俺様の美技に酔いな 37

「手塚部長! 俺のも食べてくださいっス! 母ちゃんが作ったミニチュアロールキャベツっスよ!」
「あ、ああ……」
 手塚は些か閉口したようだった。彼は押しに弱いらしい。今も堀尾に押されている。
(手塚部長と不二先輩はかかあ天下かな)
 ぷぷっ、とリョーマは笑った。――Pontaがなくなってしまった。ぶどうの残り香はまだあるのに。
「堀尾くんのお母さんもお料理上手なんだね」
 と、カチロー。
「そう。俺の母ちゃんは料理教室に通って二年!」
 リョーマは妙なことに気づいた。
 堀尾はテニス教室に通って二年。英会話教室に通って二年。そして――堀尾の母も料理教室に通って二年。
(何でも二年なんだね――)
 二年前に堀尾家に何が起きたのか――だが、それはどうだっていいことだ。――リョーマはニンジンのグラッセを食べた。
「部活はいつも通りだ。遅れるなよ」
「はーい」
 皆の元気いい声を背にして手塚は出ていく。カチローが言った。
「やっぱり手塚部長のオーラは違うな~」
「青学の部長なだけあるよな」
 堀尾も同意する。
「そう?」
 リョーマが首を傾げる。
「リョーマくんはいつも一緒にいるからわかんないんだよ」
「――まぁ、確かに普通の人と違うというのはわかるよ」
 それに――やはり手塚は跡部とどこか似ているような気がする。何でかはわかるような気もわからないような気もするけど。
 ――跡部のことを調べているうちに、いろいろな伝説が明らかになった。
 跡部宛にトラック一杯分以上のチョコレートが来たとか、氷帝が跡部のクラスメート希望のアンケートを募集したら、一万人以上の応募が来たとか。
 ――そして、テニスでもすごい話が沢山。
 跡部も立派に化け物であった。
 桃城と菊丸が、嬉しそうに弁当の中身の交換をしている。この二人も更に仲良くなったようだ。――良かった。
「カツオ、静かだね」
「リョーマくんこそ……」
「いろいろ考え事してたもんでね」
「リョーマくんは何を考えていたの?」
「テニスの化け物のこと。――手塚部長も化け物だよね」
「えー、おチビだって化け物じゃん」
 菊丸が口を出す。
「何スか。菊丸先輩。――俺はいたって普通っスよ」
「そんなことないよね。桃」
「――そうだな」
 菊丸の言うことに桃城は苦笑を噛み殺しながら答えた。
「まぁ、桃先輩だって化け物っスけど」
「おう。あんがとよ。誉め言葉として受け取っとくぜ。――あー、腹減ったなぁ」
「あ、桃ちゃん先輩の分はないですよ」
「俺の扱い、手塚部長と違うじゃねぇか。堀尾~」
「そうじゃなくて……もう食い終わっちゃったんですよ」
「そっか。堀尾も成長期だもんな。弁当なんかすぐに食い終わるか」
「俺のは桃にはやんないもんね」
 桃城が菊丸の方を見る。菊丸が自分の弁当箱を庇う。桃城が舌打ちする。
「仕方ねぇな。購買でまたパンでも買ってくるか」
「へへん。冗談だよん♪ 素直な桃には鳥の胸肉のから揚げ、あげちゃうよん。鳥の胸肉は体にいいんだよん」
 菊丸が笑う。
「それ食べて、一緒に全国行こうね」
 そうだ。関東大会の次は全国大会が待っているのだ。――勝ち上がることが出来れば。
「桃先輩。絶対レギュラーに戻って来てくださいね!」
「うん。やっぱり桃ちゃん先輩のレギュラージャージ姿見たいもの」
「越前、カチロー……」
 桃城は涙を堪えているようだった。
「よーし! 皆が一生懸命頑張れるように俺も応援するぜ!」
「俺も参加させてください!」
「おうよ! 堀尾!」
「ぼ……僕も……」
 やや引っ込み思案気味にカツオも言う。だが、次の大声は誰も予想していなかった。
「僕にも、青学の応援させてください!」
 そのカツオの言葉に、皆しーんとなった。桃城が、
「お……おお……」
 と気圧されたように応えた。
「――カツオが一番の応援団だな」
 と、堀尾。
「いいんじゃない。カツオ、本番でも大声出しそうだし」
 と、リョーマ。
「あ、ありがとう……」
 カツオがえへへ、と照れ笑いをした。カチローも頷いた。
「一緒に頑張ろうね。カツオくん!」
「う……うん……」
「まぁ、頑張るっつっても俺達の場合応援だけしか出来ないってところが情けないけど」
「それは違うぞ、堀尾!」
「そうだにゃ!」
 桃城と菊丸が同時に言った。
「お前らは縁の下の力持ちトリオだぜ。――まぁ、俺も仲間に入れたら嬉しいけどな」
 桃城のその言葉と、手塚の言葉が、リョーマの中でオーバーラップした。
(お前は青学の柱になれ)
 手塚の勝利に終わった試合の後、手塚から言われた言葉。
 リョーマが柱となるには、支えてくれる存在がないと駄目なのだ。手塚が何故自分を柱に選んだのかはわからない。わからないが、全国大会が終われば、手塚は引退する。
 だから――。
(俺のことを支えてくれる? 堀尾、カツオ、カチロー……)
 もう答えはわかりきっているので、敢えて質問はしなかった。それが信頼の証だと、リョーマは思った。
 そして、信じるに足る仲間達をリョーマは誇らしく思った。
「皆、一人じゃないんだよ。俺にだって大石がいるにゃ」
 菊丸が言った。菊丸はいつだって大石を信じている。喧嘩もしたようだが――それも仲のいい証拠だ。
 氷帝学園には氷帝コールというのがあり、それが強さの一翼を担っていると聞く。それが、リョーマにはわかるような気がした。
(跡部さんだって……一人ではどんなスーパープレイをしても虚しいだけに違いない)
 そして自分も――。
「あー、でも、俺もレギュラーになりたいなぁ。レギュラージャージ、着てぇなぁ」
 堀尾が頭の後ろで手を組んだ。
「レギュラーは大変だぞ。球拾いの比じゃねぇって」
 桃城が経験談を話す。
「でも俺、あのレギュラージャージに憧れて入部したから……」
「堀尾くんもそうなの? 着たいよね。あのジャージ」
「かっこいいよね……」
 もしかしたら、この三人もいつかレギュラーになるかもしれない。特に堀尾なんて、テニススクールに二年通っているだけあって、センスがない訳じゃないから……。――リョーマは言った。
「ねぇ、皆――部活終わったら俺ん家来ない? 親父もきっと喜ぶと思うから。少しはテニスの話も出来るかもよ。――親父、結構不真面目だけど、テニスに対しては真剣だから」

次へ→

2020.01.06

BACK/HOME