俺様の美技に酔いな 3

 リョーマは母の手製のパンを食べる。黙々と――。
 でも、一度は言った方がいいんだろうか。文句ではなく、要望。
「ねぇ、母さん。俺さぁ、和食の方が好きなんだけど」
「え? そうなの? ごめんなさいね」
 初めて言った、母に対する文句。南次郎が新聞から顔を上げた。
「おい、俺だって和食派なんだぞ。それなのに、いつまで経っても覚えててくれないんだな」
「あらそう。仕方ないでしょ。ロスで何年も暮らしていればアメリカナイズされても」
「う……」
 越前南次郎と竹内(旧姓)倫子が出会ったのもロサンゼルスだと聞いている。リョーマも幼少時にはリョーガという兄貴分と一緒に暮らしていた。リョーマとリョーガは血の繋がった兄弟らしい。リョーガは叔母の家に引き取られて以来、会うことも手紙を書くこともなくなってしまったが。
 リョーガに今の悩みを打ち明けたかった。だって、リョーガは今でもリョーマの頼りになる兄貴なのだから。
「おーい、越前ー!」
 リョーマが朝食を平らげた頃、桃城武の大きな声が聴こえた。桃城武は青春学園のテニス部の先輩だ。他の一年からは桃ちゃん先輩と呼ばれている。リョーマは桃先輩と呼んでいるが。
「桃先輩!」
「よっ!」
 桃城は爽やかな体育会系男子だ。エッチな話よりテニスの話題の方がいいという少年だ。――単なるイメージだが。因みに中二。
「桃先輩、あざーっす」
「おう、乗れよ」
 リョーマは桃城の自転車に立ったまま乗り込んだ。風が気持ちいい。いろんな悩みが一気に吹き飛んで行く感じだ。そんな力を桃城は持っている。
「桃先輩――いつもありがとうございます」
「あん? 何だよ改まって」
 そう言って桃城はかかか、と笑う。
 テニス部のくせもの、桃城武。
 単純そうに見えて、実はとても強かで計算高い。だが、後輩には優しい先輩なのだ。海堂薫と違って。
 海堂も優しいことは優しいのだが、それが伝わりづらい、損な性格をしている。しかし、彼は猫好きなのだ。強面なのに意外な趣味である。
「お前んとこの狸みたいな猫、元気か?」
「カルピンのことっスか?」
「そうそう」
「元気っすよ。――海堂先輩に捕獲されないように注意しないと」
「ははっ、そりゃそーだ。――マジで気をつけな」
「桃先輩、海堂先輩が猫好きってことは……」
「知ってる。どのぐらいからの付き合いだと思ってんだ。あの顔で猫好きなんて笑えるよな。お前なんかマムシでも飼ってろって感じだよな」
「――名実共にマムシですね」
 リョーマの口からも笑いが漏れる。
「似た者同士だろうが」
「その言葉、海堂センパイに伝えておきますね」
「おうよ。海堂なんか怖がる桃城様じゃねーや。手塚部長はちょっと怖いけどな」
「あの人、何考えてるかわかりませんからね。表情筋が固過ぎて」
「――越前、あまり笑かすなよ。でも、手塚部長もいい人だぜ」
「ですね」
 青春学園テニス部はみんないい人達だ。荒井先輩みたいな人もいるが。
 しかし、荒井も最近は大人しくしているようだ。リョーマの実力が伝わったからであろうか。越前リョーマと言えば、今やスーパールーキー、一年生でテニス部レギュラーなのは彼だけなのである。
 テニスしたくなったな……。
 リョーマはうずうずし出した。氷帝学園なら、いつか青春学園と試合に当たらないとも限らない。
 絶対あの人を倒してやる!
 氷帝学園のあの人――跡部景吾。
 会いたい。もう一度。ライバルとして。そして――。
「桃先輩。ちょっと寄ってもらいたいとこがあるんだけど」
 リョーマがその店の名を言った時、桃城は怪訝そうな顔をした。
「いいけど――何買うんだ?」
「バリカン」
 リョーマは短く答えた。
「お前、髪なんて刈るのかよ。……あ、でも結構似合うかもな」
「俺が使うんじゃないよ。ちょっとね」
