俺様の美技に酔いな 4

「色っぽいね」
 不二がリョーマに言った。放課後の図書室。不二はリョーマに国語を教えている。
「恋に狂った女みたいだ」
「えっ?! ええっ?! 俺が女っスか?!」
 この不二周助と言う男は中性的な顔立ちでセクシーで、ニコニコ顔と目を見開いた時のギャップが激しくて、多分青学テニス部で一番ファンが多い。
 占い師の弟ということで、どこかミステリアスだし……。因みに占い師の名前は不二由美子と言う。
「うん」
「冗談は止してくださいよ」
 リョーマは少しムッとした。心外だ。自分が女みたいだなんて。
「ただの女じゃないよ。恋に狂った女だよ」
「ますます悪いですよ!」
「まぁ、八百屋お七ってところかな」
「八百屋お七――?」
「あれ? 知らない? 漫画でも随分取り上げられてるんだけど」
「俺、読んだことないっス」
「有名な話だよ。越前は帰国子女だし、国語の成績は悪いから知らないか」
(さりげなくディスられてないか? 俺――)
 けれど、悔しいけれど不二の言う通りなので、覇気のない声で、
「ウィッス」
 と、答えた。
 八百屋お七。恋に狂って江戸の町に火をつけた可哀想な女。吉三しか見えなくなった哀れな女。
 不二の紅唇が紡ぎ出す恐ろしくも美しい話を耳にしている間に、リョーマはお七に感情移入してしまった。――話が終わると、不二はにこっと笑った。
「――以上が僕の知っている話の顛末。後はWikipediaででも調べて見てよ」
「ふぅん」
 リョーマの中で、跡部と吉三が重なる。吉三なんて、本当は凡庸なただのどこにでもいる寺小姓だったのだろう。それよりも、恋の炎に焼かれたお七に興味が湧いた。
「不二先輩には、俺がお七に、見えたの――?」
「まぁね。だから心配なんだけど」
「でも、俺はお七じゃない。かと言って、吉三ではもっとない」
「そうだよ。でも、越前が纏っている雰囲気と言うのがね――越前、君は恋してないかい」
 リョーマはぎくっとした。
「こ、恋……?」
「そう。それも普通の恋じゃない。僕の目に君がお七に見えたのはそれが原因なんだろう」
 リョーマは息を飲んだ。前々から思っていたのだが、不二周助は只者ではない。占い師をしているという姉の影響か。どことなく不思議なところがある。
 自分は、跡部に恋をしている。――俺様の美技に酔いな。さっきから何度も聞こえるフレーズだ。
「もう、止めてー!」
 リョーマは叫び出す。不二が眉を顰めた。
「ごめんよ、越前……」
 リョーマは震え出した。長距離のランニングも平気でこなすリョーマが、はぁはぁと肩で息をしている。
「越前、君を苦しめるつもりはなかった……」
 そう言って、不二は頭を抱えているリョーマを抱き締める。
 跡部さん、アンタのせいだ。
 アンタはちょっと能力が高いだけのただの中学生に違いないんだ。それなのに、俺や不二先輩を翻弄する。多分アンタが知らないところで。勝手にした苦労だ。そう言われても無理ないかもしれないけど――。
 俺だって――不二先輩に心配をかけている。
「ご、ごめんなさい、不二先輩……」
「いいんだよ。僕も、同じだから――」
「――え?」
 その時、ガラッと図書室の扉が開いた。聞き慣れた低い声が降って来た。
「越前、不二、ここにいると聞いたが――」
「手塚部長!」
 リョーマが叫んだ。
「あ、そ、その……すまん!」
 手塚が力一杯扉を閉める。後に残された不二とリョーマは呆然としていた。
「……逢引中だと思われたかな」
「……そう思われても仕方ないっスね」
「――手塚には、誤解されたくなかったんだけどな……」
 不二が綺麗な顔に儚げな笑みを浮かべた。その時、リョーマには不二の心が手に取るようにわかった。
 不二周助は、手塚国光が好きなのだ!
 そして、多分手塚も――。
「俺、行ってきましょうか?」
「ううん。僕の勝手でしたことだよ。僕が行く」
 悄然とした不二が図書室を出た。
(頑張ってくださいっス。不二先輩)
 リョーマは祈らずにはいられなかった。男同士の恋。不二はあんなに綺麗で優しいのに――何で可愛い女の子に恋しなかったんだろう。何故、想う相手が手塚なのだろう。手塚は迷惑なはず――不二はそう思っているのだろう。
 けれど、リョーマの勘が正しければ、きっと手塚も不二のことを――。
(不二先輩――きっと手塚部長もアンタのことが好きっス)
 そうでなければ。この世の中はおかしいんだ。男が男を好きになって何が悪い!
 ――自分も跡部に恋しているから、理解出来るようになったのだ。
(八百屋お七――)
 リョーマは不二に親近感を覚えた。手塚は真面目が服を着て歩いているような性格だ。決して不二に想いを告げたりはしないだろう。
 自分のことじゃなく、不二のことを思い遣って――だが、その優しさは時として残酷でもある。
(僕も、同じだから――)
 不二の言葉が脳内でリピートされる。不二の想いが手塚に伝わることはないだろう。
 だが――それではあんまりではないか。
 不二が手塚に恋したって――それが伝わらないなんてあんまり残酷な事実ではないか。彼らが幸せになれる確率は低い。乾だったら、(手塚と不二が結ばれない確率100パーセント)とでも言うのであろう。
 だが、それだったら神様はどうして人を男と女に作りたもうたのか。男と女だけが祝福されて幸せになれるのか。
 リョーマは心に込み上げる衝動のままに図書室を出た。不二は階段を下りていくところだった。不二の背中にリョーマが大声で叫ぶ。
「不二先輩――絶対絶対、幸せになってください!」
 不二は細い目を開いたが、やがていつもの笑顔で、
「ありがとう」
 と、答えた。綺麗なアルトの声で。
「不二先輩――」
(神とやら! 不二先輩と手塚部長が幸せにならなければ俺はアンタを一生許さない!)
 自分のことは一先ず置いておいて懸命に祈るリョーマであった。

「よっ、越前」
「桃先輩――」
「何かあったのか? 不二先輩が変なんだけど」
 不二も手塚と同じ三年だ。桃城にとっても先輩に当たる。
「別に……」
「変だなぁ……手塚部長もどっか変なんだよな」
 不二に手塚。二人とも何事もなかったかのようにアップに励んでいる。桃城は青学のくせものと言われている。何か知っているのかもしれない。
「桃先輩。この話はオフレコにしてくれます?」
「秘密めかしてるじゃねーか、何だい」
「不二先輩は、手塚部長が好きなんですよ――多分」
「越前。あのな。そういうことはテニス部では常識だってーの。お前はテニス馬鹿だからそういうのわかってないと思うけど」
(えーっ?!)
 では、手塚も不二も、本当はお互い相手の心はわかっていると言う訳か。
「一部じゃ青学のおしどり夫婦って言われてんだぜ」
「はぁ、そうですか……」
 何だよ、それ。俺だけ馬鹿みたいじゃん。――だが、それでも根本的な問題は何も解決していない。それに、不二が自分を抱き締めているところを手塚は見てしまっているのだ。誤解されてなきゃいいけど。リョーマは密かに危惧した。

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2018.12.09

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