俺様の美技に酔いな 31

(関東大会か――)
 緊張よりも、楽しみでわくわくする。まるで、遠足へ行く前の子供みたいに――。
(跡部さんと、戦えるかな)
 リョーマ自身のシャンプーの匂いが落ち着きを与える。リョーマにもお気に入りのシャンプーというものがあるのだ。カルピンがベッドに横たわったリョーマの上で眠っている。
「おやすみ、カルピン」
 ――カルピンはもう既に寝入っていた。
(俺、日本に帰ってきて良かった――)
 実は、日本に行くのは乗り気ではなかった。テニスのレベルもアメリカより下のような気がして――。
 けれど、それは間違っていた。
 沢山の仲間達。どの目も皆闘志に燃えている。
 そして、跡部景吾――。
(跡部さん、あなたがこの国にいてくれて嬉しかったっス)
 いつか、戦いに相見えることが来ることを信じて――。
 今は、取り合えず眠りにつこう。リョーマもいつの間にか寝込んでしまっていた。

 テニスコート――。
 応援が鳴りやまない。
「氷帝! 氷帝!」
 氷帝コールが響く。そして現れたのが――跡部景吾。
「よぉ、ルーキー」
 些か馬鹿にしたような声。でも、そんな口叩けないようにしてやる。リョーマがラケットのグリップをぎゅっと握った。
 パチィーン。跡部が指を鳴らす。
「勝つのは氷帝! 負けるの青学!」
「勝つのは氷帝! 負けるの青学!」
「――にゃろう」
 リョーマは帽子の隙間から跡部を睨みつける。跡部の髪が風に舞う。――次のステップに行くには、この男に勝たないといけないんだ。
(勝つのは俺だ――!)
 絶対に倒す! ――リョーマは決意して、グラウンドに一歩踏み出した――。

「はっ!」
 リョーマはそこで目を覚ました。――ちぇっ、いいとこだったのに。
 関東大会では氷帝に当たるかどうかもわからないのに……青学と氷帝が戦うことになっても、リョーマが跡部と戦えるとは決まっていない。もしかしたら手塚対跡部になるかもしれない。
(――なんてね。そこまで考えて心配するなんて俺もまだまだだね)
「ほあっ、ほあっ」
「ああ。カルピン。起こしちゃった? ごめんね」
 リョーマは愛猫を抱き上げる。
(跡部さんは今どうしてるだろう。――こんな時間だし寝てるよね……)
 そこでリョーマは、はっと我に帰る。そしてぶんぶんと首を横に振る。
(跡部さんが今どうしてるかなんて、関係ないよね……)
 時計を見ると三時だった。
「わっ、早く寝ないと。おやすみカルピン。――カルピン?」
 カルピンはスヤスヤと眠っていた。本当にマイペースな猫である。そんなところがリョーマと気が合ったのか。
「いいな、カルピンは。何も悩みがなさそうで」
 けれど、リョーマも猫になりたいとはもう思わない。猫になって気楽な生活を送りたいと思った時もあったが。
(俺には、テニスがあるから――)
 テニスがないと、俺は何者にもなれない。本当にテニス馬鹿なんだ。俺。
(跡部さんや手塚部長は――きっと何にでもなれるけど、俺にはテニスしかないから……)
 跡部景吾と手塚国光。正反対のようで、どこか似ているような気がする。何でそんな考えに至ってしまうのだろうか、とリョーマは不思議に思っていた。
 そういえば跡部は氷帝の生徒会長と聞いたことがある。――堀尾から。
 そして、手塚は青学の生徒会長。
 やはりポジション的にも似てるのだろう――そう思って、リョーマは寝直した。今度は夢を見なかった。

 朝――。リョーマのスマホにLINEが来ていた。堀尾からだ。
『越前、ランキング戦絶対勝てよ! お前は俺らの希望の星なんだからな!』
 リョーマはくすっと笑った。俺のどの辺が希望の星なんだろう。だが、友人のコールは素直に嬉しかった。
『堀尾、お前も頑張れ』
 つい返事したくなって返事してみた。『おうよ!』との答えが返って来た。
 ――カツオとカチローからも来ている。
『リョーマくん、頑張ってね』
『リョーマくんの活躍、楽しみにしてるよ!』
 いい気分だなぁ……いい朝だし、友達も優しい。こんな時には、あまり苦労しなくてもレギュラーの座をつかみ取れそうな気がする。
 9月になったら彼らともライバルになる訳だが――。
 まぁ、その頃まで日本にいるかどうかわからないけれど。
 着替えて階下へ降りる。菜々子がいた。――彼女が挨拶する。
「おはよう。リョーマさん。嬉しそう。何かいいことがあったの?」
「ああ。堀尾達からメールが来たんだ」
 それを聞いて菜々子は口元に手をやった。
「でも――リョーマさんのライバルでしょ」
「9月からだよ。あいつらと戦うのも楽しみだな」
「そ、そうなの……頑張ってね。リョーマさん」
「うん。負ける気しないし」
「それでこそリョーマさん。牛乳飲みます?」
「……後ででいいよ」
 乾汁より何万倍もマシだけれど、どうも牛乳の味には慣れない。
「あ、そうだ。コーヒー牛乳飲んだら?」
「それいいね!」
 ナイスアイディアとリョーマが頷きかけたところ――。
「おう。青少年。コーヒー牛乳で誤魔化すな!」
「げっ、親父……!」
 新聞を片手に便所から出てきた南次郎にそう言われてしまった。もうコーヒー牛乳という手も使えない。菜々子が、せっかく考えたのに……と残念そうに指をくわえる。
「親父……その新聞の合間にはエロ本が隠されてるんだよね……」
「ばっ……何でわかった……!」
「わかるっスよ。親子だもん。十何年も一緒に暮らしていればね――母さーん! 親父がエロ本隠してるよー!」
「まぁっ!」
「馬鹿リョーマっ!」
「食事いただきまーす」
 そして、リョーマは飄々としながら卓に着いた。リョーマがパンを齧っている頃、南次郎の声が聞こえてきた。
「ギブギブ、母さん。あ、やだぁ……そんなとこ……」
 段々喘ぎ声に近くなっていく南次郎の声を聞いて、リョーマは将来絶対ああはなるまいと心に誓った。
「リョーマさんも大変ね」
「うん。菜々子さん、宜しくね」
「でも――私はいつまでもここにお世話になる訳にはいかないから――」
「恋人とかいないの? この間の一目惚れの人は置いといて」
「それが……まだよくわからないの。愛とか恋って……」
「ふぅん」
 リョーマはスープに余ったパンを浸す。こうすると優しい味になるのだ。
「まぁ、あの人は止めた方がいいよ。あの、ラケバ担いで歩いていたっていう男は――」
「リョーマさん! あなた、あの人のことよく知らないでしょ! ――私も知らないけど」
「そんなにいい男だったの?」
「皆にとってはどうだかわからないけど、私にとってはいい男だったの。実はね――私、美形より多少個性的な人の方が好きなのよ」

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2019.10.27

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