俺様の美技に酔いな 42

「ほう……」
 南次郎が住職をしている寺の裏にある埃っぽいテニスコートで。部員達のテニスフォームを見ながら、南次郎は感嘆した。青学以外のテニスプレイヤー達も混じっていたが。
「流石、青学のレギュラー陣は粒ぞろいだな。堀尾とカチローのフォームも意外と綺麗だな。――カツオ、お前は二ヵ所程直した方がいいところがある」
「はい!」
「カツオ。お前、根性ありそうだな。それから荒井――お前は基本は充分出来ているな。素振りもおろそかにしなかった証拠だ。後は思い切りだ」
「あざーっす!」
「うんうん。バアさん、アンタらの秘蔵っ子達はなかなか悪くない感じじゃねぇか」
「だから。誰がバアさんじゃい。――アタシが育てたんだから当然じゃろ?」
 スミレが言った。
「しかし、堀尾とカチローの腕は意外だった。俺は球拾いしかさせて来なかったからな」
 手塚に褒められて、堀尾は嬉しそうに鼻の下を擦った。
「これからの青学が更に強くなる確率97%……」
 乾がラケットを振りながらぶつぶつと呟く。
「よし、もういいぞ、お前ら」
 南次郎が手を叩く。
「ちょっと気が付いたところを指摘させてくれ」
 そう言って、南次郎はどこどこが弱い、とか、どうすればもっと思い通りにラケットを振ることが出来るか、一人一人にアドバイスしている。他の学校やライバルチームのメンバーにまで――。青学レギュラー陣のテニスのフォームは、南次郎の目から見ても及第点だったようだ。木陰に移動した選手達もいつの間にか目を見開いて注視している。
「ねぇ、手塚。彼らの視線――いいのかい? 関東大会でも当たる人いるんじゃないかなぁ」
 不二が心配そうに少し眉を顰めた。
「その時はその時だ。南次郎さんは親切に教えてくれる。今の先生は南次郎さんだ。彼の方針に任せる。さぁ、油断せずに行こう」
「おうおう。青学の主将は言うことが違うね。老け顔だけのことはある」
「うぐっ……」
 南次郎の言葉に手塚は地味にダメージを受けたようだった。不二がくすくすと笑った。
「おい、桃城――部外者はあっち行ってな」
 フシュ~と言いながら海堂が木陰を指差した。
「俺は部外者じゃねぇ! 青学テニス部の一員だ!」
「けど、今はレギュラーじゃねぇだろうが――悔しかったらレギュラーに返り咲け」
 そうだ。これが海堂なりの精一杯の励ましだった。それがわかっているからこそ、桃城は笑う。それがわかっているからこそ――桃城は「素直じゃねぇヤツ」と思ってはいるだろうが、どこか海堂を憎めないようである。
「――おう、わかったよ」
「南次郎さん、勝利の秘訣とは何ですか?」
 手塚が南次郎に訊く。
「おうおう。インタビューみてぇだな。そうだな――どこででも言っているように、自分は絶対勝つ!という信念を持つことだな。そうしたら、負けたって悔いはない」
「――はい!」
「いい返事だ!」
 南次郎は手塚の頭を撫でた。南次郎にしてみれば、手塚もまだ子供である。スミレでさえ、手塚には遠慮するというのに、全く南次郎には怖いものというものがないらしい。
 そして――久々に年相応の扱いを受けて、手塚も嬉しそうであった。
「まだまだ強くなるよ――この子達は」
 スミレが天に自慢するように宣言した。
「特に、リョーマは未知数なだけあって期待が募るのう」
「え、俺……?」
 リョーマが自分を指差す。リョーマも自分の力に対する自信はあり過ぎる程あったが。けれど、自分はまだまだだ――と思うところも一方には、ある。
 取り敢えず、跡部には負けないと。リョーマは決めている。
「バアさん。こいつはまだまだだよ」
 南次郎が低く笑いながら言った。
「わかっておる。けれど、お前さんがプロ入りした年になれば――どうなるかわからないじゃろう?」
「ま、それはそうだがな……」
「年寄り連中が何話してんの?」
「誰が年寄りじゃ――ったく、リョーマは性格が南次郎に似て来たのう」
 スミレが苦笑する。
「あ、あの、南次郎さん……」
