俺様の美技に酔いな 48
――そして、関東大会始まりの日。
「待ってな氷帝!」
リョーマがトレードマークの帽子を被る。
そして――待っててください、跡部さん。
ま、どうせ俺は補欠で、手塚部長が跡部さんと戦う予定なんだろうけど――こういう勘だけは当たるからな……。
リョーマは会場に足を踏み入れる。今日はピーカンに晴れ。テニス日和というヤツだ。ひなたの匂いを風が運ぶ。
「あれ? 何あれ」
桃城が応援旗を掲げている。額には青学必勝のハチマキ。
「す、すげぇ、桃先輩!」
リョーマは、あまり身内だと思われたくないなぁ、という失礼な感想を抱いていた。
「そーいや遅いな大石」
菊丸が心配そうに呟く。確かに遅い。時間にはうるさい大石秀一郎なのに。菊丸は本気で心配している。ダブルスの相棒として、友として。
――あ、そうだ。
リョーマは言った。
「子供が生まれそうな妊婦さんを助けてるんじゃないっスか?」
有り得そうもないシチュエーション。スミレにも「アホか!」とツッコまれた。
しかし――その有り得そうもない状況が起きた。
「大石か! ――子供が生まれそうな妊婦さんを助けて近くの病院にいるッ?!」
「う……」
――本当に、リョーマの勘はよく当たる。
助けた時に、大石は腕を痛めてしまったらしい。そこで、急遽桃城の出番となった。
「あの時、俺様は、桃城と菊丸は二人でダブルスしてんじゃねぇ。応援の大石も加わって三人でダブルスしてると思ったんだ」
――と、跡部景吾は後に語る。
別に本当に三人でプレイしている訳ではない――と、新しくハマった読者諸賢にはわかるだろうか。でも、テニプリだったら何でもありだよな――と、思わせてしまうところが怖い。
「やはりあの人達か――」
手塚vs跡部。
この戦いが関東大会の白眉であろう。
それは、跡部景吾が出場した時に起こった。
「くくく……」
「ふむ……」
風が吹き去っていく。そして――。
「勝つのは氷帝、負けるの青学」
「勝つのは氷帝、負けるの青学」
「勝者は跡部、敗者は手塚」
「勝者は跡部、敗者は手塚」
「勝者は――」
跡部がパチンと指を鳴らす。
「俺だ」
「もういいのか」
「ああ、満足だ」
そこで青学の手塚国光と氷帝の跡部景吾の二人は握手を交わす。
(お人良しっスよねぇ……手塚部長も。跡部さんのパフォーマンスが終わるまで待ってるなんて――)
リョーマが思った。自分だったら早くしろよ、と毒づいていたところだ。
――しばらくの間、ラリーが始まる。
(乾先輩、あいつ本当に強いんですか?)
堀尾が訊いていたけれど――跡部は本当に強い。だから、リョーマも惚れた訳で――。
岬に強引に連れられ、跡部の試合を見た時のインパクトを、リョーマは思い出す。でも、手塚が負けるとは思わない。手塚は今まで、青学の柱だったのだ。
それは何と重たかっただろう、苦しかっただろう。――肘の怪我にも負けず、手塚は部長としてよく耐えた。
その重き柱をリョーマは手塚から託されたのだ。
跡部と戦えないのは残念だが――。
(手塚部長。頑張ってください)
青学の柱として、リョーマは手塚の勝利を願う。リョーマが抱いていた恋する男の惑乱も、手塚に対する期待に変えて。
――コート上の跡部が言った。
「俺様の美技に酔いな」
リョーマは帽子の庇の間から、目を見開いた。
(跡部さん――手塚部長……)
ここから先は見るのが怖い。いや、見てみたい。氷帝のキングと青学の頂点に立つ男がどんな試合をするか――見ていたい。そう、ずっと、ずっと――。
(跡部さん、俺は――アンタの美技を見切ってやる)
例え、もうそこにリョーマのステージはないとしても。全部手塚に持っていかれても。
――今、アンタがどんなテニスをするか、俺は見たい。跡部さん……。
試合は持久戦に持ち込まれた。その時であった。
――手塚の肩がいかれた。
手塚部長……。
リョーマは息を飲んだ。でも、手塚国光は諦めない。
最後まで見るまでもない。この勝負、手塚の勝ちだ。どう転んでも勝ちだ。試合には負けるかもしれない。けれど、本当の勝者は――。
(手塚部長――)
「俺に勝っといて負けんな」
それが、リョーマにかけられる、手塚への餞の言葉だった。
誰もが見ていたい試合。この勝負に終わりはないかに見えた。――だが、終曲の時が来る。
現実には起こらなかった手塚の勝利。試合の勝者は跡部であった。けれど、跡部は手塚の腕を高く掲げ、健闘を称えた。
成績は二勝二敗ノーゲーム。リョーマは控え同士の対決に臨んだ。対戦相手は日吉若。
日吉若。乾でさえもノーマークだった。
古武術を取り入れた演武テニス。好きな言葉は『下剋上』。
(下剋上ね……)
あの手塚と跡部の勝負を見ていたのだ。早く誰かと戦いたくてうずうずしてたところだ。誰が相手でも――負ける気がしない。
日吉は強かった。だが、先に音を上げたのは日吉の方だった。
(持久戦のやり方、跡部さんに習った方がいいスよ)
リョーマは密かにそう思った。
――越前リョーマ対日吉若戦。制したのはリョーマであった。
氷帝に勝った!
だが、その日、氷帝コールが鳴りやむことはなかった。
「ふぅ……」
「お疲れさん」
桃城がよく冷えたPontaをくれた。
「サンキュー、桃先輩」
試合が終わった後のPontaの味は格別だった。――だが。
(手塚部長……さっきの試合で肩が……)
「ねぇ、桃先輩。手塚部長、大丈夫かな」
「そうだな。――あ、手塚部長」
「――越前、桃城。済まない。俺が不甲斐ないばかりに」
「いや、だって、肩を痛めるとは思いもよらなかったですもん」
と、桃城。
(跡部さんは見抜いていた――)
手塚の弱点が肩であることを見抜いていた。だから、そこを狙って来ていた。
だが――手塚の熱意に跡部は知らず知らずのうちに引き込まれていた。中学テニス界に残る名勝負と言っても過言ではない。
(手塚部長――やっぱりアンタ、最高だよ)
跡部と戦えた手塚がリョーマには羨ましい。――関東大会。優勝は青学。
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2020.05.27
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