ゲンイチローくん、こんにちは 2

 幸村が観念したらしい真田に新しい服を着せてやっていると、どやどやと部員達が入って来る。その中には真田にとって決してこんな子供の姿を晒したくないであろう部員の姿があった。
「あっれー、その子、真田副部長にそっくりじゃーん」
 切原赤也が真田を指差す。
「ねぇ、幸村部長。この子どしたんスか~。副部長の妹っスか~」
「俺は男だ!」
「俺と真田の愛の結晶だよ」
「幸村貴様~、赤也が事情を知らないからってそんなでたらめを~」
「そう?」
「ど、どやって生んだんスか?」
 赤也は信じかけているらしい。さすが赤也である。
「……真田ナリ」
 仁王雅治が呆然とした調子で言った。
「目の前にいるのは我らが副部長、真田弦一郎ナリ」
「……仁王は流石に誤魔化せないか」
 幸村が髪を掻き上げた。
「当たり前ぜよ。俺はそんな嘘で誤魔化せんナリ。俺は詐欺師じゃから人の嘘には敏感ナリ。――けど、愛の結晶って……幸村も下手な嘘をつくナリ」
「う……嘘だろ……」
「そ、そうだ、赤也。俺は真田弦一郎だ!」
「えーーーーーっ?!」
「煩いですよ。切原君」
 自称紳士の柳生比呂士がツッコんだ。
「俺は幸村に子供にされてしまったのだ!」
「だって、子供の頃の真田って可愛かったんだもん。皆にも見せようと思って」
「……愛の結晶の方がまだ真実味があるナリ……」
 仁王が呟いた。
「けど、子供の頃の副部長ってほんと可愛かったんスね」
「――と、切原は言う」
 柳蓮二が入って来た。
「この子供が真田副部長である確率は100パーセント……」
「マジかよっ!」
 と、赤也。
「わ……悪いかっ!」
「悪くないよ。ね、赤也」
「そうっスね。何だか知らないけど、副部長可愛いスね。女の子の服も似合うし――あ、やべ。写真撮りたくなってきた」
「い、嫌だーーーーーーっ?!」
「そんな嫌がらなくても……ああ、でも、反抗的なちび副部長も可愛いっスね」
「萌えナリ」
「何してんだー、お前ら……と、あれ? 真田は?」
 続いて入室して来た丸井ブン太が訊く。ジャッカル桑原も一緒だ。
「ここにいるよ」
 幸村が真田を押し出す。
「真田……ちっちゃくなったなぁ」
 丸井も一目で真田弦一郎本人を見分けることが出来たようであった。
「真田の妹……いや、弟か?」
 ジャッカルがじろじろ真田を見ながら言う。
「うん、まぁ、信じられないのも無理はないと思うけどね……ジャッカルには」
「俺も実はまだ信じらんないんスよ~。でも、幸村部長も言ってることだし――多分本当に副部長なのかなって」
 赤也が口を挟む。――違いない。
「赤也……いい加減事実を認めるナリ」
「――と、仁王は言う」
 仁王の言葉に、蓮二が続ける。赤也が言った。
「子役タレントのように可愛いっスね」
「切原。俺はそんなたるんだものになりたくない」
「子役タレントに失礼っスよ。でも、この子が真田副部長だという証拠はあるんスか?」
「うーんと、確かここに……あ、あったあった」
 幸村がアルバムを取り出した。
「それ、いつも持ち歩いてるナリか?」
 仁王の質問に幸村が、
「今日だけだよ。証拠を見せろと言われるんじゃないかと思ってね」
 と、笑顔で答えた。
「ほら、これが弦一郎が四歳の時の姿だよ」
 真田は幸村とテニススクールで出会ったのである。
「あー、やっぱり真田副部長なんだー。この副部長も帽子をちゃんと被ってるっスね。可愛いっス」
 赤也が弾んだ声を上げた。
「ね? 小さい頃の真田は可愛いだろ?」
「うん。今とは随分違うんだな」
「ブン太……よく平然としていられるな」
 ジャッカルが額に汗をかいている。ブン太がジャッカルに向き直る。
「幸村くんがあの子を真田だと言う証拠を見せてくれたんだから間違いないだろぃ?」
「そうじゃなくて! 何が原因で真田が小さくなったのか、誰も気に留めないのか!」
「――と、ジャッカルはそろそろ言うと思ってた」
 と、蓮二。
「さすがはマスター……じゃなくって!」
「ははは、ジャッカルは常識人だからね」
 幸村が笑っている。確かにジャッカルは常識人だ。その為にこの一筋縄ではいかない立海の連中にいろんな苦労をかけられている。
「そういえば、俺はきっと幸村のスポドリを飲んでこの姿になったのだ。幸村はあのスポドリに何を仕込んだんだ?」
「真田……まずそれを疑問に思え」
「む。ジャッカル――それどころではなかったのだ」
「まぁ、いきなりそんな姿になれば、パニックになるのも仕方ないと思うけれど――」
「幸村。どんな薬を盛ったのだ?」
 ジャッカルをまるっと無視して真田が今回の騒ぎの張本人に訊く。
「乾汁を飲ませたのさ」
「お前の手作りというのは嘘だったのか!」
「乾汁を混ぜたんだ」
「嘘だ。乾汁があんなに旨い訳がない!」
「その台詞、乾に伝えておくよ」
 乾貞治の乾汁は、不味いことで有名である。
「ま、待ってくれ。それは俺が元に戻ってからにしてくれ」
「わかったよ。――どうせ青学にも行かなきゃいけないところだったんだ。不二にも協力してもらったしね」
「げっ!」
 真田が顔を歪ませた。
「不二と幸村か――ある意味敵なしだな」
「どうも」
「部長。それ、褒め言葉じゃないっス……」
「言っても無駄だ。赤也……」
 蓮二がぽんと赤也の肩を叩いた。
「真田にも来てもらうよ。でないと解毒剤もらえないかもしれないよ」
「う……わ、わかった……」
「俺らも行っていいナリか。何か面白そうじゃ」
 仁王が言った。柳生も楽しいことになったとばかりに笑みを浮かべて眼鏡を直している。――真田は嫌な予感がしているらしい。かたかたと小さく震えている。

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2017.4.22

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