 堀尾がラケットを持って南次郎のところに来た。カツオとカチローも一緒である。堀尾は少々気圧されてでもいるようだった。
「俺達と――打ち合いしてもらえませんか? 明日は……俺は応援要員だし……一度南次郎さんと打ってみたくって」
「……仕方ねぇな」
「やった!」
 堀尾達は単純に喜んだが、辺りはざわざわしてくる。
「んじゃ、ハンデやる。三人一緒にかかって来い」
「ええっ?!」
 三人は驚く。それもそうであろう。球拾いぐらいしかしていないとはいえ、堀尾達も一応テニス部の部員である。
「あの……俺、テニススクール二年通ってんだけど……」
 堀尾がおずおずと言う。そんなこと言っても親父には無駄なのにな――リョーマは思った。
「それに、カチローの父ちゃんは立派なテニスコーチだし……」
「堀尾くん!」
 そのことを忘れないでいてくれたのかと、カチローは嬉しそうな声を出す。
「ぼ、僕も、一人ずつがいいな……」
 カツオも遠慮がちに続ける。
「カチローの父ちゃんからも学ぶことは多いだろうな。まぁ、だけど、俺もちょっとだけ手を貸す。それでいいか?」
「はい!」
「じゃあ、お望み通り、一人ずついくか」
「あざーす」
「まぁ、ものの数分もしないうちに、『三人でやらせてください』と頼むことになるだろうけれどな」
 ――南次郎の言う通りだった。
「はぁ……はぁ……」
「南次郎さん、すごいっス……」
「リョーマくんはいつも南次郎さんに稽古つけてもらってるんだね」
「まぁね」
 風が吹いた。薔薇の匂いがする。気のせいか、とリョーマは思った。
「それにしても参ったよ。リョーマくんの強さの秘密がわかったような気がする……」
 カチローの台詞を聞き流して、リョーマは匂いの元を辿った。まさか――。
 ざっざっと砂を踏む音がする。もしかして、あれは――。
 それは、一人の、青年になりかけの少年だった。金茶髪の髪が揺れる。――跡部景吾!
「よぉ、雑魚ども」
「――誰だ、てめぇ」
 南次郎が訊いた。跡部の纏っているオーラで、只者ではないと悟ったのであろう。
「氷帝の跡部景吾だ。越前南次郎。――勝負してくれるってんで、来た」
 何だあの人。道場破りのつもりなのかな? リョーマはじっと跡部を見た。
「お、そこにいるのはいつかの一年レギュラーじゃねぇか。何と言ったっけ?」
「越前リョーマ。――跡部さん、アンタが草試合をやるとは思わなかったね」
「相手がサムライ南次郎と来れば話は別さ。いざ尋常に勝負と行こうじゃねーの、あーん?」
「やだね」
 南次郎がくるりと踵を返した。堀尾達はぷっと吹き出した。
「な……何で……」
「もう俺の時代じゃねぇ。俺の子供達の時代だ。俺は『老兵は死なず、ただ消え去るのみ』としゃれこむよ」
「マッカーサーが言ったとされる『Old soldiers never die, they just fade away.』か。いろんな意味に取られている言葉だな」
「そんなことどうだっていいじゃん。サル山の大将――アンタの敵は親父じゃない」
「その通りだ。跡部。お前の敵は南次郎さんじゃない。俺達青学だ」
 リョーマの台詞を受けて、手塚の美声が朗々と響き渡った。
「ふん。――あんまり粋がって後悔するなよ」
 悪役が言うような台詞。だが、そう言いながらも、跡部は嬉しそうに笑っていた。まるで面白がってでもいるかのように。
 ――そこへ、息を切らして走って来る長髪の背の高い少年が一人――丸眼鏡が特徴的だ。その後ろにはぬぼーとした感じの男――樺地がいる。関西弁で丸眼鏡が言った。
「跡部……ここにおったんか。あんまし勝手な行動しとると俺らも榊先生に怒られんねん。――何しにこんなオンボロ寺にやって来たんや。あのストリートテニス場ならともかく。おっ。そこにおるんは跡部に挑んだ命知らずやな」

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2020.02.25

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