ゲンイチローくん、こんにちは 4

「お邪魔します」
 真田が声変わり前の高い声を張り上げる。家の中はシーンとしていた。
「幸村……家族は?」
「旅行。俺が留守番させてくれって頼んだんだ」
「き~さ~ま~、そこまで計算して……」
「まぁまぁ、二人で水入らず、のんびり過ごそうよ」
「む……」
 それは確かに、幸村の恋人である真田にとっても甘美な誘いであったのだろう。
「何飲む?」
「――解毒剤」
「それは無理だね。青学に行かないと」
「じゃあお前も子供になってみろ」
「それも無理。もらってきた薬は君の分しかなかったんだ」
「ぐぬぬ……」
「まぁ、俺の手料理でも食べていきなよ。味噌汁は作り置きしておいたんだ」
「わ、わかった――」
 幸村は料理には多少の自信がある。同じ魔王でも不二みたいに味音痴ではない。真田のお腹がぐ~っと鳴った。
「はい。君の好きななめこの味噌汁」
「う……飯で釣ろうとは……」
「そう? じゃあ君の分は俺がもらおうかな」
「――やはり俺ももらおう」
 肉も焼いて、ちょっとしたパーティーだ。ニコニコしている幸村が訊いた。
「どう? 美味しい」
「うむ。旨い」
「俺達、親子みたいだね」
「――恋人みたいだって言え……」
 真田が小さな声で呟いた。
「えー、聞こえなかったなー」
「だから……その……」
「ふふふ、本当はわかってたよ。俺も同じ気持ちだから」
「――幸村、お前、もしかして子供の方が好きなのか?」
「真田――いや、ゲンイチローくんは可愛いからね」
 真田が慌てて帽子のつばを下げた。どうやらかなり焦っているらしい。幸村は和みながらその様子を眺めていた。
(ごめんね、真田――真田は俺の我儘を何でもきいてくれたよね)
 だから、もっといじめたくなる。というか、弄りたくなる。幸村は真田に構って欲しいし真田のことを構いたかった。
(だって――近頃の真田俺に冷たいんだもん)
 真田は公平にしているつもりらしいが、それだけじゃ足りない。皆と同じじゃ割に合わない。
(俺はこんなにも真田を愛しているのに――)
 まぁ、その愛が明後日の方向に向いているのは認めるが――。
 真田は小さな手で箸を持っている。少し苦戦しているようだ。その様も可愛い。
「スプーンとフォーク、持ってこようか?」
「日本人なら箸だろう」
「はいはい。お風呂沸かすね」
「む……頼む」
 真田が言った。
「お前には世話になりっぱなしだな」
「君には迷惑をかけたからね。せめてもの罪滅ぼしさ」
「幸村……」
 真田が笑った。
(やっぱり……可愛い……)
 悪いのは自分なのに、そんな自分に真田は笑いかけてくれる。それが幸村には嬉しかった。
「じゃ、早く沸かすから」
 緊張している自分を誤魔化すように幸村は給湯器のある部屋へ向かった。

「はーい。ゲンイチローくん、洗いましょうねぇ」
 幸村は真田と一緒に風呂に入っている。
「おもちゃとかあれば良かったねぇ」
「――子供扱いするな」
 幸村は思わず笑みをこぼした。真田は昔幸村が使っていたシャンプーハットを借りて頭を洗っている。そして、幸村にはむくむくといたずら心が――。
「えいっ!」
 幸村は真田の下半身を隠していたタオルを取った。
「な……何をする、幸村!」
「あはは。ゲンイチローくんのはちっちゃいねー」
「な……何をたわけたことを……たるんどる!」
 真田はタオルを返してもらおうと必死だ。幸村はそれを軽くかわす。
「はぁ、はぁ、くそっ……」
「ふふっ、今の君では俺に敵わないよ。君が元に戻っても敵うかどうかわからないけどね――はい、タオルは返すよ」
「あ、ああ――」
 真田は少々拍子抜けしたらしい。頭をシャワーで流した後、幸村と一緒に浴槽に入った。
「ねぇ、真田。俺達、よくこうやって遊んだよね」
「そうだな」
「懐かしいね」
「まぁな――。もしかして俺を子供にしたのも……」
「それは俺の趣味」
「貴様~。こんな破廉恥な趣味を持ち合わせておったのか~」
 幸村の趣味は世間ではショタコンと呼ぶのだろう。でも……それは真田限定。
「俺は昔の可愛い真田も逞しく育った真田も好きだよ。俺はずっと君が好きだったよ」
「…………」
 真田は俯いたまま黙っていた。
「あれ? のぼせたかい?」
 幸村が訊く。真田が答える。
「馬鹿な。こんなぬるい風呂で――」
「君の為に少々熱めにしたんだけどな」
「……幸村……」
「何?」
 ありがとう、と真田が小声で言った。
 子供にしたことについての礼じゃないよな――と、幸村は思った。こんな風にまめまめしく真田の面倒を見たことについての感謝だろう。
 全く、君って奴は――。
「お前はお人好しだね。真田」
「む……そういえば、全ての元凶はお前だったな」
「まぁね。でも、俺の気持ちもわかってくれればいいよ」
 そう言って幸村は真田の頬にキスをした。
「……元に戻ってからしてくれた方が良かったのだが」
「ダメだよ、ゲンイチロー。そうしたら俺の操が危ないじゃないか」
「何を言っておるのだ。今更ではないのか?」
 真田は大人びた表情を浮かべる。ああ、いくら子供の姿をしていても、真田も成長したのだ、と幸村は改めて思った。幼児の姿の真田の顔に男臭くなった中学生の真田の顔が重なる。
 真田が元に戻ったら目一杯抱かせてやろうと幸村はそんなことも考える。
(でも、今は無理だね。だって――)
「まぁ、今の真田じゃ俺を押し倒すのは無理だね。それとも、その可愛いモノで俺を貫くかい?」
 真田は怒って、「恥を知れ!」と怒鳴った。人のこと言えないじゃないか、と幸村も応戦した。

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2017.5.9

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