俺様の美技に酔いな 41

「みんな、よくここまでついて来てくれた! 明後日は氷帝戦じゃ! 皆ゆっくり休んで英気を養うように! 解散!」
 スミレの言葉で、練習は終わった。
「ふー……」
 リョーマは汗を飛ばした。明日は新品のジャージ着てくか。新品のジャージは特別だもんな。――ポロシャツは汗を吸ってくたくたになってしまっていた。
(跡部さんも新品のジャージで臨むだろうからな)
 くんくんと着慣れた自分のジャージの匂いを嗅いでリョーマはそう思った。
 明後日は――跡部さんと戦えるといいな。
 だが、リョーマにはわかっていた。跡部が多分、手塚と当たるだろうということを。不二もそんなことを言っていた。
(僕――明日は跡部と手塚が戦うと思うんだ。僕も二人の戦いを見たいしね)
 わかっている。リョーマだって二人の対決を見たいと思う。けれど、それでも……。
「リョーマ」
「わっ!」
「あっはっは。そんなに驚かなくともいいじゃろうに」
 竜崎スミレが豪快に笑った。リョーマは照れ隠しに帽子のつばをいじる。
「だって、背後からいきなり――」
「お前ら――テニス部の部員達を越前家に誘ったそうじゃな」
「――いけませんか?」
「いや、別に構わんよ。ただし、アタシも連れて行っておくれ」
「はい……」
「越前! 越前!」
 堀尾が駆けてくる。何となく嫌な予感がした。
「越前、すまん」
 リョーマの前で堀尾が手を合わせた。堀尾は何をしたと言うのだろう……。
「何? 堀尾。謝るようなことでもしたの?」
「いや、俺は直接は関係ないんだけど――やっぱり関係あんのかな。どっかで今日は越前南次郎と対決出来るという風に話が広まっちゃって……勿論、デマだけど。でも、最初に越前南次郎に会えるって話、流したの俺だからさぁ……」
「ふぅん」
「俺にも責任あると思って――越前、ごめん!」
 堀尾は再び、パン!と自分の頭上で手を合わせる。何だ、そんなことか。
「それは構わないよ」
 リョーマがさらっと言ってのけた。
「えー、でも、あの話は少なくとも東京中に……」
「堀尾。俺の親父はやわじゃない。ま、何とかするんじゃないの?」
「越前ー。お前っていいヤツだな」
「わっ!」
 リョーマは反射的に体をかわした。堀尾がどしゃあっと転んだ。
「いちち……」
「あ、悪い」
 リョーマが膝を擦りむいた堀尾に言った。
「いやいや、なんのこのくらい。お前が許してくれて嬉しいぜ」
「別に許すの許さないのの問題じゃないと思うけど……」
「ほほう……面白そうじゃね」
「竜崎先生……?」
「リョーマの言う通りじゃよ。南次郎はやわじゃない。必ず何とかなる」
 竜崎スミレは言い切った。堀尾は眉尻を下げた。
「でも、どうするんスか? もし、南次郎さんに試合を申し込もうとするヤツらがわんさと現れたら」
「だから、親父は平気だって」
 少し困ってしまったリョーマはぽり……と帽子を引っ掻く。
「まぁ、親父のことだから、暇つぶしが出来て喜んでるんじゃないの?」

 リョーマの言う通りだった。南次郎はラケットを携えながらリョーマ達に言った。
「よぉ、青少年」
「あらあら、派手にやったねぇ」
 腕組みしながらスミレが呟く。
 南次郎が住職をやっている寺には、彼に勝負を挑んだ者達が死屍累々という感じでへばっていた。
「ひぃ、ふう、みぃ……何人やっつけたんだい? 南次郎。え?」
 スミレが南次郎に訊く。
「さぁな……五十人はやっつけたな」
「――明らかにそれ以上じゃな」
「面倒だからまとめてかかってこいと言ったんだ。まぁ、後は――この様子を見てくれ」
「すごいな……リョーマの父ちゃん……やっぱり世界のサムライ南次郎と呼ばれたことだけはあるな」
「でも、堀尾くんが余計なことしなければ、南次郎さん、こんな苦労しなくて済んだんじゃないの?」
 と、カチロー。だよね、とカツオも頷く。
「いやぁ、そう言われると……」
 堀尾が少し困惑した顔で言う。
 青学レギュラー陣と桃城武、荒井将史も来ていた。
「南次郎さん! お会い出来て光栄です! ずっとファンでした!」
「あ?」
 荒井が越前南次郎の手を掴む。
「何だよー、荒井先輩……調子いいんだから」
「堀尾、お前は黙ってろ」
 荒井が凄みを効かせる。はい……と、堀尾は大人しくなる。リョーマは特に何とも思わずに彼らのやり取りを見ていた。
「――野郎に言い寄られて喜ぶ趣味はねぇ。綺麗なねえちゃんだったら嬉しいんだけどな……」
 そう言って南次郎は荒井の手を振り切る。そして手塚に目を遣った。
「手塚……河村寿司で会って以来だな」
「はい。――うちの荒井が突然済みませんでした」
「部長~。それじゃ俺が悪いことしたみたいじゃないっスか~」
「確かに悪いことじゃねぇが……荒井とやら、後輩は可愛がらなければ駄目じゃねぇか」
「うっ……」
 南次郎に痛いところを突かれたらしい荒井。堀尾達がにやにや笑う。――不二がくすりと微笑んだ。
「うちの小僧も世話になってんな。竜崎先生に皆。寿司屋で会った時も思ったが……お前らレギュラー陣、全員いい面構えをしてるよ。桃――アンタはレギュラー下ろされたんだっけか」
「はい! ――でも、いずれ必ずレギュラーに返り咲いて見せますよ! それに、応援も頑張らなければならないし……」
「……お前、大物だな」
「――そうっスか?」
「桃先輩は青学のくせものと呼ばれてるからね」
 リョーマが口を挟んだ。南次郎がなるほどと頷いて、こう続ける。すっかり父親の顔になりながら。
「堀尾、カツオ、カチローもリョーマと友達になってくれてサンキューな」
「あ、いえ……」
「カチローの父ちゃんはテニスコーチしてるんだってな。リョーマからマナーのなってないオッサンどもの話を聞いて、俺も溜飲下げたよ」
「自分だってオッサンのくせに……」
 リョーマはぼそっと言った。けれど、親父はオッサンの中ではそんなに質の悪くない方かもね――と心の中で付け加えて。
「南次郎。この子達のフォーム、見てやってくれないかね」
「ああ、バアさん」
「――誰がバアさんじゃい」
 スミレが南次郎に抗議した。
「みんな、このバアさんはこう見えて、昔はイケイケの美女だったんだぞ。信じられないかもしれんが」
「何を言う。今だってピチピチじゃぞい。南次郎。疲れているところ悪いが、宜しく頼んだぞ」
「俺の方からも宜しくお願いします」
 手塚が頭を下げた。
「へぇ~、南次郎さんてやっぱおチビより面白いじゃん。気さくだし。俺、菊丸英二でっす。河村寿司ではあんまり話せなかったけど南次郎さん、俺のことも宜しくね」
 菊丸が陽気に白い歯を見せて笑った。大石が「英二……南次郎さんは目上の人なんだから礼儀は弁えないと。もっと敬意を表した方が……」と菊丸を窘めている。青学の母も大変だな……とリョーマは嘆息した。

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2020.02.16

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