 あの金茶色の跳ねた髪。跡部景吾の煌めく美貌を壊してみたい。尤も、髪を刈った姿もそれはそれで美しいかもしれないが。
 ――何か、腹立つから。
 跡部は自分の存在を知らない。その事実が、どうしようもない程、悔しい。
 アイドルにカミソリ送って来る連中というのはこういう気持ちなのかとリョーマは何となく考えた。外れていても関係ない。俺は――跡部景吾が憎い。
「おっちゃーん、バリカン見せてよ」
「あいよ。でも、坊主はそのままの方がいいんじゃないか?」
「俺が使うんじゃないってのに」
「これなんかどうかな」
 店主のおじさんがスイッチを入れる。ヴィーンと音が鳴る。
「あ、いいじゃん、もらうよ」
「へい、毎度あり」
「代金、ちょうど足りるね」
 そう言ってリョーマは愉快な気持ちになって笑った。勘定を済ませるとリョーマは店から出て来た。
「おう、早く行こうぜ、リョーマ」
「えへへ……」
 リョーマは笑顔がこぼれるのを抑えきれなかった。
「バリカン買ってニヤつくなよ。越前――あ、俺の髪でもカットしてくれんのかい?」
「桃先輩には使わないよ」
 そう言って、リョーマはまた、ふふ……と思い出し笑いをした。いつか彼の――跡部景吾の無様な姿を観衆の前で晒してやる!
「まぁいいけどよ。乗れよ」
「うん」
 上機嫌でリョーマは桃城の自転車の後ろに飛び乗った。
「ねぇ、桃先輩――氷帝学園て知ってる?」
「ああ。――確かテニスでは去年関東大会で準優勝だったはずだぜ」
「それぐらい知ってるよ。雑誌で見たもん。優勝は確か――立海大附属ってところだったよね。全国大会でも二連覇した」
「ああ、あそこは伝統的につえぇとこだからな」
 立海大と当たるのも楽しみだ。しかし、まずは氷帝を倒さなくては話にならない。あの男を倒すのが先決だ。
「じゃあさ、氷帝の跡部景吾って知ってる?」
「お前が他校の生徒に興味を持つなんて珍しいな。んー、そうだな……」
 桃城が記憶を手繰り寄せているようだ。
「あー、なんかいつだったか女の子が騒いでたっけな。跡部様素敵とか何とか――」
 そうか。男女問わず跡部のプレイには皆魅せられてしまうのだ。
「跡部景吾ってナルシストでしょ」
「そこまでは知らねーな知らねーよ」
 桃城は言ったが、リョーマは確信している。あの男は絶対に自分の美貌に自信がある。でも、自分にはバリカンがある。
 あの男の美貌を壊す瞬間が楽しみだな――。命は取らない。殺したい訳ではないから。ただ、跡部景吾という存在を壊せればそれでいい。
 ――あれ、俺は跡部さんのことを好きだったんじゃなかったっけ。
 いや、好きだと言う程の付き合いはない。だけど、愛してる――。あの男を自分の物にしたい。
(跡部さん――敗北して無様な姿を晒しても、俺はアンタを愛してあげますからね――)
「着いたぜ。――ん? 何だよ。越前」
「どうしたの?」
「何かこえぇぜ。今のお前」
「そう?」
「そう――何か目付き鋭いし……それはいつものことだけど……これから誰かを殺しに行くような目をしてる。しかもそれを楽しんでいるような……」
 ――流石青学のくせもの、人を見る目がある。大丈夫、桃先輩。心配いらない。俺は、人を愛してしまっただけだから――。『跡部景吾』という灼熱の存在、瞬間を愛してしまっただけだから――。
 因みに海堂薫にも桃城と同じことを言われた。リョーマはカルピンの話題で煙に巻いたが、桃城と海堂は正反対なようで似ていると考えた。
 海堂相手にならバリカン使ってもいいかな、とリョーマは考えた。この時は純粋に海堂の坊主頭を見てみたかっただけだが。跡部に対するような錯綜した想いは断じて、ない。

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2018.12.09

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