!」
「きゃー、可愛い!」
「あの二人、兄弟かなぁ。声かけてみよっか」
 何だろう、騒がしいなぁ、と幸村が思っていると――。
 女子生徒達が立ち上がって幸村に声をかけた。
「あのー、初めまして。……えっと、可愛らしい弟さんですね」
「弟……」
 どうやら、彼女達は子供が好きなようであった。そんな女子生徒の人数は三人。――真田が唸る。そして続けた。
「あー、残念だが、俺はこいつの弟ではない」
「弟みたいなもんだろう。今はね」
「可愛らしいですね。その子の面倒見てらっしゃるんですか?」
「む……昨日は世話になったが……」
 真田が応答すると、
「可愛いッ!」
 と、一人が悶絶した。赤也が冗談交じりにこう言う。
「あ~あ、羨ましいね。よっ、副部長。女の子に騒がれて――代わってあげたい」
「副部長なの? この子。幼稚園とかの」
「まぁ、そんなようなもん」
 赤也は適当に流した。
「しっかりしてそうだもんね」
「しっかりし過ぎて厳しいっスよ」
「切原君、私達の存在を無視しないでください」
 柳生が眼鏡を直す。
「あなた達は……?」
「ああ。真田のお供だぜぃ。真田ってのは、そこの黒い帽子のやつだぜぃ」
「真田さんは部活の先輩でヤンス。おいらは真田さんの後輩でヤンス」
 ブン太としい太が女子生徒に向かって楽しそうに笑う。
「そういえば、この列、イケメンばかりだなとは思ってたんですけど……」
「この子真田くんていうの? 先輩ってどういうこと? どちらかといえばこの子の方が後輩みたいに見えるけど……」
「実はスーパー幼稚園児とか?」
 耐え切れなくなったらしいジャッカルが吹き出す。真田がじろりとジャッカルの方を睨む。
「こんななりをしているが、俺はテニス界では『皇帝』と呼ばれている」
「えー、見えなーい」
「でも、こんな可愛い皇帝だってありでいいんじゃない?」
「ボク? 名前は真田何君て言うの?」
「真田弦一郎だ」
「わぁ、かっこいい名前!」
「祖父がつけてくれたんだ……」
 名前を褒められて真田も悪い気はしないようである。幸村は面白くなくなってきた。確かに弦一郎という名前はかっこいいと思う。しかし――。
「君達はどこで降りるんだい?」
 幸村の質問に、
「あ、私達は次で降ります」
 と、答えが返ってきたのには相当ほっとした。
(これでも真田はモテるからな。どんな姿でも。気をつけよう)
 勿論、女子学生にイップスなどかけるつもりは幸村にはない。でも、ぎゅっと真田を抱く腕に力を込めた。
「幸村、苦しい……」
「ああ、ごめん……」
 幸村はほんの少し力を緩めた。
「仲、いいんですね」
「いやぁ、それ程でも……」
「これでも義兄弟の契りを交わした仲だからな」
「義兄弟? ちぎり……?」
「弦一郎くんは難しい言葉を知っているのねぇ」
 女学生達が真田にしきりに構いたがるのを皆は微笑ましく見ているようだ。ポニーテールの娘が帽子を被った真田の頭をさすっている。
 ――その時、幸村の背に悪寒が走った。何か嫌な予感がする。粘っこい視線がこっちまで届くようだ。幸村が視線をやった先には、新聞を読んでいる男しかいなかったが。

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2017.5.20

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