ゲンイチローくん、こんにちは 1

「――それで? 確かに効き目あるんだね。不二」
 幸村精市の電話の相手は青学の不二周助である。
『ああ、間違いないよ。ちゃんとデータもあるんだから。詳しいことは乾にでも訊いてくれないかな』
 幸村と不二。この二人は仲が良い。二人とも魔王属性だからかもしれない。
 魔王達は今、とあることについて話し合っている。
『元々あれは乾が作ったものだしね』
「素直に譲ってくれるかな」
『データを渡すと言ったらOKしそうな気はするけど』
「じゃあ、お願い」
『うん。任せて。でも、どうしてそんなこと考えたんだい? ――真田弦一郎を子供に戻すなんて』
 受話器を持った幸村の口元に妖しい笑みが浮かんだ。

「真田……」
「どうした? 幸村、様子がおかしいぞ。――まさか、病気が悪化したとかではなかろうな!」
「平気……部室で休んでいれば……」
「部室には今、誰もいないはずだぞ」
「弦一郎……運んで……」
「――わかった」
 そして、幸村は真田にお姫様抱っこをされた。
 きゃあああああ、とテニス部の女性ファンから黄色い声援が上がる。
 役得かな――と幸村は思った。
「そこに、座らせて――」
「わ、わかった……」
 真田はさっきの女の子達の声で些かあがっている。真田らしいね。幸村はふっと微笑んだ。
「それ、そこのスポドリ――君のだから。俺が作ったお手製のヤツだよ。飲んで……」
「し、しかし――」
「俺の言うことが聞けないのかい!」
 幸村はびしりと言った。普段、女性と見紛う優男であるだけに、幸村は怒ると怖い。真田も例外ではなかったらしく――。
「いただこう。お前が作ったというのが不安材料だが――」
「酷いな……」
 けれど、確かに幸村には企みがあったので、それ以上は言い募ろうとしなかった。
「ん、旨い……ありがとう、幸村」
「そんなこと、言っちゃっていいのかな?」
「うん、え、え? あ――何だ。この感覚は……あーっ!!」
 幸村は立ち上がった。
「見事に引っかかったね。真田……いや、ゲンイチロー!」
「……あれ?」
「ふふふ、可愛いな……」
 幸村は笑いながら真田を抱き締めた。
「俺の声が……体が変になったぞ! 幸村……お前が大きい……いや、俺が小さくなったのか?」
「当たり」
 幸村がまた微笑んだ。
「冗談じゃないぞ! 元に戻せ」
「い・や・だ」
「幸村~!」
「そんな目で見ても怖くないよ。可愛くなったね。ゲンイチロー。久しぶり」
「何だ? その久しぶりって言うのは」
 子供の頃の背丈と声になった真田は多少恐慌を来たしているようだ。
『真田副武将』、『フケたおっさん』などと言われる真田弦一郎である。大人びた声と態度とテニスの腕で『皇帝』の名を冠され、それを誇りとしていた。だが――。
 今の真田はせいぜい四歳くらいの子供で――。
「ゲンイチロー、成長してだいぶおじさん臭くなっちゃったものね」
「武士(もののふ)らしくなったと言え」
「否定はしないよ。そんな真田もかっこいいけど……時々小さな君にも会ってみたくなっちゃうんだよね」
「お前は変わらんよなぁ……背は伸びたが」
「――まぁね」
 それに、あの頃は自分も病気ではなかったし――。幸村が苦く笑う。
「むっ、どうしたのだ。幸村」
「――君も変わらないよ。その優しいところ」
「貴様は俺を嬲っているのか」
「違うよ」
 幸村は真田にひたと目を据えた。
「君と生涯を共にしたい。そんなこと言えるのは、相手が君だからだよ」
 幸村の真っ直ぐな視線に真田は真っ赤になって俯いた。
(可愛い……)
 幸村はクスクスと笑う。真田は再び頭を上げてそんな幸村を睨みつけた。
「さっさと戻せ。……精市」
「うっ……」
 幸村は呻いた。
「それは反則だ。その顔で『精市』と呼ぶなんて」
「どうしてだ? 昔は俺もいつもお前のことを呼んでいただろう。――精市と」
「わかったわかった。君には敵わないよ。でも、元になんて戻してあげないんだから」
「なんだとこの……ぎゃっ!」
 幸村がさっとかわす。真田はゆるゆるになった服に躓いて転んだ。
「なっ……ふんどしも……たるんどる……」
「ふんどし着用の中学生なんて君くらいなもんだよ。おいで。下着見繕ってあげるから」
「ふんどしはないのか」
「ないよ。というか、どうしてふんどしにこだわるんだい?」
「武士と言えばふんどしだろう」
「はいはい」
 幸村は笑いが止まらなくなった。
 ――感謝するよ、不二。幸村は青学の魔王に心の中で礼を言った。
 さて、沢山堪能したがまだ足りない。
「服もあげるからおいで」
「う~」
 真田は恥辱に顔を真っ赤にしながらふんどしで前を隠し、幸村についていく。
 下着はトランクス。それはいいが――。
「な、何だこの服は!」
 真田は文句を言うことになる。無理もない。全てが女物だったからだ。
「こ、これを着ろというのか! 恥を知れ!」
「おや、この俺にそんなこと言っていいのかな」
 幸村が自分でも『黒い』と思われる笑みを深くする。
「男がスカートなんてはけるか! たるんどる!」
「そんなことを言っちゃ、オネエの方々に叱られるよ。さぁ、好きなのを選んで」
「――む、仕方がない」
 真田はパンツをはいて浴衣を着た。帽子を被るのも忘れない。尤も、今の真田には大きい帽子だが。
「はい、チーズ」
 不意を突かれて真田は幸村に写真を撮られた。
「な、何をする! さっさとデータを消せ」
「ふふふん。もう待ち受けにしちゃったよ」
 幸村がスマホを振る。真田は返せ返せと喚く。しかし――もう他の部員が帰ってくる時間だ。

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2017.4.15

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