俺様の美技に酔いな 52

「ケイゴ・アトベか――よく来るな。エアメール。誰だ、そいつ」
「友達」
「友達?! お前に友達がいたのか! リョーマ!」
 ケビンは嘲笑するように言う。リョーマはムッとした。思いっきりケビンを睨みつけてやった。
「俺に友達がいちゃ悪い?」
「悪かないけど――お前みたいな唯我独尊ていうの? そんなお前に友達がいるなんて意外だなと思ったから」
「相手は俺よりもっと唯我独尊だけど? だって、跡部さんは自分のこと王様だと言ってたから」
「類は友を呼ぶ――ね」
 ケビンは笑いを堪えているようだった。屋内からパイを焼く良い匂いが漂って来る。ケビンの母が作っているのだ。
「今日のおやつはスグリのパイ?」
「当たり! よくわかったな」
「鼻はいいもんでね」
「ほんと、いいのは鼻だけだもんな」
「そう言うのは俺にテニスで勝ってからにしたらどう?」
「俺だって日々練習して腕を磨いているんだぜ。今度は負けないからな!」
「上等!」
 リョーマはケビンと仲良くなった。両方ともテニスが好きと言う共通点があるからかもしれない。ケビンの母がやって来た。ケビンは、若い頃の彼の母親譲りの美少年だ。ケビンの母はある意味理想の母である――体格も。倫子も優れた母には違いないが。
 今のケビンの母は、それなりにどっしりと落ち着いていた。お菓子作りが趣味らしい。大抵のことは明るく済まし、にこにこ笑顔を絶やさない。
「ほら、今日はスグリのパイよ。リョーマの好きなクランベリー・ジュースも添えたわ」
 その台詞がリョーマの食欲をくすぐる。けれど、跡部の手紙も気になる。
「俺、手紙見たいんすけど――」
「後でにしろよ。でないと俺が全部食っちまうぜ!」
 ケビンの言葉にリョーマの腹が鳴った。スグリのパイとクランベリー・ジュースの誘惑には勝てない。――リョーマは降参した。
「そうだね――後でにするよ」

 おやつの後、リョーマは自分のスペースとして宛がわれた部屋に引っ込んだ。スミス家は広い。リョーマの部屋は一人部屋だった。
(ごめんね、跡部さん。――パイとジュースの誘惑に負けてしまって)
 けれど、ここには跡部はいない。リョーマは持参していたペーパーナイフでエアメールの封を切った。――やはり日本語で書かれていた。跡部の手紙だというばかりではない――日本語は懐かしい。
『リョーマへ』
 出だしはこんな風に始まっている。手紙で跡部に『リョーマ』と呼ばれるのがリョーマには嬉しかった。
『よぉ、リョーマ。テニスはしてんだろうな』
 当たり前じゃん――リョーマはくすっと笑った。
 あまり丁寧とは言えない文面と綺麗な文字のギャップ。跡部らしいとリョーマは思った。
『お前のことだから、アメリカ行っても暴れてんだろうな』
 リョーマはぎくっとした。アメリカに来た早々、テニスで苛めっ子どもをボコボコにしたリョーマだ。見抜かれてる……。リョーマは唾を飲んだ。
 後、いろいろなところでリョーマの名前は轟いている。そのことを母に話したら、
「あら、父さんも結構やんちゃしてたのよ。血は争えないわね」
 と笑われた。尤も、父南次郎にも言い分はあるだろうが――。
 テニスで人を傷つける人を見ると我慢がならないのだ。そういうところは父に似ているのかもしれない。リョーマは次の文に目を走らす。
『俺様も日本で勉学とテニスを頑張ってる』
 手紙でまで自分のこと俺様呼ばわりしなくても――。ああ、笑える。この人は本当にどうしようもない。
『またお前とテニスがしてぇな。お前とやったテニスは楽しかった。でも、勝ち逃げなんて許さねぇからな、俺様は』
「ふーんだ。また勝ってやるよ。――跡部さん」
 何度も文面を読み返して――その手紙にキスをした。その中にこんな文があった。
(俺様にU-17選抜候補の招待状が来ている。お前のところにも来てないか)
 ――来てないっスね。
 リョーマはアメリカにいるから、そんな話も届いていないだけかもしれない。高校生の合宿らしいが、今年から中学生も入れることになったらしい。どんな人達が来ているのだろうか。高校生のプレイというのには興味はあったが――。
(ま、招ばれてないんじゃ仕方ないよね)
「リョーマ、電話だぞ」
 ケビンが呼んだ。
「誰から?」
「ナンジローからだ」
 うへぇ――リョーマは自分の顔が歪むのがわかった。
「んな変な顔すんなよ。ま、俺の親とナンジローは和解したし、俺は別にナンジローから電話が来ても構わないと思うけどね」
「――俺は嫌な訳じゃないんだけど」
 あの人、すぐ、「アメリカのグラビア買って送って来い」とか無茶ぶりするんだもんな。――リョーマは砂でも噛むような思いに浸った。
 それでも、一応リョーマは電話に出た。
「おう、悪ガキ」
 南次郎の第一声はそれだった。
「――アンタ、怒らせに電話したの? 海外通話って安くないんでしょ?」
 せっかく跡部さんの手紙読んでたのに――気分が壊れる思いがした。
「リョーマ……お前、日本に帰って来る気はないか?」
「ないね」
 リョーマは即答した。
 この国が気に入っているのだ。それは、嫌なこともあるし、青学の皆や、跡部さんに会えないのは寂しいけど――。でも、ここではとにかくケビンと毎日テニスが出来る。ケビンもこの国では頭一つ飛び抜けている。
「つれないねぇ。――お前、U-17合宿って知ってるか?」
「一応ね」
 跡部の手紙や電話で知っていた。
「それに、お前さんも招待状が来てるぞ」
「へぇー……」
「ま、あっちはお前がアメリカにいること知らないからな……どうだ? 食指動かねぇか?」
「別に……」
 そこで、跡部の手紙の文面を思い出した。
(俺様にU-17選抜候補の招待状が来ている)
 ということは、日本に行けば、また跡部とテニスが出来るのだ。
(うーん……)
「ねぇ、親父。ちょっとその件保留にしてくれない?」
「おう。ゆっくり考えな」
 リョーマは受話器を置いた。
「リョーマ……何だって?」
 少し不安げなケビンが尋ねた。
「ん――親父から、『日本に帰らないか』と誘われたけど」
「んで、どうすんだ」
「……まだ保留」
「そっか。――お前が帰るとなるとジェイコブが寂しがるからな」
 素直じゃないね。ケビン――俺が帰ると一番寂しいのはアンタのくせに。けれど、ケビンには友情以上の感情は、ない。
 でも、そっか。ジェイコブがいたか――。
 アメリカに渡ってすぐ、悪童どもに絡まれていたジェイコブ。ちょっと見過ごせなかったので、相手の悪童達をテニスでボコボコにしてしまった。それ以来、ジェイコブはリョーマに懐いている。リョーマもジェイコブは嫌いではない。
(――彼らにも一応言っておくか)
 それも、帰るかどうか決まってからのことである。
(どうしようかな――)
 跡部とまた再戦するのは魅力的な条件ではある。けれど、リョーマはすっかりここに馴染んでしまった。
(カルピンどうしてるか聞くの忘れてしまったな――)
 でも、きっとカルピンは元気にしていることだろう。南次郎に加え、倫子も菜々子もカルピンにメロメロと来ている。――まぁ、カルピンは自分のだけれど。
 冷たいご主人様で、ごめんよ。カルピン。リョーマは遥か遠く日本のカルピンに謝った。
「なぁ、リョーマ。帰らないだろ?」
 ケビンが不安そうな顔をしている。でも、――跡部には会いたいし、カルピンの頭も直接撫でてやりたい。
「――迷ってる」
 リョーマは部屋に帰った。そして、コイントス。表ならアメリカに留まる。裏なら日本へ帰る。
 リョーマはコインを空中に飛ばした。そして、手の甲で受け止めて一旦コインを隠す。どきどきしながら手をどける。現れたコインの柄は――裏。

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2020.06.29

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